第65話
会場の隅っこの方で社交界を楽しんでる貴族達を眺めながらマホと他愛もない話をしていると、ファンから解放されたらしいソフィの姿を見つけて俺は手を上げた。
「おーいソフィ、こっちだこっち。」
「九条さん、ここに居たんだ。マホは?」
「マホはデザートのおかわりを食べに行ったよ。ってか、そっちはもう良いのか?」
「うん。満足したみたい。」
「そっか。お前はどうだった?楽しかったか?」
「それなりに。私についての話ばかりだから反応に困ったけど。」
「ははっ、それはまぁ仕方ないだろ。何といってもお前のファンなんだからさ。」
「……ロイドを尊敬する。」
「あーまぁアイツはそういった対応に慣れてるだろうからなぁ。またこんな事があるかもしれないし、色々と教わっといたらどうだ?」
「うん、そうしてみる。」
「あっ!ソフィさん、お戻りになっていたんですね!お帰りなさい。」
「ただいま、マホ。デザート、美味しいのあった?」
「はい!中にチョコが入ったクッキーがあったんですけど、それがとーっても甘くて美味しかったです!ソフィさんは食べましたか?」
「うん。さっきの子達に勧められて何個か食べた。美味しかった。」
「ですよね!おじさん、今度作って下さいよ!」
「はいはい、ロイドがシェフの人からレシピを貰ってきてくれたら考えてやるよ。」
「絶対ですよ!お願いしますからね!」
「あら?この声はもしかして……」
「ん?」
近くから不意に聞こえてきた声の方へ視線を向けてみると、そこには気品が溢れるドレスを着飾ったリリアさんと清楚でお淑やかな印象を受けるドレスを着てるライルさんが並び立って少しだけ驚いた様な表情を浮かべてこっちを見つめていた。
「やはり皆様でしたか。どうもこんばんわ。失礼ながら、この会場でお会いする事が出来るとは思ってもいませんでしたわ。」
「まぁ、そりゃそうだろうな。俺達は貴族でも無ければ商人でもない訳だし。」
「ロイドの両親が招待状をくれたおかげ。」
「なるほど、そう言う事でしたら納得致しましたわ。恐らくですが、皆様がお召しになっている服もエリオ様にご用意して頂いた物ですよね?」
「へぇ、見ただけで分かるのか?」
「えぇ、これでも物を見る目は鍛えられていますからね。素材から何から一級品だと言わざるを得ませんし、それだけの物を用意出来るのはエリオ様ぐらいかと。」
「えへへ、正解です!今日の社交界の為にって1から仕立ててもらいました!リリアさんとライルさんの着ているドレスもとっても素敵ですね!」
「ありがとうございます。私達のドレスもこの日の為に仕立てた物ですので、皆様とお揃いという事になりますかね。」
「おぉ、そっちもか……こんな事を聞くのはどうかと思うけど、値段的には……?」
「そうですね……大体50万G程でしょうか。」
「ご、ごじゅっ!?そ、それはまた……」
「あはは……こういう場では、それなりに値段のする正装を用意しないと後になって何を言われるか分からないんです。それこそ家名に傷が付きかねません。だから最低でも一着にそれぐらい掛かってしまうんです。」
「はぁ~……上流階級の世界ってのは色々と大変なんだな……」
「えぇ、ですから皆様もどうかこの場での行動にはお気を付け下さい。何かあったらそれはロイドさんのご家族にもご迷惑が掛かってしまうという事ですから。」
「了解、改めて肝に銘じておくよ。」
ライルさんの忠告を胸に刻んで小さく頷いていると、リリアさんが急にソワソワとして辺りをキョロキョロと見渡し始めた。
「そ、そう言えば九条様?ロイド様のお姿が見えませんがどちらにいらっしゃるのでしょうか?折角ですのでご挨拶を……そしてドレス姿のロイド様を是非ともこの目に焼き付けておきたいのですが……!」
「お、落ち着いてリリアさん!ライルさんも無言のまま近付いで来ないで!えっと、ロイドなら確かエリオさんやカレンさんと一緒にあっちの方に居たはず……」
胸元がそれなりに開いているドレスを着たリリアさんとライルさんに詰め寄られた俺は、助けを求めたいという意味も含めて必死にロイドの姿を探していた……!
「おーっほっほっほっほ!おーっほっほっほっほ!」
「な、何だ?この高笑いは……?」
「お、おじさん!あっち、あっちですよ!お嬢様です!典型的なお嬢様がいますよ!凄いですよ!ほらほら!その隣には王子様みたいな恰好をしている人も居ますよ!」
「ちょっ、分かったから袖を引っ張るなってのマホ!って言うか、あの人達と一緒に居るのって……!」
「……やれやれ、あの子ったらまたロイド様に絡んでいらっしゃるんですのね。」
「えぇ、そうみたいですね……」
呆れた様な声を漏らす2人を横目に見ながら会場の真ん中辺りに目を向けてみるとそこにはメチャクチャ派手なドレスを着た金髪縦ロールのお嬢様と、子供向けの絵本から飛び出して来た王子様みたいな恰好をした男がロイドの絡んでいる姿があった。
「リリアさん、ライルさん、その反応からしてあの人達の事を知ってるのか?」
「……一応、学園時代の知り合いといった感じですわね。とは言っても、仲が良いという訳ではございませんが。」
「あ、あはは……私も彼女の事は存じ上げていますが、お友達と言う訳では……」
「……えっと、もしかして問題があるって感じの人?」
「問題……そうですね。私達からするとちょっと難しい方になるのかと……」
「本当でしたら今すぐあの子を止めたい所なのですが、どういう事なのか知って頂く為に少しだけ様子を見ていて下さいませ。私達がどうしてこの様な反応をするのかが良く分かると思いますから。」
「お、おう……」
腕を組みながらヤレヤレと言った感じの表情を浮かべてるリリアさんと困った様に微笑んでいるライルさんの話を聞いた俺達は、お嬢様と王子っぽい恰好をしてる奴とロイドのやり取りを見守ってみる事にした。
「御機嫌ようロイドさん!この私、『アリシア・ペティル』を覚えているかしら!」
「うん、勿論覚えているよ。王立学園で学び合った学友を忘れるはず無いだろう?」
「が、学友ではありません!私達の関係は対等なライバル!ですわよ!間違えないで下さい!」
「おっと、これはすまないね。確かに君とはよく競い合っていた仲だからライバルと言えるのかもしれないね。」
「言えるかもしれない、ではなくて紛れもなくライバルです!」
金髪縦ロールのお嬢様はそう言いながらビシッとに指を突きつけて、そのすぐ隣に立ってるイケメン王子はニコっと微笑んでいて……うん、初めて見る顔で喋った事も無いけどアイツはなんか癪に障るから嫌いだな!
「王立学園……ねぇ……」
「おじさん、おじさん!」
「ん?」
袖をグイっと引っ張られたので視線を下げてみると、満面の笑みを浮かべたマホと目が合った。
(おっほん!今から久しぶりにこの世界に関するチュートリアル的な話をさせて頂きますね!)
(……それってロイドが言ってた王立学園についてか?)
(はい!この世界では誰もが知っていて当たり前ぐらいの情報になりますので、一応こっちの方でで説明させてもらいます!)
(了解、わざわざ気を遣ってくれてありがとよ。そんじゃあ悪いけど手短に頼むわ。何だかのんびり説明を聞いてられる状況じゃなさそうだし。)
(分かりました!王立学園とはその名の通り王都近郊に存在している学園で、貴族や商人のお子さん達が通っている所になります!以上!)
(うん、要望通りの手短さで助かるよ。)
(ご満足してもらえたのなら何よりです!もしも詳しく知りたかったら、また聞いて下さい!まぁ、私も本当に基礎的な事しか説明出来ませんけど。)
(おう、その時は頼んだ。)
「全くもう、あの子は学園に通っていた頃から変わりませんわね。」
「えぇ、私達にとってはお馴染みとも言える光景ですけど……」
マホからの説明が終わった直後、ロイドに突っかかっている女の子を見つめながら似た様なリアクションをしている2人の様子が気になった俺はその事について質問をしてみる事にした。
「なぁ、さっきあの子が言ってたライバルって発言なんだけど……本当なのか?」
「いいえ、アレは彼女が自称しているだけに過ぎませんわ。アリシアさん、在学中にロイド様に勝った事ありませんもの。特に彼女は戦闘技術に関して全くと言っていい程に才能が無くて、何時も補習を受けていましたのよ。」
「そうなのか?だったらロイドはどうして否定しない……って、する訳ないか。」
「えぇ、ロイド様はお優しい方ですからね。学園に通っていた頃もああやって勝負を挑んてくる彼女の相手を律儀にしていたぐらいですもの。さてと、すみませんが少しこの場を失礼させて頂きますね。」
「……もしかして止めに行くのか?」
「はい、それが私の役目でもありますから。」
「ふふっ、これもまた学園時代ではお馴染みとも言える光景ですね。」
「へぇ、それはまた何とも刺激的な……」
ライルさんとそんな話をしている間にザワザワとしている貴族達の間を通り抜けてロイド達の前に姿を現したリリアさんは、呆れている事を隠そうともせずアリシアと言う名の少女に声を掛けた。
「アリシアさん、ご無沙汰しておりますわ。」
「あら、コレはリリアさんではありませんか。どうも御機嫌よう。貴女も招待されていたんですのね。」
「それはこちらの台詞です。貴女、今までエリオ様が主催なさる社交界には出席した事はございませんでしたわよね。それが一体どうしてまた?」
「おーっほっほっほ!いえ、実は今回は私と共に未来を歩んでくれる方をご紹介してさしあげようかと思いまして。こうして足を運んでみた次第ですのよ。」
「……共に未来を歩んでくれる方?」
恐らく肌に合わない相手なんだという事を一瞬で悟ったのであろうリリアさんが、眉をひそめながら視線をゆっくりと動かしていくと……
「どうも初めまして。俺の名前は『タム・クロフ』だ。以後、お見知りおきを。」
そう言ってイケメン野郎が無駄に長い前髪をファサっと掻き上げると、何処からか女の子の黄色い歓声が聞こえてきて……
「チィッ!」
「ちょ、ちょっとおじさん!抑えて抑えて!顔と口から感情が漏れ出ていますよ!」
「どうどう。」
「クロフさんは王都では名のある商人のご子息でして、将来的にはその後を引き継ぎ私のビジネスパートナーとなる素晴らしき方なんですのよ。」
「ははっ、言い過ぎだよアリシアさん。ウチなんて王都にある店に比べたらまだまだ小さい方さ。まぁ、僕が家を継いだら王都内で1,2を争う商家になるけどね!」
「グルルルルゥ……!」
「おじさん!お願いですからまだ人の状態で居て下さい!」
「すてい。」
「な、何だか九条さんから負のオーラが溢れ出しています……!」
俺が言うのも何だけどあんなクソダサい勘違いファッションしてるイケメン野郎がよくもまぁ、人気者代表とも言えるロイドに偉そうな啖呵を切れるもんだなぁ……!
つーかダメだ、アイツは生理的に受け付けない……!俺の細胞全てがアイツの存在そのものを否定している……!
「……とりあえず貴女達の要件は分かりましたわ。では、もうよろしいですわよね?ロイド様、そろそろ九条様達と合流すると致しませんか?あちらの方で皆様お待ちになっていらっしゃいますから。」
「ふむ、それもそうだね。父さんと母さんに皆の事を紹介したいし、すまないけれど私達は失礼させて」
「はっはっは!九条様だって?それはもしかして、あのいかにも冴えないおっさんの事を言っているのかな?」
「「「………は?」」」
「ひっ!」
イケメン野郎がそれはもう見事に貴方をバカにしていますよという表情を浮かべてこっちに視線を向けながら大声でそんな事を言ってきた直後、周囲の温度がググっと下がった様な肌寒さがしてライルさんが怯えた感じで半歩後ろに下がって行った……
「いやはや、さっきから気にはなっていたんだよね。見た目だけは立派に見えるけど中身が一般庶民丸出しと言うか……ふふっ、アレは本当に勿体ないな。着られている服が可哀そうで仕方ないよ。」
「「「………」」」
うん、君の人を見る目は確かみたいだね……俺が一般庶民丸出しだというのも否定しないよ……!だけど、頼むからそれだけじゃなくて空気を読む力ってのも出来れば鍛えておいて欲しかったなぁ……!
「う~……!うぅ~……!」
「……良い?」
マホは唸り声をあげながら今にも飛び出していきそうだし、ソフィは敵意を含んだ視線でアイツを無表情のまま睨み付けているし……!そんでもって……!
「それにあの方、年齢が高い割にはレベルがまだ低いと聞いてますわよ。タムさんは私達と同年代の方ですが、レベルは既に20を超えているそうです。そうなると……ロイドさん、仲間にする方を間違えたのではございませんか?」
憐れむ様な視線を向けながらクスクスと笑っているアリシアさんの姿を見ながら、俺は背中から冷や汗が流れ落ちていくのを嫌って言う程に感じていた……!
いや、確かに俺はこの間レベル15に達したばかりのおっさんですけどね?多分、君達よりは場の空気が読める人間だと思いますよ……!マジで……!
「はっはっは!アリシアさんの言う通りだね!あぁそれならどうだい?そんな役にも立たなそうなおっさんを奴を外して俺を仲間にするというのは?絶対あんなおっさんよりも役に立つ自信あるよ?色々な意味でね!」
「もう、タムさんったらご冗談が過ぎますよ!未来のビジネスパートナーである私を差し置いて勝手に話を進めないで下さい!それにあの方とタムさんでは、釣り合いが取れませんよ!」
「おっと、それもそうだね!あっはっは!」
「あ、貴方達!なんて失礼な事……を………ロ、ロイド……様?」
俺の為に怒ってくれたのかリリアさんが一歩前に踏み出した次の瞬間、それよりも更に一歩前に出て来たのは……満面の笑みを浮かべたロイドだったんだが……
「ふふっ……ふふふっ……いやはや、何とも面白い事を言う人だねぇ。一体、誰が、役に、立たないって……?」
「ふふっ、聞こえていなかったのかい?だか、ら…………」
「どうしたんだい?さぁ、もう一度……私の前で同じ事を言ってくれるかな?」
「あ、いえ、そ、その………」
「っ……!」
口元だけはシッカリと微笑んでいるが瞳孔が開きまくってるロイドの視線を受けた2人は、それはもう分かりやすく怯え切っていた……!ってか、アイツってあんなに怖い表情って出来たの!?何だか知らないけど身体がが震えて来たんですが……!?
「……ふふっ、冗談だよ。アリシアさんとタムさんはどうやらこの場の空気に飲まれ気分が高揚してしまったんだろう。外の空気に少し当たって来る事をお勧めするよ。皆さんも申し訳なかった。どうか今夜の社交界を存分にお楽しみ下さい。」
ロイドが丁寧なお辞儀をしながらそう告げた直後、会場の奥側にあるステージ上に楽器を抱えた人達がやって来て指揮者に合わせて優雅な音楽を奏で始めた。
そのおかげで会場内にはゆっくりと優雅な空気が戻ってきて……調子に乗っていた2人はそそくさと出入り口の方に向かって行くのだった。
「皆、待たせてしまって悪かったね。」
「…………」
「おや?どうしたんだい九条さん。私の顔に何か付いてるかな?」
「いや、何か付いてるかなってお前……あんな事があった後だって言うのに、よくもまぁそんだけ平然としていられるもんだな……」
口角を引きつらせながら普段通りの感じに戻っているロイドの後ろでは、ガクッと肩を落として疲れ切っているリリアさんがライルさんに慰められていた……
「し、死んだかと思いましたわ……あんなにも怒っているロイド様を目にするのは、初めての経験でしたから……」
「そ、そうですね……えっと、お疲れ様でした……」
「やれやれ……ロイド、俺の為に怒ってくれたのは分かるけど一歩間違えたら社交界自体が台無しになっていた所だぞ。」
「うん、すまなかったね。つい我を忘れちゃってね。」
「ついってあのなぁ……いたっ!」
バチンと腰を叩かれて何事かと思って振り返ってみると、そこには頬を膨らませてぷんすかしているマホの姿があった。
「おじさん!ロイドさんはおじさんの為に怒ってくれたんですから、そんな風に言うのはどうかと思いますよ!」
「うん。ロイドが怒ってなかったら、私がアイツの意識を刈り取ってた。」
「……マホ、お前の言いたい事は充分すぎる程に分かってるよ。それとソフィ、その警棒はさっさと仕舞いなさい。何だか色んな意味で怖いから……」
「全くもう!って言うか、おじさんはどうしてあの人が格好付けた時は怒ってたのに悪口を言われても怒らないんですか!普通は逆じゃありませんか!?」
「いや、逆と言われてもな……俺としては自分が何と言われようともそこまで何とも思わないし、それよりもあの勘違い野郎が勘違いした態度を取っている方がムカッとしちまった訳だし……後は……お前達が代わりに怒ってくれたからな。」
「それは……むぅ……」
「お前達がわざわざ俺の為に怒ってくれたんだ。ソレだけで俺は大満足だよ。本当にありがとうな。感謝してるよ。」
「ふふっ、仲間の為に怒るのは当然の事だよ。だけど、どういたまして。」
「次は九条さんの悪口を言われる前に何とかする。」
「それはやめなさい。」
「……はぁ、仕方のないおじさんですね。分かりました。おじさんが怒らないのなら次も私達に任せて下さい。」
「おう、そうするよ。」
「……どうやら私達の出る幕は無いみたいですわね。」
「えぇ、そうみたいですね……ふふっ。」
「……よしっ!それじゃあロイドも合流した事だし、エリオさんとカレンさんの所に挨拶へ向かうと……ん?マホ、どうしたんだ?」
「はい?何がですか?」
「え?何がって……へ?」
袖をクイクイっと引っ張って来ているのがマホかと思ったら俺の前に姿を現して、不思議そうに首を傾げて……?
訳も分からないまま反射的に視線を下げてみると……金髪ロングの10歳ぐらいの女の子が不安そうにこっちを見上げていて…………え、この子はどなたですか?
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