第20話 起死回生

 僕は無意識にバグエを抱きしめていた。

「バグエ。」


「颯太!颯太!颯太!」

 バグエも僕を抱きしめている。


「バグエ…。会いたかった。」

「颯太、すまない…。本当は颯太を待たなくてはいけなかった…。でも…。シレーヌとの事を聞いて、いてもたってもいられなくなった。」

「バグエ。僕は大丈夫だよ。あっ!でもね。あの時、身体中からだじゅうが羽だらけになっちゃった。」

「え! 解毒はできたのか?大丈夫なのか?颯太!」

 バグエは僕の両腕をつかみながら驚いている。


「セルフィーがすぐに治療してくれたんだ。」

「そうか。本物のセルフィーでよかった。 バイロケの方だったら…。颯太は…。」

「え?バイロケ?どういうこと?」


「おい! お前ら! 離れろ!」

 日向ちゃんが突然叫んだ。


「混血の娘よ。そろそろ主から離れて、そこら辺の事情を詳しく話してもらえないだろうか?」

 そこにフェイレイが、空気を読んだ発言をした。


 そして母さんとひかりちゃんがニコニコしながら登場。

「あなたがバゲットさんね?初めまして、颯太の母です。」

「颯太の義理の姉で、ひかりです。」

「貴方の母の姉で、ルキエラです。」


「ルキエラ?何でここに?」

 僕は驚いて、すっとんきょうな声を出した。


「私がバグエを連れてきたのよん。」


 得意のドヤ顔だ。あぁ、嫌だな…。ひと波乱ありそうな予感だ…。


「さぁさぁ、バゲットさん!上がってちょうだい!」

 母さんは嬉しそうにバグエにスリッパを出した。


「夜分遅くに申し訳ありません。どうしても…。」

 バグエは母さんに申し訳なさそうに言う。


「気にしないで下さい! 私もバゲットさんには会いたかったんです。」

 ひかりちゃんが嬉しそうに言った。


「今すぐ帰ってもいいんですよ?」

 日向ちゃんは屈託のない笑顔でバグエに言う。


「コラ!日向!いい加減にしなさい!!」

 母さんが、珍しく日向ちゃんに怒った。これはガチだ!


「ごめんなさいね。バゲットさん、狭い家ですが上がって下さい。」

「さあバグエ!上がって!」

 僕はバグエの手をひいてエスコートした。


「天王じゃないか! 久しぶりだな!」

 誰よりも先にリビングに来たルキエラが、天王様に向かって友人のように話しかけた。


「久しいな、ルキエラ。相変わらず排泄物にたかるハエのように煩わしくて安心したぞ。」

「アハハ!貴様も相変わらずだな。その年寄りしゅうのする口の悪さは天界ではNo.1だろ?」

「そうだな。 貴様のその煩わしさも、隠世かくりよではNo.1だろう?」

「アハハ!確かに!それではNo.1同士。仲良くしようじゃないか!」


 ルキエラは終始笑顔だが、彼女の眼差しは獲物を狙う猛獣のように鋭い。


 その昔。神とエルフ達との間で争い事でもあったのだろうか…。そして、天王様の眼光は ルキエラの猛獣に相対して、鋭く尖った刃先のように見える。


「天王様、ルキエラ。ここでの争い事はやめてください。」

「あら~。坊や、心配かけちゃってごめんね。」

 そう言ってルキエラは兼太君の寝るソファーの肘掛け部分に座った。


「ところで混血の娘よ。私は主と契約をしている使い魔で、フェイレイと言う。私は貴様を何と呼べば良いか?」

「私の使い魔も、貴様の主を颯太と呼んでいる。貴様もバグエでかまわん。」


「了解した。許可を貰わないと、声を失うからな。それでは私の事もフェイレイと読んでくれ。」

「了解した。フェイレイ、これから宜しくな。」

「宜しくだ。バグエ。」



 母さんとひかりちゃんは驚いている。そして、ひかりちゃんは ひきつった顔でバグエに聞いた。


「声を失うって?」

「名前の許可の発動術は隠世の者のみです。人の子には 愛称の許可の発動術です。どうぞ、みなさんも私の事はバグエとお呼びください。」


 ホッとしたようすの母さんとひかりちゃん。

 そしてバグエは天王様の近くに行った。

「天王様。お久しぶりです。」

「久しぶりだな。お前も恋をする年頃になったか。」

 バグエは顔を赤らめ肩をすくめた。

「こちらに来たのはセルスには内密か?」

 楽しそうな天王様。

「はい。ルキエラに連れてきてもらいました。」

「顔に似合わず、洒落た事をする伯母でよかったな。」

「おい! 一言余計だぞ! 内臓脂肪マックスジジィ!」


「ルキエラ様! 落ち着いて下さい!」

 え?

「ヤシタ? ヤシタなの? どこにいたの?てか、ヤシタが大きいんだけど!」

 なんだか驚かされっぱなしだ。


「久しぶりね颯太!隠世に戻ったから、魔力が回復したのよん! どお?等身大の私、可愛いでしょ?」

「そ、そうなんだ。 なんかヤシタって僕の胸ポケットにいたイメージしかなくて。ヤシタは まさかのハイエルフだったんだね!」


「私の使い魔だからな。私と同等以上でなければ意味がないだろ?」

 バグエは僕の緩んだネクタイを締め直しながら、僕に話した。


「可愛いって言ってくれない…。」

 肩を落とすヤシタ。


「ヤシタよ。残念だったな。」

 含み笑いをしながら言うフェイレイ。


「そんな事はどうでもいい! いい加減に颯太から離れろ!」

「まったくもってそうですよね、お姉様。バグエ、いい加減に坊やから離れろ!」

 日向ちゃんの威嚇にルキエラものっかってきた。


「あっほんとうにやめてもらえませんかそのおねえさまっての。ほんとにまじで…。」

 日向ちゃんは床に視線を落とし、遠い眼差しになり。棒読み状態でルキエラに言っている。


 あぁ…。なんだかカオスだな……。明日の図面もまだ用意してないのに…。


「颯太。明日の図面って明日も仕事なの?」

 バグエが心配そうに聞いてきた。


「うん。でも大丈夫だよ。図面をお客さんに見せて、あとはちょっとした打ち合わせだけだから。」

「嘘だ! 心を探らせないじゃないか! 何があるんだ! 私も颯太について行く!」

 バグエは僕の手を握りながら心配そうに聞いてきた。


「坊や凄いな! 心を探らせない事も出来るようになったのか!」

「ルキエラは黙って!」

 バグエは視線をそらすことなく、僕を見ながら、ルキエラに言った。


「おい。お前らうるさいぞ、って何? 何事? 何なのこの人達は? って、ルキエラさん?」

 兼太君は騒がしさのあまり起きたようだ。


「あれ? 兼太君? いつの間に帰ってたの?」

 驚くひかりちゃん。


「お前、帰ったらただいまぐらい言えないの? だいの大人が。」

 母さんはあきれたように言うが、兼太君が帰ってきた時、あなた達は 僕の映像を天王様に見せてもらっていたんですよぉ。



「どうしようもない兄貴だな。どうせ忘年会でキャバクラでも行ってたんだろ! 悪い大人の見本だ…。」

 ですから日向ちゃん…。


「まあいいわ兼太君。ギャバクラ帰りでお疲れのとこ悪いんだけど起きて、こっちに来て。」

 兼太君はひかりちゃんに引っ張られ天王様の前に来た。


「この方は 天王様。 天竜鬼神衆、八部衆の一人よ、神様なんだから! 颯太君と融合して悪い魔物を倒してくれるの。」

 ひかりちゃん、ノリノリだ。


「初めまして。颯太の兄の椚田 兼太です。そうなんですか…。僕に出来ることがあれば言って頂けると幸いです。颯太を宜しくお願い致します。」

 兼太君は感謝の気持ちをあらわにして天王様に深々とお辞儀をした。


「そして、こっちこっち! ジャジャーン! この人がバゲットさん。 キレカワイイでしょ? さっきからずっと颯太君から離れないんだよ! もぉ私、見ててキュンキュンしちゃって!」

 テンションマックスのひかりちゃん。


「ヤバッ! は、初めまして。颯太の兄の椚田 兼太です。こんな弟ですが宜しくお願い致します。って颯太! お前、マヂデうらやまけしからんな! こんな可愛い娘を! しかも最近はルキエラさんにぃ!美桜ちゃんにぃ!美梨ちゃんにぃ!」


「颯太? ミリって誰?」

 頭にハテナマークがついたようすのバグエ。


「バゲットさん。美梨は私の友人で、颯太君の事をちょっとだけカッコいいって言っただけだから気にしないで下さいね。」

 ひかりちゃん、ありがとう…。


「もぉ兼太君は人が不安になるようなことを言わないの!」

「だって最近さぁ! 颯太が何かと人気あってうらやましいんだもん!」


 パシーーン!!

「アンタは既婚者でしょ!! まったく情けない男だね!」

 母さんが兼太君の頭をスリッパで思いきり叩きながら言った。


「お母さん、ありがとう~~!」

 ひかりちゃん、楽しそう。


「情けない大人の見本だな!」

 日向ちゃん…。


「はい! そしてこの娘がバゲットさんの使い魔で、ヤシ…。あの…。名前を呼んでも大丈夫ですか?」

 ひかりちゃんは 恐る恐るヤシタに聞いた。


「私もヤシタでいいよん。 私は使い魔のエルフだから、縛りの術は持ってないよん。」

 相変わらず軽いノリのヤシタにひかりちゃんはホッとしている。


「初めまして、颯太の…。」

「兼太ぁ~~! でしょ? 狭い部屋だから聞こえてたよん! 宜しくね! ちなみに私も颯太の事は だぁ~~い好きだよん!」


「なっ…。」

 言葉を失う兼太であった。


「そしてルキエラさんは1度会ってるもんね。 ルキエラさん、この度はバゲットさんを連れてきてくれてありがとうございます。」

「気にしないでくれ。バグエは食事も摂れないほどの恋の病にかかってしまったのでな。ルシエールに頼まれて連れて来たんだ。坊やの仕事が始まるまでは一緒にいさせてもらえないか? 勿論、迷惑でなければ。の話だが。」

「迷惑だなんて! ねぇお母さん。」

「そうね。 迷惑なんて。そうだ! 颯太のところは独身寮だし、年末なんだから、颯太とこっちにいなさい。色々と手伝ってもらいたいこともあるし。それにフェイレイさんだけでなく、バゲットさん、ヤシタさんや天王様もいるなんて、楽しい年末年始になるわね。」

 母さん、ありがとう。


「そう言えばルキエラ。年末だからルキエラは日向子さんの手伝いを宜しくね! たぶん凄く忙しくなると思うんだ! あとさ、たまにでいいんだけど会いに行ってもいい? ルキエラにはできれば会いたいし。」

 僕は出来る限りの笑顔で言った。


「あああ当たり前じゃないか坊や! 坊やが会いに来てくれるなんて、凄く嬉しいことだ! 待ってるからな! それじゃ今夜は帰るから! おやすみ、坊や!」


 ルキエラは僕の一言に照れたようだ。

 照れるとすぐさまいなくなるルキエラ。

 この人の扱いにも慣れてきたぞ。

 でも消えてもしばらくは近くで見ているから悪口は言えないな。

 気を付けないと。



「主はルキエラの扱いのエキスパートだな。」

 フェイレイ、まだ近くにいるってばよ!


「そうかな。僕はルキエラが近くにいると安心できるっていうか。まぁ本心だよ。」


 すると突然!

「あぁ~~ん。坊やぁ~~。」


 僕は背後からルキエラに抱きつかれた。


「ル? ルキエラ!?」

 バグエとフェイレイがユニゾンした。


「エヘヘ。それじゃ今度こそおやすみ~!」

 ルキエラがいなくなり、再び部屋に静けさが戻る。


 そんな中、ヤシタは言う。

「ルキエラ様って、あんなキャラだったんだ…。ショックを通りすぎて幻滅に近いこの感情…。やるせないよ、バグエ…。」

 遠い眼差しのヤシタ。


「さぁバグエよ。セルフィーの事を教えてもらえないだろうか?」

 ヤシタの落ち込みなど、気にしていないフェイレイはバグエに質問した。


「待って! その話は明日でもいいかな? その、さすがに眠くて…。たぶん今聞いても何も頭に入らないよ。」

 僕は眠さのあまり提案をした。それに、とんでもないことなら、母さんや兼太君。みんなに心配をさせてしまう。そういう訳にはいかない。


「そうね…。颯太は今日は帰りなさい。 バグエも颯太と一緒にいたいでしょ? 1日ぐらい寮にいても大丈夫だろうから、バグエも一緒に颯太のところに行ったら?」

「母さん! 何を言っているんだ! 本人がいたらテクノブレイクじゃなくなるんだぞ!」

 日向ちゃん? お願い、もぉやめて…。


「日向ちゃん。フェイレイさんもいるし、ヤシタさんもいるから大丈夫よ。二人ともお互いの使い魔だから、あるじの側を離れられないでしょ? それに神様の前で…。颯太君もわきまえるんじゃない?」

 ひかりちゃんは当然の事を言いながら、真っ赤な顔をしている。


「そうだな。 二人ともやっと会えたんだから、積もる話もあるだろ? 今日は俺達とは離れさせてあげたいな。」

 兼太君はたいぶ酔いが覚めてきたのか、通常運転に戻ってきた。


「ありがとう。明日仕事が終わったら着替えとか用意して、その後に来るね。あと、日向ちゃん。バグエに服を買ってあげたいんだけど、日向ちゃんのお店に行ってもいいかな?」


 日向ちゃんは 眉間にシワを寄せている。

 手をグーにして下を向いている。

 わだかまりだらけの顔だ。



「本当は嫌だけど…颯太が好きになった娘だもんな…。私もその女を受け入れないとな…。わかったよ。店に連絡しておくよ…。そのかわり、私も行くからな!」

 日向ちゃんはそう言って、自分の部屋に行った。


「さぁ。もぉ遅いから! 私が送っていくね。」

 そう言って、ひかりちゃんが車を出してくれた。


「天王様、私の車は4人乗りなので颯太君と融合していただいてもよろしいですか?」

「意味はわからんが、そうしよう。」

 そう言って、天王様は僕と融合した。


「ひかり殿。これでよろしいか?」

「アハハ…! なんだか颯太が偉そうにしてる!」

 楽しそうな兼太君。



 パシーーン!

 兼太君はまたもや母さんのスリッパ攻撃を喰らった。

「本当にあんたって子は! 今のはどう見ても天王様でしょ! 謝りなさい!」

「すみません! そうですよね! 大変失礼致しました!!」

 兼太君はスリッパラッシュに負けそうだ。


「兼太殿。私はそんなことでは怒ったりしない。 私は神だからな。ちっ…。」


「えっ? すすすすすすみませんです! 天王様!」

 ビビる兼太であった。


「さすが兄弟だな。血が繋がっていなくともよく似ている。イジリがいのある男達だ。」


「あの、天王様。普通、ビビりますって。」





 そして…。

 僕達は寮まで送ってもらい、部屋に着いた。



 部屋に着き、僕はみんなにコーヒーを入れてソファーに座った。


「颯太。」

 僕の隣に座ったバグエが話しかけてきた。バグエは僕を見つめている。


「バグエ。会いに来てくれてありがとう。」

 僕は無意識に彼女の髪に触れた。


「ちょっとちょっと! 私たちがいるんだからいい加減にして!」

 ヤシタが顔を真っ赤にして怒った。


 ちなみにフェイレイは お座りをして窓から外を見ている。素知らぬフリをしているようだ。


 天王様は いつの間にか僕から離れて両手で顔を覆い、ゴロゴロと床を左右に転がっている。


「颯太よ、さすがに今のは 私にも恥ずかしかった…。」

 まだゴロゴロと転がっている。


「天王様。すみません。颯太と融合していることを忘れていました。」

 バグエは赤くなっている。


「さ…さすがに今のは恥ずかしかったな…。恋する乙女のあんな顔を見ては…。ひかり殿のキュンとする意味がわかった気がする…って、明日の朝食はひかり殿のご飯が食べられないではないか!!」

 悔しがる天王様。


「ねぇねぇ颯太! 明日の朝さぁ。ホットケーキ作って! あの、甘~いシロップがかかったやつ!」

 ヤシタが楽しそうに言った。


「私も食べたい。そうだ! 一緒に作ろう! 作り方教えて! ね!」

 ね! って、バグエ。久しぶりにキュンときました…。


「あっ! フェイレイあんたさ! 人の姿になれるんでしょ? Project DIVAやろーよ! 面白いんだよ! 颯太、貸して!」


「人の姿にはなれるが、主は明日も仕事だ! 私達のようなニートとは違う。今夜は静かにしてあげてくれないか?」

 フェイレイは子供をあやすようにヤシタに言う。


「え~~。」

 口をとがらせ残念そうにするヤシタ。そんなヤシタに僕は言った。

「ヘッドフォン着けてやれば? あと、騒がないでね。」


「主は優しすぎだ。早くシャワーに行ってくるといいぞ。」

 あきれるフェイレイ。


「うん。それじゃお先に。」

 僕は浴室に行った。






 僕が浴室から出ると、ヤシタはさっそくゲームをプレイしている。本当に楽しそうなヤシタを見ると、今日は我慢して。なんて言えないよな。


 そしてバグエはソファーでウトウトとしていた。その足元にはフェイレイ。バグエが倒れないか見張っているようだ。これじゃどっちがどっちの使い魔かわからないな。

 そして天王様はヤシタの後ろでゲームを見ていた。楽しそうにゲームをやるヤシタに「次は自分にやらせてくれ!」と言わんばかりの顔をしている。


「フェイレイありがとう。バグエもきっと疲れたんだね。フェイレイも休んでくれ。僕も図面を出したら寝るからさ。」

 そう言って僕はバグエをベッドに寝かせた。


「主よ。」

「なんだ?」

「幸せそうだな。」

「そうだね。 でも明日の事を考えると色々と不安だけどさ。」

「ちなみにさっき言った、眠くて頭に入らないと言うのは嘘であろう?」

「うん。」

「アリゼーの言ったことが気になるか?」

「そうだな。 初めて美梨に会ったとき、一瞬で隠世に飛ばされたろ?」

「ああ。凄い殺気だったな。主を殺す勢いだった。」

「僕が小石を投げて、美梨の顔をカスった時。その後、雰囲気が変わったよな。」

「ああ。あの物凄い殺気は消えたな。」

「だよね。うまく言えないけど、セルフィーはバイロケーションと言うよりも、二重人格に近い気がする。自分の中に何かを押し込めているような?」

「確かに。」


「良く気が付いたわね。」


 ????


「アリゼー!」

 フェイレイが焦ったように言う。


「アリゼー?」

「私の気配にも気づけないのではこの先どうする気かしら?」

 アリゼーは登場と同時に嫌味を言ってきた。


「だって、お客さんって普通、玄関から入ってくるんだよ。」

 僕は笑顔でアリゼーに言った。


「呑気な坊やだこと。ますます気に入ったわ。これは提案だけどね?バグエなんかとはさっさと別れて、私の恋人になるなんてどうかしら?」

「魔女様の彼氏になんて、恐れ多いことです。ジョークはこのくらいにしてお話を聞かせてください。」


 ヤシタと天王様はVitaに夢中だ。そして、バグエもアリゼーの事は気にせず寝ている。


「みんな私には興味が無いようね。こうなると、ますます颯太さんが愛しく思えるわ。」

「光栄です。」

「ふふん。それじゃそろそろお話をするわね。奴…。セルフィーの身体には ある者の言霊ことだまがあるの。」

「言霊?森羅しんら万象ばんしょうの五十音?」


「あぁ~~ん~~。少~し違う。まぁ。遠からず近からず。かしらね。」

 アリゼーが楽しそうに話している。


「アリゼーって可愛い話し方をするんだね。いつもそんな感じなら怖くないのに。」

「なっ! 何を言う! 私には貴様の魅了など効かんぞ!」

 アリゼーは僕の言葉に少しだけ照れたようだ


「クックックッ。」

 笑うフェイレイ。


「笑うな! 番犬が!」

 アリゼーは頭から湯気が出る勢いだ。


「ねぇアリゼー。 アリゼーもコーヒー飲む? それとも甘いココアの方がいい?」

「何もいらん!」

「怒らないで。機嫌が悪いのならココアだね。そこのソファーで、少し待っててね。」


「ふん!」と言う言葉が今にも聞こえてきそうな勢いで、アリゼーはソファーに座る。

 そして僕はアリゼーにココアを入れてあげた。ついでにハーシーズのマシュマロをのせて…。でもこのマシュマロはヤシタが来たときに、と思って買った物だからバレないようにしないと…。


「はい。どうぞ。」

 アリゼーは首を傾げながらカップを受け取った。そしてココアに浮かぶ小さなマシュマロを小指でツン…ツン…。と二回つつき、その指を舐める。


「うわ? 甘い。」

 優しい笑顔を見せるアリゼー。記憶を消された、あの初めて会った日の夜。僕を恐怖に陥れようとしたあの時のアリゼーとは似ても似つかない。本当に同一人物かどうかを疑うほどだ。

 僕はダイニングの椅子をアリゼーの座るソファーの前に置き、向き合うように座った。


「美味しいですか?」

「うん!」


 うん?

「良かった! 甘いものを飲むと落ち着くんですよ。 」


 先ほど勢いよくソファーに座ったために乱れてしまったアリゼーの髪を僕は手櫛で直してあげた。


「颯太さん…。」

「はい? 何ですか? 」

「髪…。」

 そう言って下を向いてしまったアリゼー。


「すみません! 乱れていたから、気になっちゃって! 女性の髪をいきなり触るなんて、失礼しました!」

 僕は慌てて謝罪をした。


「女性って…。私の髪を梳いてくれた男性は初めて…。そんな素敵な笑顔で…。」

「エヘヘ。 僕はアリゼーの思うほどの男ではないですよ。 」


 うつし世の男は皆、下心ありきで私に近寄って来ていたのに。


「そうなんですか?」

「こ、心を! 私の心を探るな!」

 動揺している。アリゼーどうしたんだろ。


「聞こえちゃったんです。すみません。」


 何でそんな優しい笑顔で私を見るんだ…。私はお前を……。


「あの時の事なら、もう気にしてないですよ。だからアリゼーも気にしないで下さい。」

 申し訳なさそうに僕を見るアリゼー。


「すみません。明日の図面を出しちゃいますね。」

 アリゼーは 席を立つ僕に手を伸ばそうとしてやめてしまった。


 図面をプリントアウトして、僕はその図面をパソコンデスクに置いた。そしてその図面を立ったままチェックをしていると。

「颯太さん。」

 アリゼーは僕の背中に自分の身体を寄せてきた。


「颯太さん。私は貴方に魅了されたようです。私を貴方の側に置いてもらえませんか?」

「えっ? 何を言っているのですか?」


 驚く僕の足元にフェイレイが来た。

「主よ。凄いな!」

「フェイレイまで何を言っているんだ!」


 天王様とヤシタも口に手をあて、「イッヒッヒッ。」と笑っている。


「アリゼーに本気になったら私は許さんぞ!」

 バグエ?


「何? 何なの?」


 なんなんだ?この仕組まれたようなオチは?


「今の颯太ならきっとアリゼーを魅了できると思って私は寝たフリをしていたんだ。もう一度言うけど、浮気は許さんぞぉ~~。」


 何それ?


「颯太さん。 私は貴方が必要だと思うことを何でもいたしますわ。ですから、側に置いて下さい。」


 アリゼー。目が本気じゃないっすか?


「アリゼーは北の山の魔女だよ? アリゼーがいないと東の滝みたいに、悪い事をする連中が出てくるかもしれないでしょ? だからアリゼーは北の山を統括しなきゃ!」

 僕は所々カタコトになりながら言った。


「北のエリアはセルスとルシエール様がいるから大丈夫。それに北の山には 自身のホムンクルスを置いてきているから、病気の治療や投薬。治安を守る事ぐらいなら大丈夫よ。それに私のホムンクルスはレベル50のトロールが100匹来ても問題ないわ。だから安心して私を貴方の側に置いて下さい。」


 アリゼーは僕をずっと見ている。


「こらぁ! アリゼー! いい加減に颯太から離れろ! 颯太は私の物だ!」

「たかが200歳程度の子供に、颯太さんの良さがわかるわけないのに…。 」


 何? もぉ嫌だ! 明日の事でもいっぱいいっぱいなのに!


「あら! 颯太さん! 明日の事なら心配しないで! 私が貴方様をお守りしますわ。」

「ふざけたことを! 颯太は私が守るんだ!」

「じゃあ! バグエが行くなら私も行く! ママンもいるみたいだし!」

 ヤシタは楽しそう。


「私は颯太と融合するから、結果的に行くことになるな。」

 天王様?


「私は主の使い魔だから、主の影に入らなくては。」


 あのセルフィーの言霊って? ある者のって? 話しがバリバリ途中なんですけど?

 これでは気になって寝むれないじゃないか!

そんな事を思う、12月28日の午前3時05分であった。

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