第61話

「父さん、母さん、私達はそろそろ失礼させてもらうとするよ。」


「あら、もう帰ってしまうの?もう少しぐらいゆっくりしていけばいいのに。」


「ふふっ、そうしたいけれど家に帰って夕食の支度をしないといけないから。今度はマホとソフィも一緒に連れて来るよ。」


「まぁ、それなら帰ってくる日は事前に教えて頂戴ね。」


「あぁ、分かったよ。」


 仲良く次の予定に関して話をしてるロイドとカレンさんの事を微笑ましい気持ちになりながら見守っていると、不意に背後からノックの音が聞こえて来た。


「ん、誰だ。」


「カームです。九条様とロイド様がご自宅にお帰りになる時間かと思いまして、外に馬車の手配を致しましたがいかがなさいましょうか?」


「助かる。もうしばらく待機させておいてくれ。」


「かしこまりました。」


 カームさんの声が聞こえてきた扉の方から視線を逸らした俺は、ソファーから立ち上がると改めて真正面に座っている2人の顔を交互に見た。


「エリオさん、カレンさん、本日は急な訪問にも関わらずありがとうございました。おかげ様で有益な情報が得られてしばらく安心して日々を過ごせそうです。」


「いえ、こちらこそ来て頂いてありがとうございました。また何か困った事があれば気軽に訪ねて来て下さい。力になりますから。」


「そうですね。自分の実家だと思って何時でもお越し下さい。」


「ははっ、それはちょっと難しいかもですが……はい、その時はお言葉に甘えさせてもらいます。」


「ふふっ、九条さんが父さんや母さんと仲良くなったみたいで良かったよ。さてと、それでは本当に失礼するとしようかな。2人共、またね。」


「えぇ、またね……って、ちょっと待ってくれるかしらロイドちゃん!実は貴方達に渡したい物があるのよ。そうよね、エリオさん。」


「あぁ、そう言えばそうだったな。すまない、すっかり忘れていたよ。」


 ソファーから腰を上げて仕事机の方に歩いて行ったエリオさんは引き出しの中から何かを取り出してこっちに戻って来るとそれを俺達に手渡してきた……?


「あぁ、もうそんな時期になるのか。」


「そんな時期……?ロイド、コレが何か知ってるのか?」


「うん、なにせウチで開催している恒例行事だからね。この金色の装飾がされている封筒は社交界、つまりはパーティーの招待状だよ。」


「パ、パーティーの……招待状?」


 手触りで最高品質の紙が使われているのが分かるぐらい豪華な見た目の封筒を手に持ちながらマジマジと見つめていると、ロイドが静かに微笑みだした。


「うん、父さんが主催者となって毎回この時期になると開催しているんだよ。様々な人達との交流をしたり情報交換をしたりするのが目的でね。」


「へぇーそれは何とも貴族らしいと言うか……えっと、エリオさんはどうしてコレをロイドだけじゃなくて俺にも……?ま、まさか……」


「はい。九条さん達もご招待させて頂きたいので招待状をお渡しさせて貰いました。もしかしてご迷惑でしたでしょうか?」


「い、いや!迷惑なんて事はないんですけど……このパーティーって近日中に開催をされるご予定なんですよね?大丈夫なんですか?まだ襲撃者の件とか片付いていないですけど……」


「無論、九条さんの仰りたい事も分かります。ですがご安心下さい。パーティ会場や屋敷の周辺は護衛部隊の物が控えていますし、警備が手薄になると思われる場所には警報器が設置されていて侵入者が現れればすぐに大音量で知らせてくれますから。」


「それに付け加えると招待状は既に関係各所に送ってしまっているから、中止をするという訳にはいかないんだ。相手方も忙しい中で時間を合わせて来てくれるからね。不確定要素があるとは言え、止める訳にはいかなんだ。」


「……なるほど、色々と事情があるんだな。」


「うん。それでも不安に感じるのならば出席しないという手もあるけど、九条さんはどうしたいかな?」


「ど、どうしたいかって……そりゃあ……」


「難しく考える必要は無いよ。心のままに従うと良いさ。」


 ……心のままにねぇ……確かに不安はあるから身の安全を確保する為にって理由で参加しないって選択肢もありっちゃありだけど……貴族様の参加する社交界に行ける機会なんて人生の内で1回有るか無いかだし……それにマホやソフィも……よしっ!


「……ありがとうございます。この招待状、慎んで受け取らせてもらいます。」


「そうですか!そう言って頂けて良かったです。突然の誘いがご迷惑になったらどうしようかと思っていた所でしたから。」


「そんな、ご迷惑だなんて事は絶対に……あっ……」


「ん?どうしたんだい九条さん。何かあったのかい?」 


「あー何か有ったというか、無いと言うか……実はその、パーティーに出席する為に着ていく正装がウチには1つも無くてな……エリオさん、すみませんがそういう服を取り扱っている店を教えてくれませんか?」


「九条さん、そう言う事でしたらこちらにお任せ下さい。少しお時間は頂きますが、服に関してはこちらで手配させて頂きますので。」


「えっ?!いやいや!流石にそこを甘えてしまう訳にはいきませんよ!」


「もう、遠慮なさらないで下さい九条さん。そもそもこちら側が急に誘ってしまったお話なんですから。」


「カレンの言う通りですよ。それに九条さんにはロイドがお世話になっていますからその恩返しとでも思って下さい。」


「で、ですが……」


「九条さん、パーティーに着ていく正装は1着それなりにするものなんだよ。マホやソフィの分も合わせて用意したらそれなりに優しくない値段になってしまう。だからここは父さんと母さんの言葉に甘えても良いんじゃないかな?」


「ぐぬぬっ……!ち、ちなみに服の相場ってどれぐらいで……」


「うーん、安くても20から30ぐらいかな?」


「……すみません、よろしくお願いします……!」


「ふふっ、それでは父さん。明日にでも職人に頼んで採寸を頼んでも良いかな?」


「分かった。手配しておく。」


 その後も情けない話だが1から10までエリオさんのお世話になる事が決定して、何とも言えない申し訳なさを感じながら2人に別れを告げてロイドと一緒に執務室を後にすると廊下で待機してくれていたカームさんと屋敷の外に出て来るのだった。


「ロイド様、九条様、気を付けてお帰り下さいませ。」


「あぁ、カームも2人の事を頼んだよ。」


「かしこまりました。護衛部隊の長として、命を懸けて護らせて頂きます。」


「ふふっ、カームに死なれては困るから何とか生き延びる方向で頑張って欲しいな。っと、伝え忘れていたが今度の社交界には九条さん達も出席する事になったから。」


「おや、そうなのですか?それは心強い限りですね。」


「えっ、心強い……ですか?」


「はい、九条さんは襲撃者を撃退した実力あるお方ですからね。いざという時には、頼りにさせて頂きます。」


「カーム、私としてはいざという時が起こらない様に願いたいんだけどね。」


「えぇ、勿論です。私達としても最善を尽くします。ですが、不測の事態が起きた時には……」


「……分かりました。俺なんかが力になれるかは分かりませんが、出来る限りの事はすると約束します。」


「ありがとうございます。それではロイド様、九条様、どうぞお気を付けて。」


 深々とお辞儀をしてくれたカームさんに背を向けて扉が開かれてる馬車にロイドが入って行った直後、俺は階段に乗せていた足を止めて後ろに振り返った。


「あっ、カームさん。パーティーの当日なんですけど、護衛部隊の人の装備をお借りする事って出来ますかね?」


「はい?装備一式をですか?」


「えぇ、もしくは武器とかだけでも良いんですけど……何かあった時に丸腰ってのは流石に危ないんで……どうですかね?」


「……かしこまりました。パーティー当日に九条様が着ている正装に合わせて装備をお渡しさせて頂きます。」


「えぇ、お願いします。それではまた。」


「はい、それでは。」


 改めてカームさんに別れを告げて馬車に乗り込んだ俺は、とんでもない極上の座り心地の座席に感動しながら優雅な気持ちで我が家に帰って行くのだった。

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