第72話
「九条様、私達はお屋敷内の制圧任務に加わりますのでここで失礼を致します。」
「えぇ、ここまで護衛してくれてありがとうございました。どうかお気を付けて。」
「ハッ!それでは。」
ビシッと敬礼をしてくれた護衛部隊の方達が玄関ホールから走り去るのを見送った直後、明かりの消えてたシャンデリアが何度か明滅を繰り返したかと思ったらパッと照明が付いて辺りを照らす様になってくれた。
「どうやら電気も無事に復旧したみたいだな……後は全てが片付いてくれるのを祈るだけか……」
そんな独り言を呟きながら玄関ホールを後にして外に出て行くと、視線の先に俺の事を待ってくれていたのであろう人達の姿があって……
「あっ、おじさーん!おじさーーん!!!」
「ったく、そんなにデカい声で叫ばなくても聞こえてるっての。」
こっちに走り寄って来るマホの方に向かって歩みを進め始めた俺は、何時でも抱き着かれても良い様に足腰に力を入れていたんだが……
「バカッ!」
「ぐふうううううっ!」
両手を広げながら目の前まで接近してきたマホは右半身を大きく捻った後、右手を俺の腹部に思いっきりめり込ませてきやがった……!
完全に不意を突かれて腹筋に力を入れてなかった俺は、両手をポケットのズボンの中に突っ込んだまま前のめりに地面へ倒れ込んで行った……!
「全くもう!何をしているんですかおじさんは!」
「う、ぐぐっ……!そ、それはこっちの台詞なんですけども……?い、いきなり腹を殴って来るとかどういうおつもりで……?」
「私達が味わった特大の心配って感情を叩き込んであげたんです!本当にもう!声が聞こえなくなって、凄く凄く心配したんですからね!!」
「そ、それは……す、すみませんでした……」
少しぐらい反論しようかなとか考えてみたが火に油を注いでも良い事なんて1つも無いし、腕の件がバレたら更に厄介な事になると判断した俺は素直に謝って……ん?
「マホ、怒りたくなる気持ちは分かるけれど落ち着いて。九条さんは怪我をしているみたいだからまずは治療をしないとあげないと。」
「……え?」
「……へっ?」
「おや、もしかしてバレていないとでも思ったのかい?」
「あっ、ちょっとまっ!」
そう言いながら倒れ込んだままの俺を無視して左腕を優しく掴み上げたロイドは、上着の袖を容赦なくグイっと捲りやがった!
「ふふっ、やっぱりね。倒れ込む瞬間に白い物が見えた気がしたからもしかしたらと思ったんだけど、予想通り包帯が巻かれているね。これは救助に向かった護衛部隊の者にやられたのかい?」
「うぐっ……そ、その通りだよ……」
「お、おじさん!!」
「だぁっ!お、怒るなって!俺だって好きで怪我した訳じゃないだから!だ、だから頼む!説教はまた後でって事にして」
「お説教!?そんなのどうでも良いんですよ!それよりも大丈夫なんですか?!」
「お、おおっ!?」
凄い勢いで急接近して来たマホは慌てた様子で包帯の巻かれている腕を見つめるとそのまま手をアワアワさせながら俺の顔をジッと見つけて来て……!
「ロ、ロイドさん!すぐにお医者さんを呼んで下さい!は、早く治療しないと!」
「だ、大丈夫だよマホ!そんなに騒がなくても問題無いから!」
「で、ですが!」
「ほ、ほら!この通り何でも……なん、でも……!」
「ん?九条さん?」
「どうしたの?」
「い、いや!何でもない!と、とりあえずちょっとした怪我だからそこまで慌てたりしなくても……」
「むぅ……!おじさん、何を隠してるんですか……正直に言って下さい……!」
「……はい……」
怪我自体が大した事ないのは間違いない真実だが、毒を食らってるせいでまともに動かせない事が頭からスッカリ抜け落ちていた俺は頬を膨らませながら睨んできてるマホの前でガックシとうなだれながら真実を伝えていくのだった。
「ど、毒って……!どうしてそんなに危険な事を隠そうとしたんですか!」
「あぁいや!だ、だって別に腕が動かせない程度の毒だし……」
「それが全身に回らないという保証は何処にも無いだろう。」
「で、でも今の所は……」
「今が大丈夫でも今後そうならないとは限らない。」
「そ、それは……仰る通りで……」
「九条さん、毒の事については護衛部隊の者に伝えたのかい?」
「あー……いや、何かその……わざわざ伝えるのもアレかなーって……」
「アレかなーじゃありませんよ!ロイドさん!確か怪我をした方を治療して下さっている人が居ましたよね?」
「うん、多分だけど今は会場の方で戦闘で負傷した護衛部隊の治療にあたってくれていると思うよ。」
「分かりました!私、事情を伝えてお薬を貰ってきます!ロイドさんとソフィさんはここでおじさんを見ていて下さい!」
「えっ?いや、それぐらい自分で」
「信用出来ません!おじさんは目を離したらどんな無茶をするか分かりませんから!2人共、どうかお願いしますね!」
「うん、任せて。」
「了解。」
「あっ!おい……って、そんなに慌てて行かなくても……」
「ふふっ、それだけ九条さんの事を心配しているという事だよ。勿論、私達もね。」
「九条さん、反省して。」
「うっ……わ、悪かったよ……」
ロイドだけだったらまだしもソフィにまで怒られてしまった俺は、気まずさを感じながら地面の上に座り直してマホが戻って来るのを待っているのだった。
「……はい、コレで一応の治療は終わりです。具合はどうですか?」
「んー……今の所は別に何ともって感じだな。動かない事には変わりない。」
「処方されたのは一時的に毒の効果を押さえるだけの薬だからね。効き目のある薬は毒の種類を調べてから用意されるはずだよ。」
「そうなんですか……ロイドさん、それってどれぐらい時間が掛かりますか?」
「そんなには掛からないと思うよ。今、毒が仕込まれていた武器を調べてくれているはずだからこの騒ぎが一通り収まった頃ぐらいに用意されるんじゃないかな。」
「ほ、本当ですか!おじさん、良かったですね!」
「あぁ、利き腕じゃないからそこまで不便じゃないけど流石に違和感が凄いからな。それにわざわざ病院に行かなくていいのも助かるわ。それよりもロイド、さっきから気になってたんだが向こうで忙しそうにしてるのってもしかして……」
「うん、警備兵と治療を専門として活動している救護部隊の者達だね。近隣の人達が通報して駆けつけて来てくれたんだよ。」
「ふーん、なるほどね……ってか、それにしても凄い数だな。」
「まぁ、ここに集まっている人達の顔ぶれを考えたらね。」
「あーそれもそうか。そう言えばロイド、結局会場の方はどうなったんだ?怪我人が出たりとかは?」
「客人の方には怪我人は居ないよ。ただ、襲撃者の対応をしてくれていた護衛部隊の者達の中には何人かね……せめてもの救いは死者が出なかった事だよ。」
「確かにな。それが何よりだ。流石、やるじゃねぇか。」
「いやいや、カームの的確な指示があったからこそだよ。褒めるなら彼をね。」
乱れの一切ないドレス姿のまま爽やかに微笑みかけて来たロイドと視線を交わしていた俺は、ふと気になった事を思いついたのでソレについて尋ねてみる事にした。
「なぁ、姿が見えないけどアリシアさんとシアンはどうしたんだ?」
「あぁ、彼女達なら会場の中で念の為に診断して貰っているよ。怪我はしていないと思うから簡単なものだろうけどね。だから今はご両親に何があったのか説明している最中なんじゃないかな。」
「捕まって人質になっちゃってた訳ですからね。凄く心配されていると思います。」
「だな……いやはや、それにしても改めてよくやったなソフィ。おかげで後ろを気にする事も無く思う存分あいつ等と戦えたよ。本当にありがとうな。」
「どういたしまして。」
ピースサインをしながらドヤ顔……っぽい感じの表情をしてるんであろうソフィと目を合わせながら同じ様にピースを返した俺は、左手の上にポンっと握り拳を置いてみせた。
「そうだ。頑張ってくれた報酬って訳じゃないけど何か欲しい物とかあるか?ご褒美代わりと言っちゃ何だがそこまで高くなけれりゃ買ってやるぞ。」
「良いの?」
「おう。それで何が欲しいんだ?」
「……本、今度新刊が出るから。」
「了解、それじゃあ発売日になったら教えてくれ。買って来てやるからよ。」
「ありがとう。」
こっちを見上げながらお礼を言ってくれたソフィとそんな話をしていると、視線の先にロイドとマホがすっと割り込む様に入り込んで来た。
「九条さん、ご褒美をあげるのはソフィだけなのかな?私達もそれなりに頑張ったと思うんだけれど?」
「そうですよ!ソフィさんだけズルいです!私達にもご褒美を下さい!」
「……へいへい、了解致しましたよお嬢様方。たださっきも言ったけど高い物とかは無理だからな。貯金はあるけど俺自身の財布にそこまで余裕がある訳じゃねぇし。」
「分かってますよ!えへへ、何を買って貰いましょうかロイドさん!」
「ふふっ、悩んでしまうね。」
楽しそうに盛り上がっているマホとロイド、そして静かにしたままのソフィの姿を見つめながら身体の中に溜まっている疲れを吐き出す様にため息を零していると……
「九条さん!それに皆さんも!」
「ん?あっ、エリオさん!それにカレンさんも!ご無事でしたか。」
「えぇ、何とか。九条さん、お怪我の方は大丈夫ですか?」
「はい、さっきお医者さんの方から頂いた薬のおかげで毒の効果は緩和されてきてる気がします。」
「そうでしたか……それなら良かったです。後で医師が改めてお伺いすると思いますので、その時に治療薬と解毒薬をお受け取り下さい。」
「分かりました。すみません、お世話になってしまって。」
「いえいえ、これぐらいなんて事は無いですから。」
カレンさんとそんな話をしているとエリオさんが無言のまま一歩前にやって来て、どうしたのかと思ったらいきなり腰を直角に曲げて頭を深々と下げて来た!?
「エ、エリオさん!?ど、どうしたんですかいきなり?」
「……九条さん、この度は本当に申し訳ございませんでした。」
「も、申し訳ございませんでした……って……?」
「今回の一件、警備が甘かった私達の責任です。そのせいで九条さんには怪我を……まして毒まで……本当に……申し訳ございません……!」
「ちょ、ちょっと止めて下さいエリオさん!本当、マジで気にしてませんから!」
「いえ、ですが……」
「そもそもエリオさんは何も悪くないじゃありませんか!悪いのは、この屋敷を襲撃してきた侵入者達と逆恨みしてきた商人です!だから気に病まないで下さい!ってか謝られるとその……報告しづらい事があると言いますか何と言いますか……」
「……報告?どうかなさったんですか?」
「そ、それがその……えっと、実はですね……エリオさんの執務室で戦闘をする事になってしまった結果……家具、その他諸々が見るも無残な姿になってしまい……」
「え?」
こっちを見ながらきょとんとした顔をしているエリオさんの前でバッと膝を折って地面に両手を付けた額を擦り付けた俺は、大きく息を吸い込むと……!
「本当に……本当に申し訳ございませんでしたああああああああああっ!!!!!」
総額幾らぐらいの弁償をしなくちゃいけないのか恐怖で想像が出来なくなった俺は大声で謝罪の言葉をぶつけると、額を地面に高速で擦り付けていくのだった!!
「……はっはっは、大丈夫ですよ九条さん。顔を上げて下さい。」
「いえ、でも……」
「家具は壊れてしまったとしても修復したり新しい物を買う事が出来ます。ですからどうかお気になさらないで下さい。」
「うふふ、家具を新調しようかという話も最近していましたから。むしろ買い替える理由を下さってありがとうございます。」
「エ、エリオさん……!カレンさん……!」
何という心の広さ……!これが貴族の……いや、大人としての余裕なのか……!?あまりにも眩し過ぎて俺の汚れ切った心が浄化されていくのを感じるぜ……!
「それでは皆さん、そろそろ会場に戻ると致しましょう。ここで立ち話をしていると連行されて来る者達と顔を合わせてしまう事になるかもしれませんからね。」
「そうだね。余計な恨みを買ってしまう前にここから離れるとしようか。」
ロイドの言葉に対して頷いて返事をした後、全員で揃って屋敷に背を向けて会場の方に向かって歩いていると……
「九条さん、すみませんが1つだけお答えして頂きたい事があるのですがよろしいでしょうか?」
「え?あぁはい。何でしょうか?」
噴水近くまでやって来た時にエリオさんから声を掛けられた俺は、前を歩いている皆が離れて行くのを横目に見ながらその場に立ち止まった。
「今回、どうしてアリシアさんの為に敵地に残る様な真似をなさったんですか?」
「……どうして?」
「えっと、理由ですか?」
「はい。少し前に知人から話を聞いた所によると、彼女は九条さんに対して暴言とも取れる様な発言をされていたんですよね。そして貴方もそれを耳にしていた。ならば見捨てたいと考えてもおかしくないと思うのですが。」
「あー……まぁ確かに暴言的な事を言われたのは事実ですけど、だからってわざわざ怒りに任せて見捨てたいとは考えられなかったんです。それにあの場には彼女の妹のシアンも居ましたからね。」
「ふむ、それならば脱出した後に助けを呼ぶという選択肢もあったのでは?」
「えぇ、でもそれだと遅いじゃないですか。相手は法も秩序の関係なく襲撃して来た侵入者達。そんな所にアリシアさんが連れて行かれたら何をされるか分かりません。そうなったらあの時こうしてれば良かったみたいな嫌な記憶が残りますよね?」
「……嫌な記憶ですか?」
「はい。言い換えると後悔ってヤツですね。そいつは中々に厄介なもので、どんなに年月を重ねて楽しい思い出を作ったとしてもふっとした瞬間に蘇ってくるものです。俺はそういった記憶をなるべくなら作りたくないんですよ。」
今までの人生、動かなかった事で後悔してばっかりだったからな……折角こうして異世界にまでやって来た訳なんだし、どうせだったら思うがままに生きないとな。
「……ふふっ、なるほど。優しい九条さんらしいですね。」
「へっ?いやいや、優しいとかそんなんじゃないですか!えーっとその、今回の件は要するに自己満足の為に動いたってだけの話なんです。だから別にそういった感じの事じゃないですから!」
「ご謙遜を。ですが、良く分かりました。九条さん、わざわざ私の質問に答えて頂きありがとうございました。」
「あぁいえ……あの、どうして急にそんな話を?もしかして俺が人助けとかするのに違和感とかありましたかね?」
「いえいえ、そんな事はありませんよ。ただ今の問いに対する答えを欲している人が居るというだけの話です。どうかお気になさらず。」
「お気になさらずってそれは無理な話……って、エリオさーん!?」
ニコリと微笑みながら小さくお辞儀をして先に行ってしまったエリオさんを見送りながら首を軽く傾げていると、会場の方からマホがこっちに走り寄って来た。
「おじさん、救護部隊の人が毒の解析が終わって血清の準備が出来たから急いで来て下さいって呼んでいましたよ!」
「おっ、マジでか?いやはや、随分と早いな。」
「えへへ、良かったですねおじさん!って、そう言えばさっきまでエリオさんと何の話をしていたんですか?」
「ん?さぁ……俺にも良く分からん。」
「分からんって……どういう事ですか?」
「いや、だから分かんないんだってば……簡単に説明すると、俺がどうしてアリシアさんを助けたのかって事を聞かれたんだが……」
「えっ?そんなの、おじさんがおじさんだからですよね?」
「……その答えはどうなんだと思うのと同時に妙に納得が出来てしまうのが悔しいと言うか恥ずかしいと言うか……」
「はいはい、変な事を言ってないで行きますよ。」
「あっ、おい手を引くんじゃないっての!小さい子供じゃあるまいし!」
「今この場限りに関しては似た様なものです!ほら、こっちですよ!」
小走りになっていくマホに釣られて急ぎ足で会場に向かう事になった俺は、綺麗な夜空の下で事態が少しずつ収拾していくのを肌で感じるのだった。
屋敷を襲撃して来た侵入者達、及び商人は警備兵に連行されて護送車に乗せられて何処かへと消えて行った。何でも幸運な事に1人残らず捕まってくれたらしい。
そして俺達はどうなったかと言うと、救護部隊の方に血清を打って解毒して貰ったけど念の為にという事で近場にある大きな病院に行く事になった。
そこで一通りの検査を受けたが特に問題無しという診断を受けてそのまま我が家にまで送ってもらい、俺は疲れのせいからか風呂に入る気力も出なかったので一足先に自室に戻って行くとそのまま気絶する様に眠りにつくのだった……
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