アイドル 御堂刹那の副業

大河原洋

Act1, 廃墟のホテル

「あそこ扉の陰からジッとわたしたち見ています」


 なるたきは、廊下の奥にある開きかけた扉に懐中電灯の明かりを向けた。


「えッ、どんな人ッ?」


 番組の司会をしている、お笑い芸人のリョータがうわずった声を出す。


「顔が、顔の半分が潰れた女の人です……」


「ええッ!」


 リアクションがわざとらしすぎる、と亜矢は思った。


「恋人と親友に裏切られたんです、二人はここで秘かに会っていました。

 彼女はそれに気付いて、この廊下で待ち伏せしたんです。ところが、逆上した恋人に殴られて……」


 ライトに浮かぶ誰もいない空間を見つめながら、亜矢は台本通りの内容を話した。


 リョータは大げさすぎるリアクションを続ける。


 うつとうしいと感じる一方で、これぐらい積極的にやらなければダメなんだと亜矢は自分を戒めた。


 リョータは地方局でレギュラー番組を何本か持ち、全国ネットにも顔を出すほど売れてきている。


 一方亜矢は、インターネット放送を中心として活動し、今回初めて深夜枠のローカル番組に出演できた。


  そう言えばあの時もこの人と一緒だったな……


 一年前、亜矢にとって大きな転機になったインターネット番組に出演した時の司会もリョータだった。


 同じ事務所のしのはらたまきゆうきよ降板し、代役として白羽の矢が立ったのが亜矢だ。


 珠恵が霊感アイドルとして出演していたので、亜矢にも霊能者のフリをして欲しいとの要望があった。これが霊感アイドル鳴滝亜矢の誕生のきっかけとなった。


 もちろん亜矢には霊感など全く無い。


 一九年の人生の中で、その手の恐怖体験やスピリチュアル現象を目撃したことも皆無だ。


 無いが人並み以上にコワイものは苦手で、今でも好んでお化け屋敷に入ったり、ホラー映画を観たりはしない。


 今も怖くて堪らない、亜矢たちが撮影に来ているのは首都近郊にあるはいきよのホテルだ。


 荒れ方から何年も放置されているみたいだが、スタッフに聞いたところ特に怪現象の噂などは無いらしい。


 撮影許可が下りたので放送作家がストーリーを考えたとの事だった。


  わたしを怖がらせないためのウソなのかも……


 何かしらの悪霊が存在していもおかしくない、そう思わせる雰囲気がこのホテルにはあった。


 亜矢は湧き上がる恐怖を心の隅に追いやった。今は仕事中だ、集中しなければならない。


「その霊って、怒ってるの? オレたちに出てけって言いたいの?」


「勝手に入ってきたわたしたちを快くは思っていませんね、そっとしておきましょう」


「あぁ~、やっぱやめようッ、もう帰った方がいいってッ!」


 リョータがカメラの後ろにいるディレクターのに向かって言う。


「ダメ? そりゃダメだよなぁ~、ギャラもらってもんなぁ~」


 情けない声を上げながらリョータは奥の扉の手前にある階段を上ろうとした。


「すンませ~んッ、マシーントラブルです!」


 カメラマンのたけかずなりが声を上げた。


「えッ? これって霊の仕業じゃない?」


「急に霊たちがざわめき出しました、危険です一度撮影を中止した方がいいでしょう」


 亜矢もリョータの言葉に便乗した。そう言った方が番組的にも盛り上がると思ったのだ。


「ナイスフォロー」


 カメラが完全に止まったのを確認してからディレクターのおお西にしかつが声をかけてきた。


「リョータさんのフリが良かったんです」


「いや……」


 撮影が中止になった途端、リョータのテンションも下がった。


 決して愛想がないわけではないが、カメラが回っていないときのリョータは物静かでまるで別人だ。


「亜矢ちゃ~ん、よかったよぉ!」


 リョータにどう接すればいいか考えあぐねいていると、マネージャーのしんいちが物陰から姿を現した。


 五十がらみの脂ぎった大男だが、マネージャーの腕は確かで、この仕事も取ってきてくれた。


「ありがとうございます」


「だいじょうぶ? こわくない?」


「平気です、安倍さんも見守っていてくれますから」


「いやぁ~、亜矢ちゃんにそう言われると嬉しくなっちゃうよ!」


 安倍はにやけた笑みを浮かべた。


「ダメっスね、予備のカメラ取ってきます」


「頼むわ」


 竹田がカメラを取りに行くと、大西はリョータと話し始めた。


「本格的な心霊番組になってきた」と嬉しそうな大西に対してもリョータは軽く応じているだけだ。


「亜矢ちゃん、この仕事が終わったら時間ある?」


 安倍が意味深長な笑みを浮かべて聞いた。


 あるも何ももうすぐ夜の一〇時になる、恐らく撮影が終わる頃には明日になっているはずだ。


 あとは帰って寝るだけ、その後のスケジュールは安倍が把握している。それが彼の仕事なのだら。


「はい、大丈夫です」


「じゃ、今後の仕事について……」


「うわぁッ!」


 突然、闇の中にリョータの悲鳴と何かが落ちてきた音が響いた。


「リョーちゃんッ?」


 懐中電灯を向けると倒れたリョータの上に何かが覆い被さっていて、大西がそれをどけようとしていた。


 どうやら天井が崩れ落ちてきたらしい。


 亜矢も手伝おうとしたが、一斉にその場にあった懐中電灯が全て消えた。


そして亜矢は見た、暗闇の中に立つ女の姿を……

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