第95話
「…………暇だなぁ…………」
ベンチに座りながらジェットコースターがレールの上を滑って行く様を雲1つ無い青空と共に眺めていた俺は、何度目か分からないため息を零していた。
「さっきあの行列に並びに行ったばかりだから皆が帰って来るのは多分30分前後になって……いやはや、どうしたもんかねぇ。」
宿屋でああ言った手前ここまで全然気にしない振りをしながら過ごしてきたけど、流石に待つのにも飽きてきちまったぜ……
「まぁ、それもまた仕方なしって事でジッとしてるしかないんだけどさ……ってか、マジで高いよなぁコレ……俺達が泊まってる宿屋と同じぐらいかそれ以上……こんな所でイベントをやるって、一体何をするつもりなんだ?」
振り返りならそう呟いた俺は、恐らくこのテーマパークのシンボル的な存在なんであろう洋館風のバカでかい城の様な建物を見上げてみた。
「……あの、もしかして九条さんですか?」
「ん?あっ、フラウさんじゃないですか!」
正面から聞こえて来た美しい声に導かれて城から視線を外して前を向いてみると、そこには少しだけ驚きながらも笑顔を浮かべているフラウさんの姿があった!
「あぁ、やっぱり九条さんでしたか。どうもこんにちは。」
「ど、どうもこんにちは!いやぁ、まさかこんな所で会えるとは思いませんでした。フラウさんはどうしてこちらに?もしかして、遊びに来たんですか?」
「いいえ、私はこの後に行われるイベントに関する最後の打ち合わせに来たんです。九条さんはこちらには遊びに……と、思ったんですけど見た所お一人みたいですね。他の皆様はどうなさったんですか?」
「あーその……実は色々とありまして、他の皆はそこにあるアトラクションを乗りに行ったんですけど俺は留守番をしなくちゃいけなくなってしまって……」
「留守番?一体どうなさったんですか?もしかして体調が良くないんですか?」
「いや、そうじゃありません。えっと……コレ、何だか分かりますかね?」
俺なんかの事をわざわざ心配してくれている心優しきフラウさんと目を合わせつつ苦笑いを浮かべた後、ゆっくりと左腕を上げて手首に付いてる物を見せてみると……
「あら、それはもしかして今日のイベントの参加者に送られるという腕輪ですか?」
「あっ、知ってましたか。」
「えぇ、昨日こちらを訪れて責任者の方と打ち合わせさせて頂いていた時に少しだけお話を聞かせて頂きました。確か物凄い精密機器が組み込まれているとか……」
「その通りです。で、その影響でメチャクチャ作りが脆いらしいんですよね。だからイベント開始直前に付けて下さいって注意書きがあったんですが、それを見落としてしまったばっかりか勢い余って今朝方すぐに装着しちゃったもんで……」
「なるほど、だから九条さんはここで皆さんの帰りを待っていたんですね。」
「まぁ、そんな感じです。でも、そのおかげでこうしてフラウさんとまた会えたんで悪い事ばっかりって訳でもありませんでした。」
「うふふ、そう言って頂けると私としてもお声掛けして良かったと思います。」
おぉ、美人の笑顔ってのはやっぱり破壊力が凄まじいなぁ……!しかもコレが俺にだけ向けられているとか……うん!不運の中にも輝かしい光はあったんだな!
「あっ、そうだフラウさん。もし時間があるんだったらこの後一緒にテーマパークを見て回るってのはどうですか?」
「まぁ、お誘いありがとうございます九条さん。ですが、本当に申し訳ありません。これからイベントの準備に取り掛からないといけなくて……すみません。」
「あぁいや!そんな、謝らないで下さい!こっちもいきなり誘ったりしてすみませんでした。どうか俺の言葉はお気になさらず。」
「ありがとうございます。それでは私はこれで失礼させて頂きます。皆様にもどうかよろしくとお伝え下さい。」
「分かりました。イベントの準備、頑張って下さい。」
「はい、失礼致します。」
丁寧なお辞儀をしてから背を向けてフラウさんが2、3歩離れて行ったその直後、急にあっという声をあげて立ち止まった彼女はクルっと振り返って俺に視線を送ってきた。
「ん?どうしました?」
「その、園内にある掲示板にもお知らせとして張り出してあるんですけど実は今日の午後5時頃から私も出演するイベントがあるんです。なので、もしお時間があったらステージまで来て頂けますか?楽しんでもらえるものになると思いますので。」
「ははっ、勿論行かせてもらいますよ。入場ゲートを通ってすぐの所にある掲示板を見た時に皆とその話をしましたから。どんな事をするのか心待ちにしてますね。」
「うふふ、分かりました。皆さんの期待に応えられる様に頑張りますので、よろしくお願いします。それでは今度こそ本当に失礼致します。」
再びお辞儀をして人混みの中に歩き去って行くフラウさんの後姿を見送った俺は、さっきまで感じていた退屈が何処かに行ってしまいこの事を皆に早く教えたいという気持ちでいっぱいになっているのだった。
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