第11話 コンとこんこん

「しすこん」


 銀狐が俺の名を呼んだので「おう」と返事をする。彼女の隣にいた雪菜は何とも言えない渋い顔をしていた。


「今度からは俺のことをシスコンと呼んでくれていいぞ。もちろん鬼の面を被った状態――<寡黙な刃>の時は<寡黙>って呼んでもらわないと困るけど、俺たちは友だちだからな。この姿のときはいつでも妹魂シスコンでもシスくんでも好きなように呼んでくれ」

「しすこんくん……しす、くん……シスくん! わかりました……!」


 どうやらシスくんという響きが気に入ったらしい。

 俺もうんうんと頷きご満悦だ。

 いや~よかった。これで何の憂いもなく彼女の友人だと胸を張れる。本当はリアルで友達になれればいいんだが、ゲーム内では本名を聞き出す行為が禁止されている。BANされたら元も子もない。

 いつかまた偶然巡り会えたときにでもお話ししよう。


「よーし、じゃあ次は街に出かけてみよう! 色々な店や建物を紹介するぞ」

「おー!」


 掛け声とともに腕を上げると銀狐も乗ってくれた。

 やばい、嬉しい。友達っていい!

 俺も自分を曝け出しているからめっちゃテンション上がってる。


「――待って」


 連れ立ち歩く俺たち。その出端を挫くような鋭い声が表御殿に響いた。


「どうした雪菜? ゆっくりしてると置いていくぞ?」

「大事なことを忘れているわ。ご主人様」

「……大事なこと?」


 オウム返しに俺が答えると雪菜は扇子で口元を隠し、熟考するように目を細めた。


「――とりあえず、そうね……せっかくだから銀狐ちゃんに『シスコン』の意味を調べてもらいましょう」

「ん? あぁ、そっか! 名前の意味がわかってなかったのか! どうりでリアクションが薄いと」


 そうかそうか。失念していた。

 『妹魂』は当て字だからどうでもいいとして、シスコンという言葉ならわかるだろうと常識的・・・に考えてしまった。帰国子女(仮)の銀狐では馴染みがなく、俺の名前に意味があるとは知らなかった可能性の方が高い。彼女が俺の隣で「?」と頭の上に疑問符を浮かべているのがその証拠だ。


「さすが雪菜、気が利くじゃないか」

「ふふ、お誉めにあずかり光栄です」


 善は急げとチャットに文字を打ち、銀狐に送る。


「この『シスコン』って言葉の意味を調べてみてくれ」

「意味、ですか……?」

「あぁ、文字をなぞると【検索】って出てくるだろ? それで意味を調べることができる」

「こうですか?」


 それっぽい動きをしていたので「そうそう。そんな感じ」と適当に頷く。こちらからは画面が見えないが、たぶん大丈夫だ。


「シスター……コンプレックス……?」


 表示された検索サイトの文章を読んでいるのだろう。

 銀狐が真剣な眼差しで瞳を左右に揺らし、時折納得するように頭を縦に揺らす。

 そして、


「クゥー……なるほど。わかりました」

「わかってくれたか」

「はい。……シスくんは――」

「ああ」

「お兄ちゃんだったんですね!!」

「ああ! そういうことだ!」


 俺が晴れやかな声で肯定すると、視界の端で雪菜がずっこけている姿が映った。

 なにやってんだあいつ……普通の会話しかしてないのに。こける要素がないだろう。


「もしかして最初に出会った時に連れていた大人しい女の子が妹さんなんですか?」

「お、わかった?」

「最初は恋人さんかと思いました」

「ははは、そんなに仲良く見えた? 照れるな~。あいつは人見知りだから初対面の人が近くにいると大人しくなるんだ」

「クー可愛らしいです」

「だろ!? 俺の妹は世界で一番かわいいだろ!?」


 会話に花が咲く。あ~やっぱりゲームはいいな! 思ったことを口にできるし、理解してくれる友人もいる。現実じゃあ味わえない感覚だ。


「妹さんのこと、本当に好きなんですね」

「まぁな。本人には言えないけど」

「だから名前がシスターコンプレックスの略でシスコン――なんですね」

「……現実では“お見せできない自分”ってやつだな」


 少しだけ真面目に答える。

 そしてここからは大真面目だ。


「ちなみに、この総面」


 倉庫から具現化し、片手に掲げる。


「クゥ~? <寡黙>の証ですね」

「これは“鬼”を表した面なんだが……俺は兄の証として装備している」

「?」


 首を傾げる銀狐に雪菜が「ただの言葉遊びよ」と助け船を送る。


「……! “おに”いちゃん!」

「ご明察」


 現実とほぼ同じ顔で造ってしまったアバターの顔。それをなにで隠そうか考えた時に思い付いたのがこのしょうもない言葉遊びだ。だが、大会では鬼の仮面以外を被ることなどないだろう、と確信するほど今ではしっくりしている。


「……シスくん、楽しそうですね」

「ゲームだから楽しまないと。この世界にいると自分に素直になれるし」

「自分に、素直に……」


 考え込むように銀狐は目の前の表示枠を眺めている。

 おそらくそこにはまだ調べたばかりのシスコンとかそれに連なる言葉・・・・・・・・・が映し出されたままなのだろう。


「……わたし、決めました」

「え? なにを?」

「アバター名を決めました」

「へ~早いね。でも名前は決めちゃったら変更できないから気を付けて」

「……はい。わたしも自分に素直になります」


 神妙な面持ちとはこのことだろう。文字を静かに打つその姿はあまりに真剣で、とてもじゃないが邪魔をできる気配ではない。

 それにもかかわらず俺の隣に「すぅー」っと寄ってきた雪菜は「止めた方がいいんじゃないかしら」と提案してきた。


「なんで?」


 思わず聞き返す。小声なのは雰囲気だ。


「だって、ご主人様の名前に触発されて決めたみたいよ? たぶんだけど……後々、後悔するわ。ご主人様が」

「……後悔? 彼女じゃなくて俺が? どうして――」

「できました……!」


 俺の疑問は銀狐の声にかき消された。ズビシっと挙手するその姿は恥ずかしそうでありながら自信に満ち溢れており、彼女が名付けた名前には並々ならぬ想いが詰まっているのだと理解できた。


「なんて名前にしたんだ?」

「こ、これですっ!」


 まるで想い人にラブレターでも送るような勢いでメールが飛んでくる。

 彼女の緊張が伝播してきたのか俺までドキドキしてきた。

 いったい、なんて名前にしたんだ……?


「……ん~? エフ・こんこん?」


 表示されたメールには『F・こんこん』という文字が書いてあった。俺の肩ごしから見ていた雪菜からは「……なるほど」という納得の頷き。肝心の俺は首を傾げたままだ。

 こんこんはわかる。狐の鳴き声と捉えることができる。彼女は銀色妖狐の獣人アバターだからキツネをイメージ……って、あぁ、そういうことか。


「FってあれかフォックスのFか。なるほど――」 

「? ふぉっくす? それはなんですか?」


 ね、ってあれ? 違うの?


「キツネのことを英語でFoxと言うのよ」

「クー」


 雪菜の説明を聞いても「へー」みたいな薄い反応だ。どうやら見た目からFを使ったわけではないらしい。

 なら、どっから来たんだこのFは。


「これはふぁざーのえふです」

「……ん?」


 ふぁざ―? ファザ―……Father……父親?

 え、ってことは――


「F・こんこん、ファザー・こんこん……ファザコン、こん……」

「……クゥ~」


 俺が連呼すると耐えられなくなったのか、赤くなった顔を手で覆っている。居た堪れないのか獣耳と尻尾まで萎れるように垂れていた。


「ファザコンなのか?」


 俺が直球で問うとビクンと肩を揺らし、毛を逆立てた。ついでに獣耳と尻尾も連動して復活している。そして、


「……わたしの御父様、とってもカッコイイんです」


 と、本音が指の隙間から漏れ出した。


「銀狐……いや、こんちゃん!」

「ク!?」


 彼女の手を握り、俺はぶつける。


「最高にセンスがいい名前だ!」

「……え?」

「ほ、本当ですか……?」

「あぁ。キツネがこんこんと鳴いていると思わせておいて。その裏では父が好きだという想いを隠しきれていない直球が俺の胸を打ち抜いた……!」


 隣にいる雪菜が「ふふふ、ご主人様が何を言っているか私でもわからないわ」とショックを受けていたが……大丈夫だ、俺もわからん。これは気持ちの問題なのだ。


「俺たちは友達であり同士だ! この名前を誇りに胸を張ってアナザーワールドの世界を練り歩こう!」

「シスくん……!」


 俺たちが手を握り合い友情を深めている横で「……やっぱり、増えてしまったわね」なんて呟いているが構っている余裕はない。


「わ、わたし! 日本に来て初めて感動したことが御父様の呼び方の豊富さで! 父上とかお父さんとかいろんな呼び方ができて楽しい!! って思いました……!」

「わかる! すげーわかる!! 俺も妹にいろんな呼び方をされるのめっちゃ好きだからすごくわかる! 『おにぃ~』って言いながら駆け寄ってくる妹とかマジ天使――ッ!」

「可愛いです!」

「だろ!?」

「わたしも『パパ~』って言いながら抱き着きたいです……」

「こんちゃんのお父さんも絶対喜んでくれるさ! 娘にいつまでも慕われるのって嬉しいと思うし」

「クゥ~こんなこと友だちに相談したことなかったのでとっても新鮮な気持ちです! ゲームって楽しいですね!」


 俺たちは街へ出かけることも忘れ、語り明かした。

 妹がどれだけ可愛いか、お父さまがどれだけカッコイイか、内に秘めた思いをひけらかすように語り続けた。“コン”同士による共感が俺たちの距離を急激に縮めたのだろう。

 こんちゃんとの会話は非常に面白かった。


「……ツッコミ役が1人欲しいわね」


 傍観していた雪菜がポツリと呟いた謎の言葉。

 誰もボケていないのに何を言ってるんだ? と、最初は思ったが気にしないことにした。俺たちの会話を嫌な顔一つせず、微笑ましい物でも見るような目で見つめていた雪菜にも何かしらツッコミたい部分があったのかもしれないしな。

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