第47話
「んー、どうやってロイドのファン達にバレない様に闘技場を脱出するか……試合が終わったと同時に観客席に飛び込んで、混乱に乗じて脱出を……?」
自分で蒔いた種とは言えまだまだ命が惜しいので控え室に戻ってからずっと逃亡の仕方を考えていると、不意に肩をポンポンと叩かれた。
「九条さん、お悩み中の所を悪いけれど決勝戦の相手が決まったみたいだよ。」
「えっ?もう決まったのか?」
「うん。もうって言うか、あれから結構な時間が経ってるけどね。それよりもほら、画面に次の対戦ギルドが残っているから見てご覧よ。」
ロイドにそう言われて視線を画面の方に向けてみると、そこには確かにギルド名が2つだけしか存在していなかった。
「……次の対戦ギルドは『ブレイヴ』って名前なのか。これまでのギルド名と違ってかなりシンプルな方だな。」
「あぁ、それでいて実力も確かだと思うよ。なにせここまで真っ当に戦ってきて決勝までやって来たんだからね。」
「……ロイドさん?その言い方だとまるで俺達は真っ当に勝ってこなかったみたいに聞こえるんですけども?」
「ふむ、戦闘らしい戦闘はしてはいなかったと記憶しているけれど?」
「い、いや!戦闘はきちんとしてきただろ!……完全なる心理戦だけですが……」
「うん、それも私の情報を使っての心理戦だったけどね。」
「うぐっ……!そ、その件につきましては……す、すみませんでした……」
「ふふっ、反省しているのなら決勝戦こそは期待に応えて欲しいね。」
「わ、分かりました!決勝戦はマジで戦う!……だからロイド、サポートについては頼んだぞ。」
「了解、背中は任せて。」
爽やかに微笑んでいるロイドと視線を交わしながら互いに小さく頷きあった直後、室内にあるスピーカの電源が入りわずかなノイズ音が聞こえて来た。
『間もなく決勝戦開始の時刻になります。出場選手は準備が出来ましたら入場門の前までお越しになって待機をお願いします。』
「おっと、呼ばれちまったか……」
「九条さん、覚悟は出来ているかい?」
「おう、ロイドの方は……って、聞くまでも無いか。」
「うん、この試合も必ず勝ってみせるさ。ソフィに会う為にもね。」
「……だな。」
棚に戻しておいた武器を手にして決意を新たにしながら控え室を出た俺達は、外の方から響いて来る歓声を耳にしながら意識を集中させていった。
『さぁ!次はいよいよ決勝戦となります!この試合に勝利したギルドだけが、王者へ挑戦する権利を獲得出来ます!皆様、心の準備はよろしいでしょうか!それではまず初めに、ギルド・ナインティアの入場です!盛大な拍手をお願い致します!』
「ふぅ、行くか!」
「あぁ!」
重厚感のある金属音を鳴らしながら開いていった鉄格子の入場門を通って3度目となる会場入りを果たすと、背後からちょっとした殺気みたいなものを感じた様な気がしたけども……俺は何も気付かないフリをして前に突き進んで行った!
『ここまで全て不戦勝で勝ち上がってきたギルド・ナインティア!今回こそは真正面から戦う姿を見れるのか!それともこれまでと同様に心理戦を駆使して挑戦権を手にするのか!えぇ、色々な意味で期待が持てますね!』
「……コレは褒められてるって考えても良いのかね?」
「さぁ、それはどうだろうね。」
『続きましてはギルド・ブレイヴのブライ選手とフィーシュ選手とリール選手の入場となります!』
実況が会場中に響き渡る声でそう告げると、主に女の子を中心とした観客達からの歓声が沸き起こった。
『ギルド・ブレイブの戦い方はまさしく王道!どんな相手だろうと真正面から勝機を
斬り開いていく姿は見る者全てを魅了してきました!決勝戦でもそんな試合を見せてくれるのでしょうか!?』
「おぉおぉ、これまた凄い評価の差だな。」
「まぁ、ここに至るまでの経緯があるからね。だけど気にすることはないさ。どんな相手であろうと、油断せずに戦っていくだけだからね。」
サラっと正統派な主人公みたいな事を言い出したロイドに思わずキュンとしそうになった直後、相手側の入場口の向こうから3つの人影……が………っ!?
『おぉっとブライ選手!両腕をフィーシュ選手とリール選手に抱きしめられながらの登場です!なんと羨ましい事でしょう!両手に花とはまさにこの事ですね!』
「……ウオオオォォォォ………!」
「九条さん、人の言葉を忘れて唸り声をあげるのは止めて欲しいんだけどね。」
『九条選手!激しい形相でブライ選手の事を睨みつけています!対するブライ選手はそんな事はお構い無しで余裕の笑みを浮かべています!おぉ!しかも観客席に対して投げキッスをしていきます!』
「「「「「キャーーーーー!!!ブライ様ーーー!!!!」」」」」
ロイドのファンの子達が居る所とは正反対の位置から沸き上がった歓声に対して、パッと振り返ったブライとか言う野郎は何とも気障な格好をしながら大きく手を振り始めやがった!
そうしたら野郎の両腕に抱き着いている美少女達はそれはもう分かりやすいぐらい嫉妬心を露わにして膨れっ面になったのだが、奴はその子達にニコッと微笑みかけていき………うがあああああああっ!!マジで不快感しか出て来やしねぇなウォイッ!
「……やぁロイド、久しぶりだね。元気にしていたかい?迎えに来たよ。僕が心から求めていたヒロインさん。」
「………………はぁ?!」
俺達の正面で立ち止まったブライの言葉にしばし思考が停止してしまってた俺は、数秒後にヤツの言葉を何とか理解すると驚きながらロイドの方に視線を向けた!
「……ん?失礼だがどちら様だろうか。何処かで会った事があったかい?」
「……え?ちょっ、知り合いじゃ……ないのか?」
「うん、少なくとも私の中に彼の記憶には無いな。」
「……ふっふっふ、はっはっはっは!!」
「おわっ、何だコイツ……いきなり笑い始めたぞ……?」
マジで状況が呑み込めずに混乱したまま野郎とロイドを交互に見ていると、ブライとか何とか言う奴は美少女達を両腕から離れさせるとスッと一歩前に出て来て……
「全く、酷いじゃないかロイド。僕達の運命的な出会いを忘れるなんて。それじゃあ思い出させてあげるよ。そう、アレは今から数カ月前の事さ……」
『おぉっと!ブライ選手とロイド選手、過去に面識があった様ですね!一体どの様な運命があったのか非常に気になってまいりました!』
「ふむ、本当に見覚えが無いんだけどな……」
「……とりあえず、聞くだけ聞いてみるとしようぜ。」
あまりにも突拍子も無さ過ぎて怒りも何処かに飛んで行ってしまったので、俺達は静かにブライの話を聞いてみる事にした。
「街を散策していた僕はここの闘技場の王者、ソフィに声を掛けられたんだ。そして助けて欲しいとお願いされた僕は、何とか勝ち上がって彼女の元に辿り着いたんだが悔しい事にその願いを叶えてあげる事が出来なかった。」
「……え?」
おいおいおい……もしかして以前ソフィから聞いた自分の前までやってきた奴ってコイツの事なのかよ!?マジか、どんな偶然だよコレって……?!
「彼女に敗れてから僕は勇者としての実力を高める為に困っているヒロイン達を沢山救ってきたんだ。ね?」
「「はい!」」
うわぁーお……もう聞いてるだけで全身むず痒いんですけど。何なんだよ勇者ってのは……しかもロインって……コイツ自分の世界に酔いすぎじゃねぇか?あぁいや、酔っているのは周りの女の子も一緒か……凄いウットリした顔をしてるし……
「そんな時だよ。僕が君と言う女神に出会ったのは!」
「……ふむ。」
「たった1人で孤独にモンスターへと立ち向かう君を僕は何度も助けてあげたよね!そうして築かれていった僕達の絆、忘れたとは言わせないよ!」
……もう、何か色んな意味でしんどいのオンパレードなんですけどぉ……こんなに格好つけてビシッと人差し指まで向けて来てる癖にロイドの顔はマジできょとんっとしてるし……あっ、思い出したっぽい?
「あぁ、ようやく思い出したよ。私が経験値を稼ぐ為にモンスターと戦っていたら、何度もやって来ては私の邪魔をしてきた人だよね。本当に良い迷惑だったよ。」
……あまりにも食い違ってる運命的な出会いとやらを聞かされた俺と実況と観客は何とも言えない気まずさを感じて、言葉を失ってしまうのだった。
『な、何という事でしょう!話を聞いていた限りでは両選手の思い出は明らかに食い違っています!コレは一体どちらの話が真実なのでしょうか!』
「……なぁロイド、念の為に確認しておくけどアイツの話って……」
「私から言わせてもらうと勝手な思い込みと言わざるを得ないね。パーティを組んでいる訳でもないから経験値も奪われて、それが本当に迷惑だったからしばらくの間はクエストに行かず実家の仕事を手伝っていた時期もあるくらいだよ。」
「はっはっは!そんな風に照れ隠しをしなくても良いんだよロイド!真相はただ僕に会うのが恥ずかしくなってしまった、そうだろう?」
「……とまぁ、こんな感じで私が何を言っても私の話を聞いてくれなくてね。」
演劇の芝居みたいな身振り手振りをしながらキザったらしく微笑みかけて来た奴の方は見ずにうんざりした表情を浮かべているロイドと視線が合った俺は、心の底からマジで大変だったんだなと同情をしていた……
「大丈夫だよロイド。僕には君の言いたい事は分かっているからね!さぁ、僕の所に帰っておいで。」
ブライは両腕を広げてうっとりとしながらロイドの事を……うわマジできっしょ、アイツどれだけ自分の世界で酔い散らかしているんだよ……
「全く、何を勘違いしているのか知らないけれど私は君のヒロインでも何でもない。それに見て分かる通り、私の隣には既に九条さんという仲間が居るんだ。だから君の所に帰る事なんて一生無いという事を理解してくれ。今、すぐに。」
「ふっ、仲間だって?そんな身分も金も何も持っていなさそうなどこにでもいる様な凡人丸出しのおっさんが仲間だなんて冗談にも程があるよ。君には僕みたいな全てを持ち合わせた勇者の隣こそふさわしいんだ。さぁ、恥ずかしがらずこっちにおいで。あぁ、もしかしてそこのおっさんに何か弱みでも握られているのかい?なら大丈夫、僕が君を護ってあげるからさ。ほら、遠慮する事はない」
「黙れ。」
「「……え?」」
あら嫌だ、ブライとリアクションが揃っちゃったわ……って、そんな事はさておき何だろう?今、背筋が一瞬でゾッとドスの効いた声はすぐ隣から聞こえて気が……
「うおっ!?え、ロイドさん?!なんでそんなにブチ切れてらっしゃるので……?」
「なんで?なんでだって?当たり前だろ、アイツは私の大切な仲間である九条さんを侮辱したんだよ?貴方がどれだけ素晴らしい人なのかをよく知りもしない癖にね……流石の私でも許容出来る事じゃないよ。」
「お、おう……」
ひ、ひぇ~……言ってくれてる事は嬉しいけど声に感情が無さ過ぎてマジで怖いんですけども……!
「はっはっは!その男がどれだけ素晴らしいか?そんな事は知らなくても良い事さ。だって僕の方は何倍も君の事を幸せに出来るんだからね。大事なのはそこだけさ。」
「あ?」
お願いやめてバカ!火に油を注ぐような真似をしないでくれ!ロイドさんの武器を握り締める手が力の入りすぎてプルプルしていらっしゃるんですからね!
『おっと!ロイド選手とブライ選手の間で火花がバチバチに燃えていますよ!これは激しい試合が期待できそうですね!』
いやいや、その原因となった当人は置いてけぼりですけどもぉ!?そんな所で期待されても困るんですが!
「安心してロイド、勇者である僕がそのおっさんを倒して君を救ってあげるから!」
「ハッ、君が九条さん倒すだって?面白い冗談だね。そんな事が起きる可能性は1つたりとも無いと断言させてもらうよ。」
『おぉ!ロイド選手は九条選手に絶対に信頼を寄せている様です!この言葉にブライ選手はどう答えるのか!』
ロイドの言葉を聞いてブライの目がスッと細くなっていき……え、ちょっと待って下さいよ。どうしてそこで私が睨まれないといけないのか詳しく説明を!
それと実況も無駄にこの場を煽るんじゃねぇっての!いや、それをするのが仕事だっていうのも分かってはいるけどさ!
「ちょっとアンタ!何を言ってるのよ!私達のブライ様が負ける訳ないじゃない!」
「そうよそうよ!ブライ様は勇者なのよ!そんなおっさんに負ける訳ないでしょ!」
「アンタ!?ロイド様に向かってアンタですって?!」
「貴方達!口の利き方には気を付けなさい!後悔する事になるわよ!」
あぁ!ファンの子達が代理戦争を始め掛けてるよぉ!立場が複雑なおっさんはもうどうすれば良いのか誰か教えて下さぁい!
「……ふふっ、そこまで言うのならロイド。僕とそこのおっさんが1対1で勝負して勝利をした方が君を手に入れると言うのはどうかな?」
「は、はぁ?!いきなり何を……!?」
バッと右手を挙げて自分のファンの子達を黙らせたブライのイカれた宣言に文句を言おうとした瞬間、ロイドが俺の言葉を遮る様に一歩前に出て行って……
「良いだろう。その勝負、受けようじゃないか。」
「えぇ!?ちょ、ロイドさん?!勝負を受けるっておまっ!」
「決まりだね。ロイド、僕が勝ったらヒロインとして何でも言う事を聞いて貰うからそのつもりでね。」
「あぁ、絶対に無いが九条さんが負けるような事があれば君の言う事を聞くよ。」
あぁもう!どうしてこの世界の女の子は簡単に何でも言う事を聞くとか言っちゃうかな?!ほらぁ!あの自称勇者悪い顔してるじゃないか!てか、勇者はそういう子を護る為にいるんじゃねぇのかよ!!舐めてんのか勇者って肩書を……!
『おぉっと!コレは予想外の展開です!なんと九条選手とブライ選手がロイド選手を賭けての一騎打ちをする様です!』
実況の声が会場全体を沸かしてる中、少しずつ腹の奥底が熱くなってきていた俺は目の前で憎たらしい笑みを浮かべているヤツの事をジッと睨み付けた。
「よしっ、交渉成立だ。あぁそうだ。もし仮に僕がそのおっさんに負けたらロイドの願いを1つだけ聞いてあげるよ。」
「それなら私の願いは1つだ。九条さんが勝ったらこの街からすぐにでも出て行ってもらおう。そして、もう二度と私達に関わらないと誓ってもらうよ。」
「良いよ。どうせロイドを手に入れたらこんな街は出て行く予定だったからね。さぁおっさん……いや、九条さんだったかな?無謀にも僕に挑む勇気があるのなら舞台に立つとつ良い。まぁ、僕としては負けを認める事をお勧めするけどね。」
『ブライ選手、九条選手を挑発しています!コレに対してどう答えるのか!』
「……やれやれ、勝手に期待が膨れ上がっちまったもんだな。」
「ふふっ、その期待に九条さんは応えてくれるって信じているよ。」
「……中々に重圧の掛かる事をサラっと言うねぇ。まぁ、3対2が1対1になったと思えば楽に感じるのかもしれないけど。ってかロイド、お前は簡単に何でも言う事を聞くとか言うんじゃないよ。男って言うのは俺以外は全員が狼なんだからな!本当、気を付けないとマジで危ないぞ!」
「うん、肝に銘じておくよ。それでは九条さん、頑張って来てくね!」
「はぁ、本当にわかってんのか?……まぁ良い、とりあえず下がってろ。」
「分かった。」
ロイドを後ろに下げて同じく一人で前進をしてきたブライと向かい合わせになった俺は、短く息を吐き出して真正面を見据えた。
「さてと、勇者に挑む魔王を倒してロイドを手に入れるとしようかな。そして、その後は囚われのソフィを助け出してあげないとね。」
「おいおい、普通は勇者が魔王に挑むもんだと思うんだけどな。つーかお前の発言はどっちかって言うと魔王寄りに聞こえるが?」
「はっはっは、面白い冗談を言うね。笑わせてくれてどうもありがとう。お返しに、痛い思いをする前に勝負を終わらせてあげるよ。」
「はっはっは、そっちこそ面白い冗談を言うじゃねぇか……本当にそんな事が出来るのか楽しみにしてるよ。」
ショートブレードを構えながら体勢を低くした俺は、必ず勝つと言う意思を持ってブライの一挙手一投足に意識を向ける……後ろはもう振り返れない。何故なら……
「勝たなきゃコロス」
「勝たなきゃコロス」
「勝たなきゃコロス」
「勝たなきゃコロス」
「勝たなきゃコロス」
「勝たなきゃコロス」
ロイドの為にってのもあるが何よりも負けちまったら俺の命がマジで危ない……!もしもロイドを奪われるなんて事があったらファンの子達にどんな目に遭わされるか分かったもんじゃねぇ……!これぞ、まさしく命懸けの戦い……!うん、怖すぎる!
『さぁ!両選手共に覚悟は決まったようです!勝つのは圧倒的な実力でここまで勝ち上がって来たブライ選手か!それとも未だ実力未知数の九条選手か!それでは試合、開始です!!』
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