第197話

 草木に当たる雨の音を聞きながら森に奥にやって来た俺達は、ダンジョンに入って行く為の暗く長い階段の先を息を潜めながらジッと見つめていた。


「……どうやら、昨日と変わらず変な鳴き声は聞こえてくるみたいだな。」


「あぁ、これなら依頼を問題なくこなす事が出来そうだ。」


「わくわく。」


「うふふ、どんなモンスターが潜んでいるのか楽しみですね。」


「なーんでそんなにやる気に満ち溢れてるんだかねぇ……」


 依頼に対してとても前向きな反応を見せる3人の声を聞きながら肩を落としながらため息を零した俺は、振り返って微笑んでいるイリスと目を合わせた。


「さてと、それじゃあダンジョンに入る前に幾つか言っておく事がある。まず最初にこのダンジョンの適正レベルは5だって話は覚えてるな?」


「はい。僕のレベルは現在7ですから、特に問題は無いですよね。」


「そうだ……って言いたい所だけど、今回に関してはちょっと注意が必要だろうな。ダンジョンの内部に潜んでるモンスターが適正レベル以上の強さの場合も考えられるから、なるべくなら俺達から離れず護られる立場だってのを意識して動いてくれ。」


「えぇ、分かりました。」


「ロイドとソフィも、常にイリスを気にかけてくれよ。」


「勿論、そのつもりだよ。」


「何が起きても大丈夫。」


(そう言うご主人様も、イリスさんの事をしっかり護って下さいね!)


(はいはい、しっかり頑張りますよ。)


 頭の中でマホに返事をしながら腰に差していた武器を抜き出して手に取った俺は、ふっと短く息を吐き出して気合を入れると階段の壁に手をついた。


「よしっ、それじゃあ早速ダンジョンの中に入るとするか。」


「了解した。」


「イリス、後ろは私が護るから前を歩いて。」


「うふふ、よろしくお願いしますソフィさん。」


 そんな2人のやり取りと聞きながらロイドと並んで長く続く階段を降りて行くと、予想通りって感じの状況ってか光景が視界に入ってきた……!


「……うん、これまで訪れたダンジョンの中では一番最悪の場所だな!」


「おぉ、叫び声が凄い反響したね。」


 目の前に広がる通路全体が完全に朽ち果てていて、どういう仕組みになってるのか知らないが壁には頼りない松明が火を灯しながら等間隔に設置されていた……そして床には雨水が流れて来ていて、所々に水たまりが出来上がっていた。


 ついでに言うと湿気も酷いから全身がベタベタするし、何だか微妙にカビ臭いしでもう今すぐにでも帰りたいんですけど!?


(うわぁ……今日ほどスマホの中に居て良かったと思った日は無いですよ。)


(……どうだ、そこから出てきて俺と一緒にこの地獄を味わってみないか?)


(絶対にお断りです!)


「……おや、鳴き声が聞こえなくなってしまったね。」


「え?……本当だ、水が流れる音しか聞こえないな。」


「九条さんの声にびっくりしたのかも。」


「うふふ、だとしたらとっても臆病なモンスターなのかもしれませんね。」


「それか餌が来たと思って息を潜めて私達を狙っているのかもね。」


「おいおい、こんな不気味な所で物騒な事を言うなよ……」


「ふふっ、すまなかったね。」


「……まぁ良いけどさ、さっさと調査を始めちまおうぜ。」


「あぁ分かった、それじゃあ行こうか。」


 こんな湿気に満ちた場所でも爽やかに微笑みかけてきたロイドに軽く嫉妬しながら薄暗い通路を歩き出した俺達は、モンスターに関する手掛かりを探しつつダンジョンの探索をしばらくしていたんだが………


「……おかしいな、どうしてさっきからモンスターの姿を見かけないんだ?」


「そもそもそれらしい気配を感じない。」


「ふむ、一体どうなっているんだろうね。」


「皆さん、モンスターが襲ってこないのがそんなに不思議な事なんですか?」


「あぁ、これだけ歩き回ってたら普通は何回か襲われるはずなんだけど……」


「これだけ出くわさないとなると、少し異常かもしれないね。」


「……ちょっと退屈。」


「……ソフィ、そう言う事を言うとフラグになるからお止めなさい。」


(うーん、皆さんが危険な目に遭わないのは嬉しいんですけど……もしかして、変な鳴き声を上げるモンスターの仕業なんでしょうか?)


(そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないし………もう少しダンジョン内を調べてみる必要がありそうだな。)


(ですね……あの、気をつけて下さいね!)


(あぁ、分かってるよ。)


 その後も水の滴り落ちる音しか聞こえてこない不気味なダンジョンを探索しつつ、時々見つかる宝箱の中身を回収したりなんかしていると通路の奥に軽く半壊している大きな扉が見えてきた。


「……もしかしなくてもだけど、アレってボス部屋に通じる扉だよな。」


「あぁ、間違いないだろうね。」


「……わっ!」


「うぉ?!ビ、ビックリしたぁ……ソフィ、急に大声を出すと心臓にっ?!」


 振り返って大声を出した理由を尋ねようとしたその次の瞬間、半壊した扉の向こうから甲高い鳴き声と何かがうごめく様な音が聞こえてきた!?


「おや、どうやら目的のモンスターを発見したようだね。」


「うん、早く行こう。」


「うふふ、何だかドキドキしてきました。」


「………帰りてぇ………」


 ホラーゲームの様な雰囲気が漂うダンジョンにほんの少しだけビビっていた俺は、ソフィから始まった一連の流れのせいで心がちょっぴり折れかかっていた……だけどそんな事を皆の手前で言う訳にもいかず、俺は心の内を誰にも聞かれない様に静かに呟きながら先頭を歩いてボス部屋に足を踏み入れていくのだった………

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