新入社員

三原みぱぱ

第1話 ビジネスマナー

 僕はこの春に入社した会社員である。

 今日、初めて先輩と一緒にお客様と打ち合わせだ。

 憧れの先輩、長いきれいな黒髪を後ろでまとめ、てきぱきと仕事をこなしていく。

 休みの日にはジムに通っているのか、引き締まった体は出るところはきちんと出ているナイスプロポーション。

 同期の飲み会では先輩の下で働けることを羨ましがられる、そんな先輩と今日は初めての商談同行だ。


「ネクタイが歪んでるわよ」


 そう言ってお客様に会う前に僕のネクタイを直してくれる。

 近づいた先輩は甘い良い香りがした。


 名刺交換

 お客様よりも先に名刺を準備し、両手で持って名刺を渡す。

 ただそれだけでも先輩の立ち振る舞いは可憐だ。

 僕も先輩に見習って名刺を交換する。


 名刺を着席順位に置き、挨拶と軽く世間話で場を盛り上げる。

 軽く笑いを入れて場を和ませるなんて、さすが先輩。

 そうしているとコーヒーが運ばれてきた。


「ありがとうございます」


 運んでくれた方に軽く笑顔でお礼を言う先輩。

 お客様の会社はどの立場の人もお客様だ。



 商談は進む。

 客先の要求に相槌を打ちながらこちらの要求に合うようにうまく誘導する。

 商品の知識も豊富で同じ会社の僕も感心してしまう。

 客先も僕も「ほう」と感嘆の声が漏れる。


 商談は終盤へと進み、僕はふと気が付いた。

 先輩は出されたコーヒーに一切手を付けていない。

 そういえば客先で出された飲み物をのむということは「相手の要求をのむ」ということになるとネットで見た気がする。

 僕はほとんど飲み干した自分のコーヒーカップを見た。


 しまった!


 僕は震える手でコーヒーカップを置くと、カチンとカップとソーサーが妙に大きな音を立てる。

 先輩がちらりと僕とコーヒーカップを見て、商談に戻る。

 気づかれた。怒られる。

 せっかく先輩が客先からいい条件を引き出しても、僕のせいで客先の条件を「のんで」しまう。

 その後の事は正直、あまり覚えていない。



 商談は終わり、エレベーターホールまで送ってくれたお客様にエレベーターのドアが閉まるまで頭を下げて商談は終了した。


「事務所に帰る前に反省会を兼ねて、ちょっとコーヒーショップに寄りましょうか」


 先輩はそう言ってコーヒーショップに入った。

 やっぱり! 出されたコーヒを飲んでしまった事で怒られる。

 自分から先に謝った方がいい。

 先輩はアイスティーを僕にはアイスコーヒーを買ってくれた。


「今日の商談で君が今後改めないといけないことがあるわ。何かわかる?」


 冷や汗が出てくる。


「はい。すみませんでした」

「やっぱり気づいていたの?」

「はい。出されたコーヒを飲んでしまいました。すみません」


 先輩はポカーンとした顔をした。


「へ? そうじゃないわよ。それは別に飲んでいいのよ」

「でも先輩は手を付けていなかったじゃないですか?」


 先輩は何か納得したような顔でアイスティーを僕に見せた。


「私は単にコーヒーが嫌いなだけで、紅茶かお茶が出てきたときはありがたくいただくわよ」


 コーヒーが嫌いなだけ?


「じゃあ、僕の何が駄目だったんですか?」


 それ以外は先輩の真似をして、商談中も先輩の話に相槌を打っていただけだ。


「あなたは私の話にお客と一緒になって、ふんふんやほうって相槌打っていたでしょう。お客の話に相槌打つならともかく、私の話には当然知ってましたっていう顔しないと、お客はどこの会社の人って思うわよ」

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新入社員 三原みぱぱ @Mipapa

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