世界観を間違えました! ~精霊を使役して戦う世界で、俺自身が強くなってどうする~

サケ/坂石遊作

第1話 ミオスタチン関連筋肉肥大

 藤村一茶ふじむらいっさの趣味は自分を虐めることである。もう少しわかりやすく述べると筋トレである。


 一茶は、物心つく頃から古武術の師範である祖父に、ステゴロの真髄を叩き込まれてきた。

 祖父は「孫を心身ともに鍛えることが目的」と家族に伝えていたが、多分その本心は道場で閑古鳥が鳴いていたことに対する憂さ晴らしである。そうとは知らず、一茶は貴重な幼少期の殆どを道場で過ごした。一茶にとって古武術を教わることは楽しかったのだ。


 祖父の道場は「強さこそ正義」の世界だった。そこで長い間、過ごしていたせいか、一茶はいつの間にか「世の中、最後は強い奴が勝つ!」という価値観を抱くようになった。その価値観は小学校を卒業し、中学生になっても変わらなかった。


 甘かった。

 今の世に強さなんてものは全く必要ない。喧嘩が強くてそれがどうした。今時「喧嘩最強」より「スマ○ラ最強」の方が需要がある。


 中学を卒業する頃、一茶はようやく自分の歪みを理解した。喧嘩が強くても世の中には認められない。できるのは舎弟ばかりで友達は一人もできない。流石に少し寂寥感が湧いてきた。


 だから高校では心機一転を図った。

 まず腕力に物を言わせることをやめた。次に、必要以上に相手と対立することをやめた。無意識に相手の死角を探す癖も直し、自分の間合いに踏み込まれても手を出さないようにした。


 その結果、一茶に与えられた称号は2つある。

 馬鹿と、筋肉馬鹿である。


「一茶ってほんと馬鹿だよな。いや、筋肉馬鹿だよな」


 クラスメイトの友人、田中が言った。

 高校に入学してからというもの、いつものように言われていることなので一茶は怒らない。田中も冗談で口にしているようなものだ。


「放課後、いつも筋トレばかりしてるんだろ?」


「まあ、そうだな」


「なんでそんなに鍛えてんの? お前、少しは勉強した方がいいと思うんだけど」


 田中は一茶のためを思って言っていた。

 中学半ばまで強くなることばかりにかまけていた一茶は、勉強がまるでできなかった。故に「馬鹿」や「筋肉馬鹿」は悪口ではなく、紛れもない事実だった。


 中学で己の歪みを認識した一茶は、以来、祖父に決別を告げて道場に足を運ぶのをやめた。しかし、それでも筋トレだけは続けていた。


 今の世に強さは必要ないかもしれない。それでも過去の自分が、汗水垂らして努力したことは紛れもない事実だ。

 何もしなければ肉体は衰える。それは過去の努力が水の泡と化すようなものだ。

 過去の苦労を無かったことにしたくない。だから一茶は、筋トレだけは続けている。


 お陰で肉体だけは今もベストコンディションのままだった。

 身長175cmに対し体重は120kg。やたらと重たいが、これでも学生服の標準サイズを余裕で纏える体型である。「お前本当に人類か?」「物理法則こわれる」と何度も何度も疑われ、遂には怪しげな組織の実験体にもなりかけたことがあるが、そうした窮地を脱した今、一茶は取り敢えず平凡な日々を送ることができていた(その怪しげな組織は一茶が壊滅させた)。祖父はミオスタチン関連筋肉肥大だと言っていたが、肥大化はしていないので恐らく違うだろう。


 標準サイズの制服は纏えるが、体型はマッチョである。ボディビル高校選手権大会に出場すれば多分いいところまでいくだろう。しかし優勝はしない。一茶は体重の割には筋肉が膨らんでおらず、服を着ていれば少しガタイがいいだけの男にしか見えなかった。

 それでも一般人からすれば、一茶は「絶対に喧嘩を売ってはいけない男」である。


「一茶って、あれだな。異世界に行ったら無双できそう」


「異世界?」


「なろう小説って聞いたことない? 無料だから試しに読んでみれば。案外ハマるかもよ」


「へぇ……」


 その日、一茶はなろう小説を読んだ。

 元々、学のない一茶は、文字だけの本を読むことが苦痛に感じる。それはなろう小説も同様だった。


 結局、一茶がなろう小説にハマることはなかったが、異世界転移という言葉の意味は知った。


(俺も転移したらいいのにな)


 友がいない。周りに溶け込めない。その寂しさから一茶は「強さ」にこだわることをやめた。

 すると今度は「過去の自分が報われない」という別種の寂しさが湧いてきた。


 多分、本心ではまだ――強さに焦がれているのだろう。

 そして、自分が磨いていた強さが、役に立つような世界を求めている。


 異世界なんて贅沢は言わない。

 ほんの少し、世界が変わってくれれば……自分の求める生き方が、叶うかもしれない。


 そんな風に思いながら、一茶は筋トレを始めた。

 直後。一茶の身体が、まばゆい光に包まれた。




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