第109話
「ふぅ、とりあえず腹は膨れたけどこのまま解散って言うのもなぁ……フラウさん、もしこの後に予定が無くて時間が有ったら俺達と王都を見て回ってみませんか?」
「おぉ、珍しいですねぇ!おじさんが女性をそんな風に誘ったりするだなんて!一体どうしちゃったんですか?」
「別にどうもこうもねぇ、さっき言った通りだよ。んで、どうですかね?」
「うふふ、大丈夫ですよ。夕方ぐらいまでならお付き合い出来ます。」
「ありがとうございます。それじゃあ……何処に行くかね。」
「えぇ!?決めて無かったんですか?」
「そりゃそうだろ。飯屋でもそんな話はしてないんだから。ってな訳だから、何処に行きたいとか意見がある奴は居るか?」
俺がそう問いかけた直後、誰よりも先に手を挙げてみせたのは普段そういった事をしたりしないソフィだった。
「九条さん、闘技場に行ってみたい。」
「……闘技場?」
「うん、この前は行けなかったから。ダメ?」
「いや、ダメって事も無いが……皆はどうだ?他に意見が無いんだったらとりあえず闘技場に向かってみるけど。」
「えへへ、私は大丈夫ですよ!」
「同じく。」
「私も是非行ってみたいです。王都には何度か訪れていますが、闘技場に行った事がありませんので興味があります。」
「うん、そう言う事なら決まりだな。マホ、それじゃあ案内を頼めるか。」
「はい、任せて下さい!って、闘技場はこの道を真っすぐ行った先に見えているあの建物なので案内する必要は特にないんですけどね。」
「ん?………あ~………あの小さく見えてるのが闘技場だったのか。こりゃまた随分遠くにあるなぁ……ここからだと大体どれぐらい掛かるんだ?」
「そうですねぇ、多分ですけど30分前後ぐらいじゃないですかね?」
「30分!?そんなに掛かるのかよ……」
「ふふっ、王都の広さは凄まじいからね。目に見えていたとしてもそこに辿り着く為にはそれなりに時間が掛かってしまうものさ。だからほとんどの人達は各地点を経由して街道を走っている馬車を利用して目的地に行くんだよ。」
「なるほど……じゃあマホ、まずは闘技場を経由して走っている馬車の停車場所を」
「いやいや、そんな事をしたら気になったお店にフラッと入れないじゃないですか。残念ですが歩いて行きますので諦めて下さい。」
「ちょっ、待てって!それじゃあ皆はどうだ?馬車、乗りたくないか?」
「ふふっ、良い運動になるから私は歩きでも構わないよ。」
「馬車が利用してる人が多いから苦手。」
「私も歩くのは嫌いではありませんので。」
「はい!それじゃあ決定ですね!さぁおじさん、行きますよ!」
「……うぃ~っす……はぁ……」
これが若さと言うものなのか……?いや、俺もまだまだ若い方だけどね?ただ皆の事を気遣って聞いてみただけと言いますか……うん、諦めよう……
ガクッと肩を落としてため息を零しながら楽し気に歩き始めた皆の後に続いて行く事にした俺は、最後尾から聞こえて来る話し声に耳を傾けていた。
「へぇ、ソフィさんのお父さんは闘技場の王者をしていらっしゃるんですか。」
「うん、Bランクの王者。」
「Bランクの!それは凄いですね!あっ、そう言えばソフィさんも以前はトリアルにある闘技場で王者をなさっていたんですよね?やはりお父さんの影響ですか?」
「うん、お願いして鍛えてもらった。だから王者になれた。」
「なるほど、ソフィさんのお父さんはお師匠様でもあるんですね。」
「……そうかも。ぱぱは私に戦い方を教えてくれた師匠。」
「ふふっ、つまり今のソフィがあるのはそのお父さんのおかげと言う訳か。どんな人なのか会うのが楽しみになってきたよ。」
「……俺としては少しだけ不安だんだよなぁ。」
強い奴と戦えるかもしれないとなったら瞳をキラキラさせる様なお子さんに育てた親御さんとか色々な意味でヤバそうだなぁ……
なんて思ったりしたが口には出さないまま大通りを数十分掛けて歩いた後、俺達はかなり大きめの掲示板の前で立ち止まって3つのバカでかい建物を見上げていた。
「コレが王都の闘技場か……って、何で似た雰囲気の建物が3つもあるんだ?」
「あぁ、それは簡単な話だよ。左右にあるのはDランクとCランクの闘技場、そして奥にあるのはBランクとAランクの闘技場だからね。」
「はぁ~なるほど……ん?BランクとAランクの闘技場は一緒なのか?」
「普段はBランクまでのイベントしか開催されていない。Aランクのイベントは開催される機会が少ないから会場は同じ。」
「ふーん、要するに一番金を掛けて造られていそうなBランクの闘技場がその時だけAランクの会場としても使われてるって訳か。」
「うん、そう言う事だね。さてと、それでは掲示板を確認してみるとしようか。運が良ければ今日はここでBランク闘技場のイベントが開催されるかもしれないからね。そうすればソフィのお父さんに会う事も出来るだろう。」
「おう、そうだな。」
ロイドの親父さんが居るかどうかを探る為に近々開催されるイベントの情報が張り出されている掲示板に目を向けて見たんだが、そこにはDランクとCランクに関したお知らせしか存在してなくてBランクの項目は真っ白だった……?
「あれ、何にも書いてありませんね。」
「ふむ。高ランクのイベントになると開催頻度が低くなるらしいけれど、こんなにも情報が無いと言うのは少しおかしいね。ソフィ、何か知っているかい?」
「ううん、分からない。」
「……ここでジッとしてても仕方ない。受付で聞いてみるとしようぜ。」
「えぇ、そうしましょうか。」
ソフィの親父さんに関する情報が1つも手に入らない事に心の中で首を傾げながら掲示板の前から離れた俺達は、塔みたいな闘技場に挟まれる形で存在している宮殿の様な建物の中に足を踏み入れて行くのだった。
「あっ、本日は闘技場でのイベントを開催しておりませんので申し訳ございませんがお引き取りをお願い致したいのですが。」
「すみません。ご迷惑なのは重々承知しているんですがどうしても教えて欲しい事がありまして……」
「今日、ぱぱは闘技場に来てる?」
「……ぱぱ、ですか?えっと、失礼ですが貴女は……?」
「ソフィ・オーリア。」
「オーリア……あぁ!ガドル様のご息女様ではありませんか!これはこれは、失礼を致しました!いらっしゃいませ、お会い出来て本当に嬉しく思います。」
ソフィの名字……いや、この世界観だとファミリーネームか?まぁ何でも良いけどそれを聞いたお姉さんはビックリした様な表情を浮かべた後にニコッと微笑みながらペコリとお辞儀をしてきてくれた。
「あの、ソフィの事を知ってるんですか?」
「えぇ、勿論ですよ。闘技場に関わる仕事をしていたら、知らない人の方が少ないと思いますよ。親子揃って王者になってしまう偉業を成し遂げてしまったんですから。話題にならない訳がありませんよ。」
「なるほど……」
改めてソフィがどれだけ凄いのかって事を実感させられつつ静かに唸り声をあげていると、お姉さんがあっと声を漏らしてパッと姿勢を正し始めた。
「失礼致しました。ソフィ様がまさか来て下さるとは思いもしていなかったのでつい浮かれてしまいました。本日はガドル様と会う為に来て頂いたという事ですね。」
「うん、そう。今日は居る?」
「……申し訳ございません。ガドル様は現在、国王陛下からの依頼を受けて王都には滞在していないです。」
「えっ!国王陛下って……えぇっ!?」
「ソ、ソフィさんのお父さんってそんなに凄い方だったんですか!?あぁいや、別に疑っていた訳じゃないんですけど……!」
予想もしていなかった名前をいきなり聞かされてマホと揃って動揺をしていると、ロイドが俺達の反応を見てクスクスと笑い始めた。
「ふふっ、闘技場の王者と言うのは実力が保証されてるから冒険者では手を出すのが難しいモンスターの討伐依頼をされる事がある……そうですよね。」
「はい、その通りです。ガドル様は王都の中でも1,2を争う実力の持ち主ですからごく稀にですがそう言った依頼を引き受ける事がございます。今回もその例に外れず対処の難しいモンスターの討伐に出掛けてしまって……お帰りは何時になるか……」
「分からないって事ですか……いやはや、こりゃ参ったな……」
「まさかこんな偶然が起きてしまうだなんて……ソフィさん……」
折角こうして会いに来たのにまさか王都から離れちまってるとは……運が無かったって言えばそれまでだけど、それじゃあソフィの気持ちが……って、ん?
「お、おいソフィ?そっちは出口だけど、何処に行くつもりだ?」
「居ないなら仕方ない。街の散策に行こう。」
「え、へっ?ちょ、ちょっと待てよ。お前、それで良いのか?」
「うん、居ないのに何時までもここに居たら迷惑になるから行こう。」
「いや、それはそうかもだけど……!」
あまりにもアッサリし過ぎているソフィの反応にこっちがつい面食らっていると、マホが慌てた様子で一歩前に出て来た。
「あ、あのですね!このまま帰ってしまうと言うのも勿体ないですから、書置きとか残したらどうでしょうか!すみませんが、何か書く物とかありますか!?」
「は、はい!少々お待ち下さい!すぐにご用意致しますので!」
「ほ、ほら!な?なっ?」
「……分かった。」
どうして俺達の方が焦らないといけないんだ……?なんて思いながらお姉さんから借りたペンで文字を書き始めたソフィの後姿を静かに見守っていると……
「あ、あはは……ソフィさんってサッパリした性格の方なんですね。」
「……えぇ、そうだったみたいですね……」
「やれやれ、少しだけソフィのお父さんに同情してしまいそうだよ。」
「そうですね……あっ、そう言えばソフィさんのお母さんってどんな方なんでしょうかね?」
「あぁ、父親の話題ばっかりしてたから聞いた事が無かったな……ロイド、ソフィの母親について何か知ってたりしないか?」
「ふむ、特には何も。気になるなら後で聞いてみたら良いんじゃないかな。」
「……そうだな。」
あんまり他所様の家族関係について詳しく知りたいって訳じゃないからそこで話を終らせた直後、マホが持っていたペンを受付の上に置いてこっちに戻って来た。
「書き終わった。それじゃあ行こう。」
「お、おう……なぁソフィ、言いたくないなら別に構わないんだが……どんな感じの書置きをしてきたんだ?」
「来たけど居なかったから帰ります。」
「うんうん………ん?それだけか?」
「うん、それだけ。」
「そ、そうか………」
実の娘からあまりにもドライすぎる書置きを残されたソフィの親御さん達の心境を想像するとちょっと心苦しくなる気もしたが、そんな現実を直視したくなかった俺は苦笑いを浮かべているお姉さんに見送られて皆と闘技場を後にするのだった。
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