第180話

「お嬢様、セバスさん、今日まで本当にお世話になりました。」


 翌日、城門前で振り返った俺は朝が早いにも関わらず見送りに来てくれたお姫様とセバスさんに向かって深々と頭を下げた。


「ほっほっほ、お疲れ様でした。いやはや、本当に名残惜しい限りでございますね。出来る事ならばこのままお嬢様にお仕えして下さって頂いてほしいものです。」


「冗談はやめなさいよセバス・チャン。コイツの奉仕に評価を付けるんならギリギリ及第点って所なんだから。」


「あ、あれだけ頑張って及第点かよ……ちょっと採点が厳しすぎじゃね?」


「当前でしょ?アンタが仕えてたのは、可愛い可愛いお姫様なんだから。」


「ははっ、それを自分で言うかねぇ……まぁしょうがない、それじゃあギリギリ合格出来たって事を喜んでおくさ。」


「えぇ、そうしなさい。」


 お姫様とほぼ同時に笑みを浮かべていた俺は軽く息を吐き城門の先にある街並みを見つめてから、改めて姿勢を正して2人の方に向き直った。


「それじゃあ名残惜しいけど俺はそろそろ行くな。帰りの馬車は明日の朝に出発する事になってるけど、頼まれてたお土産を今日中に買って回らないといけないからな。それにお言葉に甘えて何時までもこの城に長居する訳にもいかねぇしさ。」


「ふむ、国王陛下達はもう1日ぐらいゆっくりしていけばと仰っていたのですが……九条殿がそう言うのであれば致し方ありません。貴方と共に働けた日々は私にとって素晴らしいもでした。またお会いできる日を心よりお待ちしておりますね。」


「……はい、俺もセバスさんと一緒に働けて良かったと思ってますよ。でも次に会う時にしたもんですね。」


「おや、それは残念でございますねぇ。」


 まったく残念そうじゃない感じで微笑むセバスさんを見て苦笑いを浮かべた俺は、その隣に立ってお姫様の方を向いた。


「……これでいよいよお別れだな。」


「そうみたいね。でもその前に……特別報酬をアンタにあげるわ。」


「特別報酬?……何だか嫌な予感がするんだが……」


「失礼しちゃうわね、そんな顔をするんじゃないわよ。アンタにとって名誉ある事を認めてあげるって話なんだから。」


「名誉ある……?」


「えぇ!アンタにあげる特別報酬、それは………私の事をミアって呼べる権利よ!」


「……………はい?」


 大々的に告げられた報酬の内容を聞いて思わずきょとんとしていると、その反応が気に入らなかったのかお姫様の目がスッと冷たく鋭くなってしまった!


「なによ、何か文句でもあるの?」


「い、いえいえ滅相もありません!………ただそれって……報酬、なのか?」


「勿論じゃない!いい?私の事をミアって呼べるのはお父様とお母様しかいないの。その中の1人にアンタを加えてあげるって言うんだからコレは特別な報酬以外の何物でもないでしょうが!」


「そ、そう言われると……そんな気もするけどさ……」


「ふんっ、分かれば良いのよ。」


 何とも反応に困る報酬をほぼ強制的に貰った事になったらしく、少しだけ困惑しているとお姫様が何故だか俺の事をジッと見つめてきて……?


「な、なんだよ?」


「なんだじゃないわよ。ほら、呼びなさいよ。」


「え、呼びなさいって……名前を、か?」


「当たり前でしょ?他に何があるって言うのよ。それとも何よ?まさか恥ずかしくて名前を呼ぶ事が出来ないとか言うんじゃないでしょうね。」


「い、いや、そんな訳じゃないけどさ………」


「それじゃあさっさと呼びなさい。折角この私が許可してあげてるんだから。」


「わ、分かったよ………えーっと……ミア。」


「……ふふっ、それで良いのよ。」


 満足そうに頷いてる……ミアを見て思わず脱力しそうになりながらため息を吐いた俺は、バッグを持っていた手にグッと力を込めると背筋を伸ばした。


「やれやれ、それじゃあ本当にもう行くな。ミア、これからなるべく危険な事に首を突っ込んだりするなよ。何かあってからじゃ遅いんだからな。」


「分かってるわよ。アタシも今回の事で少し懲りたし、次はもうちょっと少し上手くやれる様に頑張るわ。」


「ったく、お前って奴は…………それじゃあな。」


「えぇ、またね。」


「ほっほっほ、どうぞお元気で。またお会い致しましょう。」


 ミアとセバスさんに見送られながら鉄製の門を通り過ぎて行った俺は、振り返って最後に2人に向けてお辞儀をしようとし


「ぶべらあああっ!?!?!!」


「は、はぁっ!?」

「おやおや。」


 脇腹に何かが突っ込んできて地面に転がっていた俺は、痛みに襲われながら視線を下げて行って何が起こったのか確かめようと……!?


「お、おいおいおい……ま、まさか……マホか?」


「ピンポーン!!大正解ですよおじさん!ご褒美にハグしてあげますね!ぎゅー!」


「ぐ、ぐうぇ!?ちょま!色々とヤバいから!!って、どうしてお前がここに?!」


「勿論、九条さんを迎えに来たんだよ。」


「ついでに観光。」


「へっ?!ロ、ロイドにソフィまで!?なんでここに居るんだよ!?」


「だからお迎えに来たんですってば!えへへっ!」


「いや、だからそんな抱き着くなってば!てかマジで離れてお願い!そこで立ってるお姫様に物凄い冷めた視線を向けられてるから!!」


 倒れながらビシッと指を差した方向には、まるで汚物や犯罪者を見る様な目付きで俺を睨みつけてきているお姫様の姿が!?あぁもうなんか色々と台無しだよ!!


「えっ、お姫様!?あっ、どうも初めまして!私、おじさんのお世話をしているマホって言います!よろしくお願いします!」


「あ、あぁ……はぁ……どうもよろしく……えっ、お世話?」


「ち、違う!ミア!……お嬢様が考えてる様な事では断じてないから!」


 マホに抱き着かれて身動きがとれない状態のまま弁明をしようとしていたら、俺の隣に近寄って来たロイドとソフィがお姫様と対面した。


「どうも初めまして。ロイド・ウィスリムと申します。以後、お見知りおきを。」


「ソフィ・オーリア。よろしく。」


「は、はぁ……あの、貴方達はもしかして九条さんと同じギルドに所属する……」


「はい、その通りです。よくご存じでしたね。」


「あぁはい、九条さんに関する情報は調べさせて頂きましたから。」


「なるほど、そういう事でしたか。」


「ってうおい!人の事を無視してやり取りをするんじゃないよ……っと!」


「うわぁ!もうおじさん!急に立ちあがったら危ないじゃないですか!」


「どの口が危ないとか言ってんだ!いきなりタックルする方が危ないだろうが!」


「ふーんだ!私の愛のタックルに耐えられないおじさんが悪いんですぅ!」


「いやいや!不意を突かれたら流石に無理だろ!!」


「……ふふっ、とっても仲がよろしいんですね。」


「あっ、やっぱりそう見えますか!えへへー!」


「ったく、えへへじゃねぇっての……すみません、騒がしくて……」


「いえいえ、お気になさらないで下さい。賑やかで良いじゃないですか。」


「あはは……そう言って頂けると助かります……ほら、ミアお嬢様はこの後に色々と予定が詰まってるんだから迷惑を掛ける前にそろそろ失礼するぞ。では、これで。」


「はい、それではまた機会がありましたら。」


 完璧に猫を被ったお姫様はスカートの裾をつまんでお辞儀をすると、セバスさんと一緒に城に向かって歩いて行った。


 そんな2人の姿を見送った後、俺は心の底から溢れ出て来たため息を吐き出しつつ目の前でニコニコしている3人の方を見た。


「そんで、どうしてわざわざ王都まで?」


「ん?さっきも言ったじゃないか。九条さんを迎えに来たんだってね。」


「いや、だからなんでまた……帰宅日がズレる事は手紙でも書いただろ?もしかして届いてなかったのか?」


「ううん、手紙は来た。でも、マホが我慢の限界だった。」


「我慢の……はぁ?」


「だから、マホが」


「わぁー!それは言わないって約束したじゃないですかソフィさん!」


「……うっかり。」


「うっかり、じゃないですよ!おじさん!今の話は聞かなかった事にして下さいよ!分かりましたか!」


「あ、あぁ……分かりました……」


 ……それは流石に無理があるんじゃないか?とは思ったりしたが、こっちもこっちで色々と気恥ずかしいのにこれ以上の追及は止めておく事にした。


「そう言えば九条さん、この後の予定はどうなっているんだい?」


「ん?あぁ、お前達に頼まれたお土産を買いに行こうかと思ってたんだが……帰りの馬車は明日の早朝に出る事になってるからな。」


「それなら丁度良かった。私達も明日の朝に出る馬車を予約しているからね。」


「そうなのか?だったら今から全員で買い物に行くか。折角会えたんだしな。」


「はい!賛成です!それじゃあ早く行きましょうおじさん!」


「うおっと!おいマホ!そんなに思いっきり手を引っ張るなって!ちょ、マホ!?」


「ふふっ、それじゃあ私達も行こうか。」


「うん、楽しみ。」


 こうして久しぶりに再会した仲間達と一緒に、俺は王都の街を散策しながら買い物する事になるのだった。

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