第46話
ロイドの説教がようやく終わった頃、初戦4組目の試合に決着が付いて設置されていた天井付近の画面には勝ち上がったギルドの名前だけが残されていた。
「とりあえずコレで準決勝に進むギルドが決まった訳だけど……あーやっぱりマジで嫌だなぁ……」
「九条さん、そんなにカップルと言う存在が気に入らないのかい?もしかして、その理由は今まで女性とお付き合いした事がないからとか?」
「は、はぁ?!お、俺だって女の人と付き合った事ぐらいあるっての!しかも結構な人数と付き合ってきたしな!」
まぁ、正確に言ったら相手はテレビ画面の向こう側に居て付き合う事になったのは俺じゃなくてその世界に生きている別人なんですけどね……!
「ふふっ、だったらカップルを妬まずに広い心で接してあげようじゃないか。大人としての余裕を持ってね。」
「うぐっ!お、大人としての余裕か……わ、分かったよ……冷静さを保てる様に努力してみるわ……」
「うん、期待しているよ九条さん。相手は初戦を勝ち抜いてきた実力者だから、感情任せに動いたりはしないでね。」
「へいへい……気を付けますよ……」
一回り近く年齢の離れているロイドから普通に怒られている時点で、大人としても何もあったもんじゃないと思うが……それを口に出したら色々な意味で終わると判断した俺は、ソファーに座りながら後頭部をガシガシと掻くのだった。
『準決勝、第1試合が間もなく開始されます。出場するギルドの選手は入場門前までお越しになって待機をお願いします。』
「ふむ、どうやら出番が来たみたいだね。」
「そうみたいだな……ロイド、もしもの時は頼んだぞ……マジで!」
「あぁ、九条さんが暴走したらすぐにでも止めてみせるよ。だから安心して。さぁ、行くとしようか。」
再び武器を手に取って控え室を後にした俺達は、廊下を真っすぐ進んで鉄格子の前までやって来ると聞こえて来る歓声と実況の声に耳を傾けるのだった。
『初戦は戦わずして勝利を収めたギルド・ナインティア!実力が未だ未知数ですが、この試合ではその実力を見る事が出来るのでしょうか!?それでは、入場です!』
実況の紹介が終わるのとほぼ同時に開いていった鉄格子の下を通り抜けて会場内に戻って来た直後、ファンの子達の位置を把握してるロイドは振り返るとそっちの方へ大きく手を振ってみせるのだった。
「「「「「キャー!ロイド様ー!!」」」」」
「おぉおぉ、こりゃまた凄い声援だ事で……人気者で羨ましい限りだな。」
「おや、本当にそう思っているのかい?それだったら九条さん、この機会を利用して王者になればすぐにでも人気者になれるはずだよ。」
「……すみません、ただの冗談なんで軽く流して下さい……」
ニコッと微笑みかけて来たロイドの表情にちょっとした恐怖を感じてサッと目線を逸らしていると、後ろからマホの大きな声が聞こえて来た。
「2人共ー!頑張って下さいよー!特におじさーん!」
「九条様ー!この試合でもロイド様にご迷惑をお掛けしたら分かっていますわね!!その時は一切の容赦をしませんのでそのおつもりでー!」
「おっと、どうやら先程の作戦は本格的に使えなくなってしまったみたいだね。」
「い、いちいち言わんでよろしいっての……ったく……」
マホの声援とリリアさんの脅しに触発されて強制的に気合を入れ直された後、俺は深呼吸を繰り返して対戦相手が入場してくるのを待つ事にした……極めて冷静に……大人としての余裕を持ってな……!
『さぁ、続いてはギルド・ラブハニー&ラブダーリンのマイニィ選手とダッド選手の入場です!』
「すぅ……ふぅ……すぅ……ふぅ……よしっ、一体どんな奴ら……が………っ!?」
『おぉっと!ダッド選手!なんとマイニィ選手をお姫様抱っこをしての入場ですっ!コレはどうした事でしょうか!?まさか我々にお2人の仲の良さを見せつけていると言うのでしょうかぁ?!おーのーれぇーーーい!!!』
嫉妬が滲み出している叫び声をあげる実況者に合わせて主に男の観客達から盛大なブーイングが聞こえてきて、それを耳にしながら俺は……
「ガルルルルゥ……!!!」
「どうどう九条さん、人の言葉を忘れてしまっているよ。」
腹の奥底が熱くなる感覚がしながら歯を食い縛り目の前までやって来たイケメンと美少女を睨み付けていると、ヤツの腕から降りて来た方がこっちに視線を向けて……
「ヤダぁ、あのおじさんこわ~い!私の事をちょー睨みつけて来るよぉ~!ねぇねぇ助けてダーリーン!」
「大丈夫だよハニー。あのおじさんは僕達の仲を羨ましがっているのさ!ほぉら彼の顔をよく見てご覧よ。今まで女性に縁が無かった男の顔をしているだろう。」
「わぁダーリンの言う通りだね!あのおじさん、女の子と縁がなさそうな雰囲気あるもんねぇ~だから~私達の仲に嫉妬しちゃったんだぁ~かわいそぉ~」
「ぶっ殺す!!!!」
ロイドとは違って爽やかさの欠片も感じない野郎とソイツの首に両腕を回している語尾を無駄に伸ばしまくる女のやり取りに血管がブチ切れた俺は、武器を渾身の力を込めて握り締めると一気に斬り掛かって!
「落ち着いて九条さん!まだ試合が始まる前だから!ここで攻撃したら負けになってしまうから冷静に!」
「離せロイド!今、あの2人をぶった斬るのが俺の使命であり運命なんだっ!!」
『九条選手!試合開始のブザーが鳴る前に攻撃をしようとしましたっ!ロイド選手が止めなければ反則負けとなっていましたが、九条選手の気持ちもよーく分かります!しかし私は実況なので、あくまで公平に実況を続けたいと思います!ふんっ!』
「やだぁ、あのおじさん私達の事を攻撃しようとしてきたよ~。」
「安心してハニー!必ず僕が、君を守ってあげるからね!」
「うふふ!ありがとぉダーリン!」
抱き合いながら今にもキスをしそうなぐらい顔を近づけてイチャイチャとしやがるバカップルの姿に殺意と憎悪が際限なく膨れ上がって来た俺は、ショートブレードを持っている腕を必死に引っ張るロイドの手を何とか引きはがそうとしていた……!
「全く、いきなり襲い掛かって来ようとするなんて凄く野蛮だね。彼のパートナーである女性が不憫で仕方ないよ。」
「うんうん、そうだよねぇ。あんなに………あんなに……可愛くて、美しくて、凛としている女性と一緒なんてぇ……あのおじさんには、贅沢すぎだよねぇ……」
「…………ん?」
「おっと、九条さん。どうしたんだい?」
「……………」
「ふふっ、確かにその通りだね。でもマイニィ、君の方が可愛くて美しくて凛としているよ。僕が保証してあげる。
「えぇー!そんな事ないよぉ!あっちの女性の方がそのぉ……綺麗で……素敵で……はぅ………」
さっきまで彼氏に夢中だったはずの彼女はうっとりした視線をこっちに向けながらため息の様なものを吐き出して……かと思ったら、少しずつ頬が赤らんできてる気がして……おっとっと、コレはもしかしなくてももしかするかぁ……?
「九条さん?暴れたかと思ったら今度はだんまりかい?一体どうしたと」
「ロイド、ちょっと耳を貸せ。良い作戦を思いついた……!」
ニヤリと笑いながら隣に居るロイドにそう告げると、それはもう隠そうともせずに呆れた様な表情を見せ始めた。
「ふむ、良い作戦ねぇ……何だかそこまで喜べないのは私の気のせいかな?」
うわー信用がなーい……まぁコレばっかりは自業自得だから仕方ないけどな。が、今はそんな事に構っていられるか!こちとら王者討伐を目指す身!出来るだけ体力は温存していかなきゃいけないんだよ!
「まぁ聞け、今から言う事をすればこの試合も戦わずして勝てるはずだ……!」
そう言いながらロイドに近寄って行った俺は、成功確率は恐らく80%を超えると思われる勝利方法を伝えるのだった……!
『おっと、どうした事でしょうか!?九条選手がロイド選手と密談を始めた!これはもしや、負けじとラブラブっぷりを相手にアピールしているのでしょうか?!』
無責任な実況者の声に反応をして何処からともなく感じていた殺意みたいなものが膨れ上がった気がしないでもないが、俺は知らないふりをしながら説明をしてみた。
「……九条さん、本当にその作戦は大丈夫なんだろうね?」
「おう、多分大丈夫だ!最悪失敗しても、必ず護ってやるから安心しとけって!」
「……そこまで言われては仕方ないね。どうなるのか分からないけれど、ここは九条さんを信じる事にするよ。」
ロイドは苦笑いを浮かべながらスッと表情を真剣なものに切り替えると、手にしていた武器を俺に預けて会場中央に向かって歩き始めた。
『んん!?ロイド選手!武器を手放して九条選手に渡したかと思ったら一歩、二歩と対戦相手の方へ前進していきます!コレにはどういう意図があるのでしょうか?!』
実況と観客達が動揺する空気を感じつつバカップルの前で立ち止まったロイドは、ここからでは見えないが俺の言う通りに優しい笑みを浮かべると……
「マイニィ、君の様な可憐な女の子と出会えた事に私は喜びを感じているんだ。もし良かったら、こっちに来て私とお話をしてくれないかな?」
ロイドさそう言い放ってから数秒後、背後から叫び声なのか悲鳴なのか分からない女の子達の甲高い声が聞こえて来た……!
「……は、はっ!いきなり何を言い出すのかと思えば……僕のハニーがそんな言葉に従うとでも」
「ねぇ、ちょっと離して。」
「……えっ?」
うんうん、分かりやすいって言うのは本当に素晴らしいねぇ!彼女さん、もう彼氏ではなくてロイドだけに視線を向けて両手を胸の前で組んでいらっしゃるよ!
「ハ、ハニー?一体どうしたと言うんだい?あ、もしかして彼女の言葉に従うふりをしているのかい?だとしたら大丈夫、そんな事をする必要はどこにも」
「君、すまないけれど少しだけ静かにしてくれるかな?さぁマイニィ、私の腕の中に入っておいで。」
「はい!かしこまりましたわ!」
「うわっ!ハ、ハニィイイイイイイイ!!?!?!?!?」
肩に触れていた彼氏の手を振り払って両腕を振りながら短い距離を走り始めた彼女さんは、その勢いのままロイドにギュッと抱きしめられにいったぁ!
「よぉしっ!」
俺は隠しもせずに右手でガッツポーズを決める!ってか、やっぱり思った通りだ!あの彼女さんがロイドを見つめていた瞳!アレは明らかにファンの人達と同じだったからな!それじゃあロイド!今度は次の台詞を言ってみようか!
「ふふっ、可愛い可愛い私のマイニィ。こんな事を君に頼むはとても心苦しいけど、1つだけ私のお願いを聞いてくれるかな?」
「はい!私、ロイド様のお願いでしたらなんでも聞かせて頂きます!」
「ありがとうマイニィ。実はね、私達はどうしても勝ち残って王者と戦いたいんだ。その為に必要な道を、どうか私達に譲ってはくれないかな?」
『ひゃ、ヒャー!こ、これは驚きの展開です!ロイド選手、マイニィ選手を誘惑して勝利を譲って欲しい願い出ました!コレはなんとうらや……じゃなくて、なんという恐ろしい作戦なんでしょうかぁ!?』
「ハ、ハニー!彼女のそんな言葉に耳を貸すことはない!忘れたのかい?この試合で得た賞金で僕達の愛を深めるラブラブ王国旅行をするという目的を!!」
ひえええええっ!!な、なんて恐ろしい計画を立ててやがるんだ!?そんな計画は絶対に阻止してや……ぐっ!マズい!彼女の方が正気に戻りかけてやがる!あと一歩だって言うのに、このままじゃ……!
上手くいきかけてた作戦が失敗するかもしれないという焦燥感に襲われていると、ロイドが彼女さんの腰に左腕を回して右手で顎をクイっと持ち上げ始めた!?
「ひぅっ!」
「……マイニィ、私は愛おしい君を傷付けたく無いんだ。お願い、勝負を辞退してはくれないかな。」
本当に愛をささやくかの様に甘ったるい言葉を言い放ったロイドと見つめ合ってた彼女さんは完全に堕ちた瞳を浮かべていて……
「はぁい……私達ラブハニー&ラブダーリンはぁ……勝負を辞退しまぁす!!」
ドロドロに溶け切った声色で彼女さんがそう宣言をした瞬間、第一試合でも聞いた驚きの声が観客達から溢れまくっていた。
『な、何という事でしょうか!ギルド・ナインティア!ここにきて再び戦わずしての勝利を収めてしまいした!これまで一度も戦闘を見せていないナインティア!しかしこれもまた心理戦という名の勝負!ラブハニー&ラブダーリン、敗北です!』
……正確に言うと敗れたのはラブハニーの方だけだと思うけどな。まぁ、ある意味ラブダーリンも負けたっちゃ負けたけど。
「そ、そんな……!ハ、ハニーの……ハニーのばかぁああああっ!!!!!」
『あぁっと!ダッド選手、泣きながら会場から出て行ってしまいました!』
「あっ、ダーリン!?ご、ごめんなさい!コレは一種の気の迷いと言うか!あ~ん!ダァリーーーーーン!!!」
彼氏の後を追い掛けて彼女さんも小走りで会場を出て行ってしまった……さてと、それじゃあ俺はこの作戦の後始末を付けるとしますかねぇ。
「ロイド、よくやったな!俺の作戦通りにしたおかげでまたもや体力を温存したまま勝つ事が出来たわ!次もこの調子で頼んだからな!」
その言葉を聞いてロイドは驚いた顔をしてこちらを見てきたが……それも当然だ、こんな事を言うだなんて一切教えてなかったからな!
『皆様、お聞きになりましたでしょうか!今回の作戦、発案者は九条選手の様です!相手の関係を思えば危険だと思われてもおかしくはない事でしたが、勝利を収める為ならば手段は選ばない!そういう固い決意を感じさせます!』
おぉおぉ、女性陣からのブーイングが凄まじいねぇ。男達はどうしていいのか悩み中って感じかな?とりあえずここに居たらマズそうだから、とっとと退散するか。
「ロイド、それじゃあ控え室に戻る……って、どうしたんだその顔?」
「……どうしたも何もないと思うけどね。こんな声を聞かされてはさ。」
「はっはっは、お前に向けられているもんじゃないんだから気にすんなって。ほら、次の試合もある事だし早く逃げようぜ。」
「全く、私を非難の声から護る為に大きな声であんな事を言ったんだろうけどね……注目されたくなかったんじゃないのかい?」
「あぁ、注目されるのは御免だ。だけど、だからって全部の責任をお前に押し付けて知らん顔は出来んだろうよ。」
「やれやれ、律儀と言うか何と言うか……」
「ハッ、こんな俺だけど今後ともよろしくな。」
ニヤッと笑いながらそう告げると、ロイドは首を小さく左右に振りながらため息を吐き出して見せた。
「うん、よろしくね……九条さんに今後があるかどうかはまだ分からないけど。」
「ん?ソレってどういう……っ?!」
背筋がゾッとする様な感覚に襲われて反射的に視線を動かした次の瞬間、ロイドのファンの子達と視線が合ったかと思ったら全員が揃って首を掻っ切るポーズを……!
「……あ……ぁ………」
「九条さんの気持ちは有難かったけど彼女達の存在を忘れていたのは失敗だったね。先に言っておくけど、私ではどうにも出来ないから頑張ってね。」
「……あの~ロイドさん?どうか僕を……助けてもらえませんかねぇ……?」
「ふふっ、ごめんね。」
「……終わった……」
殺意剥き出しの女の子達からの視線から逃げる様にして会場を後にした俺は、緊張以外の胃痛に襲われる事になるのだった……!
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