第25話

 ロイドに案内されてしばらく歩き続けた俺達は、熱気に溢れた歓声が聞こえてくる円形状のバカでかい建物を見上げていた。


「……なぁロイド、お前が連れて来たかった場所ってのは……ここの事なのか?」


「うん、その通りだよ。2人はここに来るのは初めてかな?」


「……あぁ、闘技場ってもんにあんまり良い印象は持ってねぇからな。」


 人間同士、または危険な動物なんかを相手にした戦いを見世物とした血なまぐさい場所……そういった印象があったから今まで近寄る事すらしなかったんだが、まさかロイドってこういうのに興奮するタイプなのか?


「ふふっ、だとしたら今日はそのイメージを払拭してあげよう。」


「いや、払拭って言われてもなぁ……あんまりマホにこういったのは見せたくないんだが……」


「もう、おじさん!私を子供扱いしないで下さいよ!……ですが、私もあんまり怖いのや痛い光景は見たくないと言いますか……」


 観光をするならばという理由でスマホの中から出てきて人型サイズになったマホが不安そうな表情をすると、ロイドが爽やかな笑みを浮かべ始めた。


「そんなに怖がらなくても大丈夫。実際の試合を目の当たりにすれば、ここがどんな場所なのか理解出来るはずだよ。ほら、ついて来てくれ。」


「……了解。マホ、とりあず行ってみるぞ。」


「は、はい……」


 自信満々なロイドに従い闘技場内に足を踏み入れた俺達は、明らかに関係者専用としか思えない通路を進んで行った。


「おいロイド、勝手にこんな所を通っても平気なのか?」


「あぁ、心配いらないよ。私の父はこの闘技場を支援している出資者でもあってね。試合が行われている日は関係者用の客席を利用する事が許されているのさ。」


「な、なるほど……流石は貴族のお嬢様って所か……」


「ふふっ、そうかもしれないね。さぁ、もうそろそろ着くよ。」


 嫌味でも何でもなく俺の言葉を肯定して見せたロイドがそう言って視線を前の方に向けると、上に続く階段と闘技場の職員と思わしき服装をした男性が立っていた。


「おや、ロイド様ではございませんか!おはようございます。」


「うん、おはよう。突然で悪いんだけど、今日は後ろに居る2人に試合を見せてあげたいと思っていてね。観客席は空いているかな?」


「はっ、問題ありません!……ロイド様、差し支えなければそのお2人とはどの様なご関係なの教えて頂いても?お1人はご年齢が幼そうに見えますが……」


「あぁ、彼女の事は心配いらないよ。見た目よりもずっと大人だからね。男性の方は私が所属しているギルドのリーダーだ。」


「なんと!ロイド様、ギルドに所属なさったのですか?」


「うん、そう言う訳だから2人の素性については私が保証するよ。さてと、そろそろ良いだろうか?」


「あ、コレは失礼しました!それでは皆様、どうぞ試合をお楽しみ下さい!」


「は、はぁ……」


 お楽しみ下さいか……正直、人が傷付け合う姿を見るのは趣味じゃないんだが……これが異世界のギャップってもんなのかねぇ?


 なんて考えながら階段を上がって行って闘技場の内側に出た俺達が目にしたのは、広々とした観客席と中央部分に存在するいかにもな試合会場で戦いを繰り広げている人達の姿だった。


「わーお……メチャクチャに盛り上がってんなぁ……」


「ふふっ、凄まじい熱気だろ?さぁ、闘技場について詳しい説明してあげるから席に座ろうか。」


「お、おう……」


 それなりにスペースが設けられた座席に並ぶ様にして腰を下ろした俺達は、試合が行われている会場を横目に見ながらロイドの方を向いた。


「それではまず確認なんだが、九条さんとマホが思い浮かべている闘技場のイメージというのは戦う者同士が命を奪い合うもの……という事で良いのかな?」


「まぁ、そんな感じだよな。」


「えぇ……今もこうして私達の目の前でその行為がされているみたいですし……」


「ふむ、分かった。それならまずはその認識から変えていくとするかな。」


「……どういう事ですか?」


「ふふっ、良いかい。闘技場が争う場所と言うのは間違いない。けど、奪い合うのは命では無くて相手の持っているポイントなんだ。」


「……ポイントだって?」


「うん、とりあえずあっちの方を見てくれるかな。」


「ん?うおっ!な、なんじゃありゃ……!」


 ロイドが指差した先に顔を向けてみると、何で今まで気付かなかったのか不思議なぐらい目立つ物が上空にデカデカと映し出される様に存在していた……


「アレは試合をしているギルドと選手の情報、そしてお互いが持っているポイントの残量だよ。闘技場ではあのポイントを削りあう事を目的として戦っているんだ。もしくは相手選手の内、1人でも気絶させれば勝利する事が出来る。」


「な、なるほど……あっ、いやでも!武器を持って戦ってるんじゃ気絶させるなんて事はかなり難しいんじゃないのか?」


「ふふっ、それがそうでもないのさ。闘技場で使われる武器って言うのはソレ専用に開発されたもので、攻撃されても痛みはあるが死にはしない様になっているんだ。」


「そ、そうなんですか?……あぁでも、実際に痛みは感じちゃうんですね。」


「うん、そこは致し方ない話なんだよ。痛みという枷が無ければ緊張感のある試合は生まれないからね。」


「……確かにそうかもしれないな。痛みを感じないって事になれば強引にでも相手のポイントを奪えれば良いやって考えの奴も現れるだろうからな。けど、そうだったとしても本当に大丈夫なのか?痛みのせいでショック死する奴が出るんじゃ……」


「あぁ、その点については心配無用だよ。痛みのレベルはきちんと調整されているし仮に致命傷となる攻撃を受けても即座に意識を狩り取られてしまうだけだからね。」


「それはそれでどうかと思ったりもしますが……あの、武器を使用しての攻撃は平気という事は分かりましたけど魔法に関してはどうなっているんですか?」


「それもまた武器の時と同じだよ。痛みは感じるが傷にはならない。」


「ふーん……とりあえず危険性はないって事は理解したけどよ、それにしたってこの観客達の熱狂具合は凄すぎないか?今日の試合ってそんなに盛り上がってるのか?」


「あぁいや、実は闘技場は賭け事が出来る場所にもなっているんだよ。」


「えっ、お金を掛ける事が出来るんですか!?」


「うん、1試合ごとにどちらのギルドが勝つのか予想をしてお金を掛けられるんだ。もし良かったら九条さんも後で掛けてみるかい?」


「いや、俺は止めとく。」


「おや即答か。もしかしてこういうのは好きじゃないのかな。」


「あー好きじゃないって言うか……俺はあんまり賭け事の才能がねぇんだよ。だから手は出さねぇ事に決めてんだ。無駄に負けず嫌いな所も自覚してるからな。」


「ふふっ、そういう事か。賢明な判断だね。それじゃあ今日は純粋に試合を楽しむとしようか。色々と参考にもなるからね。」


「参考、ですか?」


「うん、闘技場で行われる試合は毎回同じという訳では無くてね。時々だけど様々な条件が課せられている事があるんだよ。例えば使用する武器が指定をされていたり、魔法の使用が禁止されていたりね。」


「そうなんですね……でも、そういう制限があってもレベルの差があったら高い方が有利だったりしちゃうんじゃないですか?」


「いや、そうならない様に闘技場にはレベルを調整する効果が働いていてね。だからどれだけステータスが高かったとしてもある程度の所まで身体能力が落ちてしまうんだよ。」


「マジかよ。それってかなりヤバくないか。ステータスが落ちるって事は普段通りの動きが出来なくなっちまうだろうから試合も不利になるだろうし……」


「うん。そうならない為にも参加する選手は自分の実力に見合った闘技場に参加する事がお勧めされているんだ。」


「……って事は、闘技場がある町はトリアルだけじゃないのか?」


「あぁ、ランクごとに分かれて各地に存在するよ。ちなみに言うと、ここの闘技場はランクEだ。そして闘技場で優勝する事が出来ると、ある権利が貰えるんだよ。」


「権利?何だそりゃ?」


「ふふっ、見ていれば分かるよ。そろそろ試合も決着するみたいだからね。」


 ニコッと微笑んだロイドと試合会場に目線を向けた直後の事、片方の選手達が膝を付いている姿が目に映った。


 それと同時に近くにあったスピーカーらしき機械からブザー音が鳴り響き……って異世界なのにこんなもんまであんのかよ……色んな技術ごちゃ混ぜだなオイ……


『ギルド・ブレイカーズの皆様、優勝おめでとうございます!これで貴方達は王者へ挑戦する権利を獲得を致しました!更なる高みへと至りたい場合はその場でしばらく待機を!辞退をする場合は控え室へとお戻り下さい!』


 スピーカーから聞こえてきたテンション高めの声に対して優勝した選手達が取った行動は、息を整えてその場に留まる事だった。


『皆様の覚悟を確認致しました!それでは挑戦者の皆様、控え室へとお戻り下さい!それはご来場の皆様、しばしの休息の後に王者決定戦が行われますのでどうぞご期待下さいませ!』


 スピーカーから聞こえてた声が途絶えてから数秒後、観客席を立ち上がった人々が一斉に何処かへ……ってか、多分だけど掛けをする為にロビーに向かって行った。


「……なるほど、王者への挑戦権ねぇ。」


「あの、試合で勝ち上がったらそのまま王者になる訳ではないんですか?」


「うん。さっきまでの試合はあくまでも優勝を目指す為のものなんだ。それだけでもかなりの賞金が貰えるんだけど、王者となると更なる報酬が与えられるんだ。」


「へぇ、一体何が貰えるってんだ?やっぱりGか?」


「ふふっ、それだけじゃないよ。王者になると定期的に10万Gが与えられ、更には王者だけが使える使用人付きの屋敷も贈呈されるんだ。」


「は、はぁ!!?じゅ、10万っておまっ……それに豪邸ってどんだけだよ……」


「凄いですね……それってお金の心配が居ならなくなるって事ですもんね……」


「そうとも言えるかな。だけど、良い事ばかりではないと私は思うよ。王者となったからには周囲からの期待に応え続けなければならいという重圧も掛かるし、もし敗北してしまったら今まで手にしてきた全ての物を失いかねないからね。」


「……なるほど、確かに良い事ばかりじゃなさそうだな。」


「えぇ……目立つ事が嫌いなおじさんには無理そうですね……」


「あぁ、俺はなるべくひっそりと生きていきたいと思ってるからな……」


「それなら辞退をするという手もあるよ。その場合でも20万Gの優勝賞金が貰えるからね。」


「ふーん、中々に稼げるもんなんだな闘技場ってのは。」


「うん。初戦に勝てば1万、次戦で3万、準優勝でも10万Gは貰えるからね。」


「へぇー凄いですね!けど、そうなると沢山の人が参加したいってなるのでは?」


「そうだね。だから闘技場に参加するギルドは試合に応募した中から抽選で選ばれる事になっているんだよ。」


「それは何ともまぁ、競争率の高そうな話だなぁ……」


「いや、それがそうでもないんだよ。毎回8個ある参加枠に応募するのは、多くても20ギルドぐらいだからね。」


「あれ、そんなもんなのか?」


「うん。ここは闘技場とは言っても一番下のランクEだからね。それにレベル制限も10となっているから、それ以上のレベルになった者達のほとんどは街を離れて上のランクに挑むんだよ。」


「ふーん、つまり今参加しているのはレベルの低い出来立てのギルドばかりだと。」


「そう言う事だね。だがレベルが低いと言っても腕に自信が無ければそもそも試合に参加しようとは思わないから、つまらない試合は1つも無いと思うよ。」


 そんな感じでロイドが闘技場の説明をしばらく受けていると、スピーカーの電源が入って実況らしき男性の声が再び聞こえてきた。


『皆様!大変長らくお待たせ致しました!これより、王者を決める為の最後の戦いが幕を開きます!どうぞ盛大な拍手で選手を迎えてあげて下さい!』


 そんな感じのアナウンスが会場内に響き渡り拍手が鳴るのとほぼ同時に空中に対戦選手の情報が映し出されたんだが……


「え、えぇ!?」


「ふふっ、驚いたかい?まぁ、初めてならば無理もないけどね。」


「……確かに驚かされたけど、こりゃ見た目で判断しない方が賢明かもな……」


「あぁ、その通りだね。まだ幼く見えるかもしれないけど、彼女は王者の座を何度も護っている程の実力者だよ。」


 王者の称号を冠にして映し出されていたのは、マホよりも少しだけ年上って感じにしか見えない少女の姿だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る