第4話
「ご主人様起きて下さい!ご主人様!!」
「…………んぁ?」
「あ、おはようございますご主人様!」
「……おはよ………え……何で起こした………?」
「お風呂に入りたいので桶にお湯をためて下さい!」
「………そんなの自分でやってくれよ………」
「私じゃ浴室の扉を開けるのは難しいんですよ!ねぇーお願いします!」
「あぁもう………うっさいなぁ………ふぁ~……」
耳元で騒ぐマホに急かされてほぼ眠ったままの状態でベッドから抜け出した俺は、シャワーを使って桶にお湯を貯めると扉を少しだけ開けて浴室から出て行った。
「ご主人様、絶対に覗かないでくださいね!」
「はいはい………ふぁ~………」
あくびをしながら腹を掻いてベッドに戻って倒れこんだ俺は、もぞもぞと掛け布団の中に潜り込んで二度寝をしようとしたのだが……
「……この状況じゃ寝れねぇよ。」
ちゃぷちゃぷという水の音とマホの鼻歌を聞きながら寝れる様な神経をしてたら、おれの青春はもっと華やかだったってんだよ!
完全に眠気が冷めちまった俺はベッドから出て行くと、暇を潰す為にぼんやりと窓の外を行きかう人達を眺めながらマホが風呂から出て来るまで時間を潰していた。それからしばらくして浴室の扉が少し動く様な音が聞こえたと思ったら、マホが濡れた髪を小さいタオルで拭きながら俺の前に飛んできてニコッと笑った。
「うふふ、どうですか湯上りの私は……もしかして見惚れちゃいましたか?」
「アホか、お前のちっさい身体をみて興奮するほど飢えてないっての。それより俺もシャワーを浴びたいんだから、少しだけスマホの中で待っててくれ。」
「はい、分かりました!あっ、私が入った桶のお湯を」
「別にどうもしないから早くスマホの中に入ってくれ!服を脱げねぇだろうが!」
「そう言えばそうでしたね!それでは失礼します!」
スマホの中に戻って行ったマホを見送った後に浴室に向かった俺は、ため息を零しながらシャワーを浴びつつある考え事をしていた。
……さっきはマホにああ言ったけど、世の中にはそういう特殊性癖を持ってる奴が少なからず存在してるんだよなぁ……よしっ、絶対にスマホを落としたり無くしたりしない様に徹底的に気をつけるとしよう。自分の不注意でマホが危険な目に遭うのは避けたいからな。
改めてそう決意してシャワーを止めた俺はタオルで体を拭いて浴室の外に出ると、宝箱に入ってた方の服に着替えてスマホの中に居るマホに声をかけた。
「おい、もう出てきていいぞ。」
「はーい!」
元気よくスマホの中から飛び出してきたマホがテーブルの上に立った後、俺は頭を拭きながらソファーに腰を下ろした。
「さて、今日は訓練所に行く予定なんだが……何処にあるか分からないから、まずはマップを見て場所を確認しないといけないんだよなぁ。」
「あっ、それなら大丈夫ですよご主人様!この街の情報は、私の頭の中にしっかりとインストールされていますからね!」
「は、インストール?そんなのどうやって……」
「実はこのスマホには様々な機能が備わっているんですよ。その中の1つにマップの情報をインストールするって物があるんです!それを使えば私の中にマップの情報が全部記録される仕組みになってるんですよ!どうです、凄いと思いませんか!?」
「す、凄いと思うけど…いつの間にそんな事を……」
「それは勿論、ご主人様が寝ている間に頑張りました!私は可愛くて優秀なサポート妖精ですからね!うーん、マホは偉いですね!そうは思いませんか!」
マホはテーブルの上を歩いて俺の方に近寄って来ると、キラキラした目でこっちを見上げて来た………はぁ、なんとも分かりやすいサポート妖精ですね。
「はいはい、偉い偉い。」
テーブルの上で頬杖をついた俺が右手の人差し指でマホの頭を軽く撫でてやると、分かりやすく喜んで満面の笑みを浮かべていた……それにしても、初めて頭を撫でた相手がマホになるとはねぇ。
それからしばらくして全ての荷物をまとめて袋の中に入れた俺は、昨日の夜にマホから貰ったネックレスを首にかけて本当に喋れるのかチェックする事にした。
(あーテステス、俺の声が聴こえるかマホ。)
(はい!バッチリ聞こえていますよご主人様!)
(おぉ、こっちも頭の中にマホの声が聞こえてきたぞ……って、そう言えばこれって普段考えてる様な事もそっちに丸聞こえになるのか?)
(いえ、そこは問題ありません!あくまでも私に語り掛ける声だけが私に届きます!だからちょっとぐらいはエッチな事を考えたりしても大丈夫ですよ!)
(考える訳が無いだろうがアホ!……そんな事より、訓練所までの道案内をしっかりと頼んだぞ。)
(はい、お任せください!)
自信満々のマホの声を聞いて思わず笑いそうになりながら部屋を出て1階に降りて行った後、俺は受付のおじさんに部屋の鍵と今日の分の代金を払って宿屋の外に出て行った。
(それではまず、ここから大通りに向かってください!場所は分かりますよね?)
(あぁ、そこまで方向音痴じゃねぇからな。昨日歩いた道を戻れば良いだけだ。)
それからしばらくはマホの案内に従って道を歩いていたんだが、その道中で武器や防具を身につけた人達とすれ違って俺の中にある疑問が浮かんできた。
(なぁ、俺って武器とか防具を持ってないんだけど訓練用に買わなくていいのか?)
(はい、買わなくても問題ありません!そういった装備品は訓練所の方で貸し出してくれますからね!だってどんな武器や防具が自分に合うのかは、実際に使ってみないと分かりませんから!まぁどうしてもこの武器が良いって言う人は、それを購入してから訓練所に行くみたいですけどね!)
(……なるほど、それじゃあ俺は訓練所で貸し出してくれるやつでも良いかな。特に使いたい武器とかも無いし、出来れば色んな武器を試してみたいからな。)
(それじゃあ自分に合う武器を見つけられる様に、訓練を頑張ってくださいね。)
(あぁ、分かってるよ。)
その後も気になった事をマホに聞きながらしばらく歩いていると、少し遠くの方に周りの建物よりもかなり大きい建物が見えてきた。
(そろそろ目的地に到着しますよご主人様!)
(あぁ、あれの事だろ?それにしても随分と大きい建物なんだな。)
(訓練所って1度に長時間利用する人がとても多いんです。ですから、なるべく沢山の人が使える様にってああやって大きな建物になってるですよ。)
(あぁ、なるほどね。)
マホの説明を聞いて納得しつつ建物の中に足を踏み入れてみると、ドーム状の造りをした物凄く広い空間と結構な数の人達が視界に入って来たんだが……‥
(なぁマホ……どうしてここには……若い奴らしかいなんだ………?)
(いや、訓練を受けに来る人なんて若い人が中心に決まってるじゃないですか!
ご主人様ぐらいの年齢の方はとっくに高レベルになっていて、報酬が高い街に稼ぎに行ってますからね!)
(………それってつまり……俺ぐらいの年齢で訓練受ける奴って………いない?)
(うーん……普段使ってる武器とは違う物を試してみたいって人は来るのかもしれませんけど、そんな人は滅多にいないと思いますよ。やっぱり自分が使い慣れた武器で戦うのが一番ですからね!まぁ安心して下さい!ご主人様にはこの私、サポート妖精のマホがついていますからね!)
(……それはなんの解決にもなってない気がするんだけどな。)
(まぁまぁ!それよりも早く受付に行って訓練を始めましょう!)
(………はぁ、分かったよ。)
……楽しそうに話してる若者達にクスクス笑われてんじゃないかと怯えながら受付向かって行くと、そこに居たお姉さんが笑顔を浮かべながらこっちを見てきた………あっ、この人も美人だ!ヤバい!ドキドキして喉が渇いてきたんですけど!?
「ようこそいらっしゃいませ。本日はどの様なご用件でしょうか?」
「あ、あの………訓練を受けたいんですけど……」
「かしこまりました。普段お使いになっている武器とは別の物を試したいという事でございますね!」
「いや、その………戦いの基礎を学ぶ為の……訓練をしたくて……ですね。」
「………はい?……あの、もしかしてなのですが、これまで戦闘した事が無いという認識で、間違いございませんでしょうか?」
「は、はい……間違いありません……」
……永遠にも感じる様な沈黙が数秒続いた直後、お姉さんは笑顔を崩さずに小さく頷く俺の事を改めて見てきた。
「……かしこまりました。それでしたら、こちらの用紙にご記入をお願い致します。その後は記入して頂いた用紙とこちらのカードをお持ちになって、25番のお部屋にお向かい下さい。そこで担当の者が詳しい流れをご説明致しますので。」
「………分かりました。」
俺は受付の上に置かれた用紙に名前と宿泊している場所を記入して真っ黒なカードを手に取ると、その場から逃げる様にしてそそくさと立ち去って行った……
(ご主人様!あの受付のお姉さん若干引いてましたね!)
(あのねマホ、そういう事は思っていても口に出すんじゃない!俺が傷つくからな!それと訓練が始まったらお喋りは厳禁だぞ!訓練に集中したいからな!)
(了解しました!)
マホに余計な事を言わない様に釘を刺した俺は、近くに設置されてた案内板を確認してから長く続く廊下を歩いて言われた番号の部屋の中に入って行った。
「初めまして、私は訓練指導員の『タリス』と申します。よろしくお願いします。」
「あぁ、よろしくお願いします。」
(良かったですねご主人様!訓練を指導してくれる人は男の人みたいですよ!)
(……マホ。)
(あ、すみませんでした!静かにしてますね!)
「それでは記入して頂いた用紙をお渡し頂けますか?」
「あ、はい。」
俺が手にしていた用紙を手渡すと、タリスさんはそれをジックリと見ると……困惑した感じの表情でこっちを見てきた。
「く、九条透さんですか?随分と珍しいお名前ですね。」
「あ、あはは………よく言われます………」
確かにタリスなんてゲームのキャラみたいな名前が主な世界だと、俺の名前なんて明らかに浮いちまうわな………ってか、やっぱりあの薬の効果って凄いんだな。自分でも見た事ない文字がスラスラと書けて、しかもそれがこの世界の人に通じたしな。
「ふむ……それでは九条さん、受付で受け取ったカードも渡してもらえますか?」
「はぁ、分かりました。」
「それでは確かにお受け取りしましたので、こちらで少々お待ちください。」
タリスさんはニコっと微笑んで部屋の奥に歩いて行くと、そこに設置されてた何かの機械にカードを入れてカチカチと操作を始めた……その後ろ姿を眺めていた俺は、誰にも聞こえない様にため息を零した。
……それにしてもどうなってんだこの世界は?タリスさんもそうなんだが、ここに来る途中ですれ違った若い奴ら全員が美少年と美少女ばっかりだったんですけど!?ぶっちゃけ俺にとっては嫌がらせ以外の何物でもねぇってんだよ!ちくしょうが!!
(大丈夫です!ご主人様もイケメンですよ!)
(おい!勝手に人の心を読むんじゃない!)
「それでは九条さん、準備が出来ましたのでここ場所に立って頂けますか?」
「あ、わ、分かりました!」
マホとの会話を中断して部屋の奥に向かった俺は担いでいた袋を床の上に置くと、タリスさんに指示された通りに大きな機械の横にある丸い台の上に乗った………その直後、光の輪が足元から出現して俺は半透明な壁の中に閉じ込められてしまった!?
「あ、あの!これは!?」
「落ち着いて下さい九条さん。現在こちらの機械を使って貴方のレベルやステータスを調べて先ほど預かったカードに記録している最中ですから。」
「そ、そうなんですか……」
そう言う事なら先に説明してほしかったんだけどな……って、そう言えばこの世界はこういった技術はあるみたいなのに街中で機械的な物は見た事が無いな……
(なぁマホ、この世界では科学的な技術ってどうなってるんだ?)
(そうですねぇ………魔力を動力源にしている物や各施設に設置されている様な物は凄いんだと思いますが、それ以外の部分ではサッパリな感じですかね。)
(……あぁなるほど、やっぱそっち系の物が発展してるんだな。)
まぁそうじゃないと異世界って感じがしないから、俺としては大歓迎だけどな。
車が走ってたり飛行機が飛んだりしてたら、ガッカリ感が半端ないだろうし……
そんな事を考えていると目の前にあった半透明な壁が消えたので、俺は台の上から降りて何故から困惑した表情を浮かべているタリスさんと顔を合わせた。
「九条さん、レベルが1という事は本当に戦闘経験が無かったんですね……」
「えぇ…まぁ‥…」
「………あの、失礼ですが現在のご年齢は?」
「………30歳です。」
「……ちょっとお聞きしたいのですが、そのお歳になるまでどの様な……あっ、申し訳ございません!お答えにくいですよね?」
「い、いやぁ……あはは………」
前の世界ではちゃんと働いてたんですよ!?……とか言った所で信じて貰える訳が無いしなぁ………それで年下のイケメンに気を遣われるとか………マジで辛すぎる。
「そ、それでは九条さん、まずはこちらのカードの事をご説明致しますね。」
「あ、はい……」
「こちらのカードは九条さん専用の物となっておりまして、表の部分に名前と今現在のレベルとステータスが表示される様になっています。その他にも各施設で利用する際に必要になりますので、紛失する事が無い様にお願いしますね。」
「わ、分かりました。」
「それとレベル等を確認する時は九条さん自身が魔力を込めて触れないといけませんので、その点もご注意ください。」
タリスさんの言葉に小さく頷いて返事をした後にカードを受け取った俺は、魔力を軽く流してみた……そうすると、俺の名前とレベルとステータスが表示された。
(……なるほど、要するにこのカードは俺にとって身分証明書みたいな物って事か。)
(そういう事ですね!本当に無くさない様に気をつけて下さいよ?)
(あぁ、分かってるよ。)
俺は床の上に置いた袋の中から財布を取り出し、その中にカードを仕舞い込んだ。その後にタリスさんの方に向き直ると、優しく微笑んでる彼と目が合った。
「それでは次に、武器についての基本的な知識をお教え致しますね。まずどれぐらいの種類の武器が存在しているのかと言いますと…………」
タリスさんはそれから長い時間を掛けて、物凄く丁寧に武器についての事を教えてくれた。そして全ての説明が終わるのと同時に、部屋の中にベルの音が鳴り響いた。
「すみません九条さん、武器についてご説明しただけなのですが訓練終了のお時間がきてしまいました。」
「あぁいや、色んな武器があるって事を知れたんで非常に助かりました。後で自分に合いそうな武器を考えてみます。」
「えぇ、是非そうしてみて下さい。次回はその選んだ武器を使用して、本格的に戦闘訓練を始めていきたいと思います。じっくりと考えてみて下さいね。あ、武器の方がこちらで用意しますので安心して下さい。それでは、お疲れ様でした。」
「お疲れ様でした。」
タリスさんに軽くお辞儀をして部屋を出た俺は、楽しそうに話している若い連中の視界になるべく入らない様に気配を消しながら訓練所の外に出て行った。
(ご主人様、訓練お疲れ様でした!)
(お疲れ……ってか、今日は話を聞いてただけで何もして無いけどな。)
(まぁまぁ!それでご主人様はどんな武器を使うのか決めたんですか?)
(あー……とりあえずはブレードから始めるかな。それが基本中の基本みたいだし。その後も一通り試していって、なるべく扱いやすいのを探してみるよ。)
(なるほど!確かにそれが良いかもしれませんね!)
マホとそんな事を話しながらトリアルの街をぶらぶらと散策した俺は、陽が暮れる頃に宿屋に戻ると翌日の訓練に備えて早めに寝る事にした………正直、痛い思いとかしたくないけど生きてく為だもんなぁ。しゃあない、覚悟を決めて頑張るとするか!
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