第218話

「なぁマホ……貴族が乗る馬車ってやっぱ凄いんだな………」


「………ですねぇ。」


 正門前が見える場所まで辿り着いた俺とマホは目の前に広がる光景を目の当たりにした瞬間、あまりの迫力に思わず立ち止まっていた……


「しかも見て下さいよおじさん、馬車の周りに結構な数の人達が集まってますよ。」


「あぁ……そうだな……」


 何なのアレ?20人を軽く超えている様に見えるんですけど?しかもその中心には見覚えのあるご夫婦と女の子とその2人によく似ている2組の男女の姿が見えて……


「さてと、皆を待たせる前に合流するとしようか。」


「私達が最後みたいだからね。」


 人だかりに向かって歩き始めたロイドとソフィの後姿を見てため息を零した俺は、マホと顔を見合わせてからその後に続いて行った……その直後、あっ!と大きな声が聞こえたと思ったら全員が一斉に俺達の方に目を向けてきたってか怖ッ!?


「あっ、ロイド様!本日はこれからご旅行に向かわれるのですよね。」


「そうだよ、皆さんはどうしてここに?もしかして父さん達に用事なのかい?」


「あぁいえ、エリオ様達のお姿をお見掛けしたのでご挨拶をさせて貰ってたんです。それではご迷惑になるといけませんので、私達はこれで失礼させて頂きますね。」


 恰幅の良い女性の言葉を合図にエリオさん達の周囲に集まってた人達は軽く会釈をすると、まばらになりながら街の方へと立ち去って行った……その姿を見送った後、ロイドは一歩前に出て目の前に居る人達に向かい合った。


「父さん、母さん、それに皆さんも随分とお早いお集まりですね。」 


「うふふ、ロイドちゃんや皆と旅行をするのが楽しみすぎてつい。」


「私も!ロイド様とのご旅行が出来るのを心待ちにしておりましたわ!」


「ふふっ、私も2人と同じ気持ちだったよ。」


「きゃー!そんなお言葉を掛けて頂けるなんてとっても幸せですわ!」


「……流石リリアさんですね。まだ朝も早いのに物凄くテンションが高いですよ。」


「あぁ……ロイドのファン代表なだけはあるな。」


 3人のやり取りを聞きながらマホと小声で話していると、うぉっほんと咳ばらいをしたエリオさんが笑みを浮かべてこっちを見てきた。


「ロイド、それに皆さんもおはようございます。」


「おはようございます、エリオさん。本日はご家族のご旅行に同行させて頂き本当にありがとうございます。」


「いえいえ、こちらこそお招きに応じて頂いてありがとうございます。突然の申し出でしたがご迷惑でなかったですか?」


「そんなご迷惑だなんてとんでもない!そうだよな、マホ、ソフィ。」


「はい!皆さんと一緒に旅行が出来るなんて嬉しいです!」


「楽しみ。」


「あらあら、そんな風に喜んで頂けると私も嬉しいです。」


「ふふっ、それなら良かった。」


 エリオさんとカレンさんとそんな話をしていると、リリアさんと同じ髪色をしてる口周りに立派な髭の生えた男性とロングヘアーの女性がグイッと近寄って来て俺達の顔をマジマジと見つめてきた。


「おいエリオ!お前達だけで盛り上がってないで俺達のその人を紹介してくれよ!」


「そうですわ!ご自分だけずるいですわよ!」


「まったく、これから紹介しようと思っていたんだよ。」


「おっ!そうなのか?それは悪いことをしたな!がっはっは!」


「申し訳ありませんでしたわね!おーっほっほっほ!」


「お父様!お母様!ロイド様の前で恥ずかしいですから止めて下さい!もう!」


「……すまないね皆さん、この2人は昔からこんな感じなんだ。」


「大人になったらもう少し落ち着くのかと思っていたんですが、そうはなりませんでしたわね。」


「そ、そうなんですか……」」


 額に手をやりながら目を閉じているエリオさんと頬に手を当てるカレンさんを見てどう反応して良いのか困った俺は、チラッと豪快な笑みを浮かべている2人に視線を向けてみた。


「あ、えっと……初めまして、九条透です。もしかしてそちらはリリアさんの……」


「そうだ!リリアの父親の『ディオス・ソルティア』だ!そして隣に居るのが……」


「初めまして九条様、私はリリアさんの母で『アムル・ソルティア』と申しますわ!皆様、本日から始まるバカンスの間よろしくお願い致しますわね!」


「あ、はい……よろしくお願いします……」


 2人のテンションの高さに思わず後ずさりながら会釈をして挨拶をした俺は、隣に立って苦笑いを浮かべているマホと目を合わせた。


(……何と言うか、リリアさんの両親だって事がよく分かるな。)


(はい……本当ですね……)


(ふふっ、とっても良い人達だから仲良くしてくれると嬉しいかな。)


(……頑張ってみる。)


「ディオス、アムル、次は私達が自己紹介をしても構わないかい?」


 頭の中で皆と話をしていると眼鏡を掛けた糸目の男性と優しく微笑んでいる女性がライルさんと一緒にやって来た……やっぱりそっくりだな、こっちの家族もさ。


「おぉ、そう言えばまだだったな!よしっ、豪快に決めてやれ!」


「ははは、自己紹介に豪快さは必要無いと思うけどね。」


 ディオスさんの言葉を軽く受け流して俺達の方を見た男性は、胸元に手を当て軽くお辞儀をしてくれた。


「初めまして皆さん。私はライルの父親で『ファーレス・スティリア』と申します。そしてこちらが妻の……」


「『リタ・スティリア』です。本日からよろしくお願いしますね。」


「あぁ、よろしくお願いします。九条透と言います。」


「マホです!」


「ソフィ。よろしくね。」


「はい。」


 うーん……リタさんの表情って、やっぱどことなくライルさんに似てるよなぁ……まぁ親子なんだから当たり前なんだけどさ。


「さて、色々と積もる話もあるだろうがまずは出発の準備を済ませようじゃないか。いつまでもここに居たんじゃ他の皆さんのご迷惑になってしまうからね。」


「あぁそうだな!皆さん、持っている荷物は前列から2番目に停まってる馬車に積んでくれ!その後は……おいエリオ!皆さんはお前の馬車に乗るんだよな!」


「その通りだよ。」


「よぉし!それじゃあ後の事は任せたぞ!良いかエリオ、俺達が乗る馬車は」


「一番前を走るんだろう?分かっているさ。」


「なら良ぉし!それじゃあアムル、リリア、馬車に乗るぞ!」


「えぇ!?お父様、私はロイド様と一緒の馬車に!」


「今日ぐらいは我慢しろ!折角の家族水入らずを邪魔するんじゃない!」


「あぁ、そんなぁ~!」


 ディオスさんに引きずられる様に……ってか引きずられて行ったリリアさんの姿を見つめながらため息を零していると、後ろから咳ばらいをする様な音が聞こえた。


「エリオ、私達もそろそろ馬車に戻るとするよ。遅れる訳にはいかないからね。」


「そうか、ならまた後でな。」


「あぁ、また後で。」


 微笑みながら小さく手を上げたファーレスさんは、リタさんとライルさんと視線を交わしてそのまま列になっている馬車の後ろの方に向かって歩いて行った。


「皆さん、お昼時になったらまたお会いしましょう。」


「失礼します。」


 ゆっくり歩いているファーレスさんの後を追って行った2人の姿を見送った俺は、静かに息を吐き出してから手にしていたバッグを持ち直した。


「それじゃあ俺達も荷物を置いてきますね。」


「えぇ、その後の事は……」


「私に任せてくれ。馬車に案内すれば良いんだろう?」


「そうだ。頼んだぞ、ロイド。」


「うふふ、待っていますからね。」


「ふふっ、そんなに待たせるつもりは無いよ母さん。じゃあ行こうか。」


「了解。」


 目的の馬車に向かって歩き出したロイドの後を追いながら横目で並んでいる馬車の列を見てみたんだが、どれもこれも大きさと豪華さが凄すぎるだろ……今まで使ってきた馬車との差がありすぎて愕然としちゃうんですけど………


 そんな事を考えながら荷物を馬車を積み終えた俺達は、かなり大きく豪勢な見た目をしてる馬車の前までロイドに案内される事になるのだった……


「怖い、貴族でマジ怖い。何この馬車、凄すぎて少し吐きそうなんですけど……」


「それは止めて下さいおじさん。汚したらどれだけ弁償する事になるのか……!」


「ふふっ、それじゃあ乗るとしようか。」


 颯爽と乗り込むロイドとその後に続いて行ったソフィを見送った後、俺は背中から変な汗が出るのを感じながらマホと一緒に馬車の中に足を踏み入れた。


「……俺、もう普通の馬車には戻れないかもしれない。」


「……同感です。」


 ……外の暑さなど微塵も感じられない快適な空間と、座り心地が物凄く良さそうに見える落ち着いた色の座席……こんなの知っちゃったら、もうあの頃に戻れない!!


「どうぞ、お好きな席にお座りください。そろそろ出発を致しますので。」


「……はい。」


「……分かりました。」


 ……何とも言えない緊張感を勝手に感じながらふかふかの座席に座った俺は、この体験を味わえている事をロイドに感謝しながら馬車に揺られる事になるのだった。

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