第4話 男女逆転?
「あ、雨宮さん……」
不意に声をかけられた私は、次の授業の教科書を出している最中だった。
顔を上げると、花のヘアピンを前髪に挿しているセミロング可愛い女の子がオドオドとした様子で目の前にいた。
「えぇと……
「……そ、その……少し、相談いい?」
「私に?」
市村さんは、手をモジモジとしながら顔を逸らし言った。顔は微かに赤くなっていて、女の私でも思わずその可愛さにキュンと胸を撃たれるような感じがした。
「えっと……あ、雨宮さんって人間でしょう……? 人間の女の子の意見も聞きたくて……」
そう言うと、市村さんは更に赤らめた。
私は、その乙女らしさに思わず目を覆いたくなる。
(眩しい! このピュアな恥じらいが眩しい!)
しかしそんなことも言えるはずもなく、目を覆うことも出来ず、私は取り繕うようにニコリと笑った。
「私でいいなら」
そう言うと、市村さんは嬉しそうな顔をして隣の席に腰を下ろした。
私は、改めて市村さんをジッと見る。
この子の名前は、
そんな私の視線に気づいたのか、市村さんはコクリと首を傾げた。
「どうしたの?」
「え、あっ! な、なんでもないっ!! そ、それで相談ってなに?」
ついつい見過ぎてしまった私は慌てて市村さんから目を逸らす。すると、市村さんはまたポッと頬を赤らめた。
「その……私、好きな人がいて」
「あー、やっぱり?」
「え?」
顔を赤らめながらの相談と言えば、恋の相談しか思いつかなかった私は、つい思ったことが口に出てしまった。
私は慌てて口を押さえると「あ、ううん! なんでもない、なんでもない! 話しを続けて!」と、言った。
(まぁ、これだけモジモジしてたら恋愛系しかないよね~)
市村さんは、恥ずかしそうに手をいじっていると、横流し目で話しを続けた。
「三組の
「うーん……」
少し考える。同じクラスの人なら何となくは覚え始めたけど、他クラスまでは覚えていないしそんな人の名前も聞いたことがなかった。
私は申し訳なさそうな顔で市村さんに謝った。
「ごめん、よくわからないや……。他のクラスの人達はまだ知らないんだ、ごめんね」
そう言うと市村さんはニコリと微笑んだ。
「ううん、いいの。仕方が無いよ。じゃぁ『王子』は知ってる?」
「王子? それって、いつも女子に騒がれてる、あの人?」
「うん」
市村さんが言う『王子』――それは、この学校のアイドル的存在の一人でもある。いつも周りには女生徒が集まり、キャーキャーと騒がれているからだ。といっても、私は近くでその人を見たことがない。取り巻きが多すぎて姿が見えないのだ。
それでも、遠目でチラッと見たことだけは一回だけあった。
「あの人カッコいいよね~」
遠目だからあまり詳しくはわからないけれど、恐らく背はかなり高いだろう。
「えっと……ね。その好きな人が……その……御子柴さんなの」
「えええ?! そうなの?!」
(じゃぁ、市村さんはアイドル的存在の王子に恋をしてるんだ!)
なんだか想像するだけでも前途多難そうな恋だ。すると、横からヌッと雪子ちゃんが現れた。
「なんの話~?」
「あ、雪子ちゃん」
「れ、恋愛相談中なの……」
そう言うと、またポッと市村さんは頬を赤らめた。
私は、雪子ちゃんに市村さんの恋のお相手のことを説明した。
「ほ~ほ~。なるほど~ぉ」
「ちょっと意外だなぁ。市村さんも、あぁいう王子様系が好きなんだ~」
「そう? ウチは、別に普通やと思うけど?」
ちゃんちゃんこのポケットに突っ込んでいるポッキーをポリポリと食べる雪子ちゃんに、私は首を傾げた。
「え、なんで?」
「だって、二人共昔は夫婦やったしね」
「えええ?!」
これまた、まさかの衝撃的事実に驚く私。
私は市村さんとの距離を詰め「け、結婚してたの?!」と、尋ねる。すると市村さんは苦笑しながら話を続けた。
「あはは、昔の話だよ。生まれ変わる前のね」
「……あ。なるほど」
「まぁ、ともあれや」
「???」
「???」
私と市村さんはお互い首を傾げ、雪子ちゃんを見る。雪子ちゃんは腕を捲り上げ徐ろに立ち上がった。
「好きなんやったら、押してなんぼやろ! 押して押して押し倒すっ!!」
そういうと、グッと親指を立て「因みに、ウチら家の教訓は色気で無理なら夜這いしろ、やで♪」とウインクしながら言った。
その言葉に、市村さんは一気に顔が首まで赤くなり頭を左右に振る。
「よ、夜這い?! そ、そそそんなの無理だよっ!!」
(というか……雪女の一族って見た目に反して熱いなぁ……)
雪女の性質上、雪のように儚げで静かで、お淑やかなイメージだったのが私の中で崩れ落ちる。と言っても、ショックという程でもないが。
そして、私はそんな雪女のことをこう思った。
(……肉食系雪女、かぁ)
結果、市村さんの恋愛相談は一先ず幕を閉じたのだった。
とりあえず、先ずは手紙を送って少しずつ話して仲良くなろう!という事に落ち着いたのだ。市村さんは「雨宮さんに相談してよかったです。ありがとう」と言う可愛い笑みを浮かべ教室を出て行く。
そんな市村さんの去る姿を見て、雪子ちゃんはこう言った。
「まぁ、あの二人なら大丈夫やろぉ~。生前夫婦っていうのもあるけど、ある意味特殊人間やからなぁ」
『特殊』という言葉に私は首を傾げる。すると、雪子ちゃんが「あれ?」と呟いた。
「春菜ちゃん知らんの? あの二人の事」
「う、うん……。あ、それに、夫婦ってことは一体誰の生まれ変わりなの?」
「一寸法師」
「一寸法師?!」
ポッキーをポリポリと食べながら言う雪子ちゃん。私は市村さんが一寸法師の生まれ変わりだと聞いて驚いたが、何となく納得する。何せ市村さんは背が小さくて可愛らしかったからだ。
しかし、私はそこでふと疑問が頭に過ぎった。
(あれ? でも、一寸法師って男だよね? あ、女の子に生まれ変わっちゃった感じかな?)
そう思いその疑問は自己完結する。それよりも私は雪子ちゃんの言う『特殊』が気になっていた。
「それで、特殊っていうのは?」
「市村な、あれでも男やで」
「……え?」
目を数回瞬きする私。現在、私の思考は停止している。
雪子ちゃんは「あ、やっぱり気づいてなかった?」と笑いながら言った。
「まぁ、そりゃそうかぁ~。で、御子柴さんは、あぁ見えて女子生徒やで。名前は、
更なる事実に私の頭はショートし机に突っ伏す。突っ伏す時に強く頭を打ち雪子ちゃんが「うわっ! ……だ、大丈夫?」と声をかけてくれたが、今の私はそんなことはどうでもよかった。
(……え? てことは……女の子に生まれ変わったのじゃなくて……今、流行りの男の娘ってこと……? 王子は男装女子ってこと?)
「は、春菜ちゃん……? おーい」
返事が無く心配してくれているのか、雪子ちゃんは何度も「おーい」と声をかける。が、私はそれが聞こえず、まだ頭の中で色々と思っていた。
(ちょっと待って。まさか、性同一性障害っていうやつとか?! なら、制服も仕方がないかも……あれ、でも、これがただ単に趣味だったら……?)
私はその疑問を早急に解決したく机に突っ伏していた顔を勢いよく上げ、雪子ちゃんの肩を力強く掴んだ。
「うわっ!」
「雪子ちゃん! 市村さんと御子柴さんは病気なの?! それとも、趣味であの制服を着てるの?!」
雪子ちゃんは驚いたような顔をすると、咥えていたポッキーをポロッと口から落とす。
「しゅ、趣味やけど……」
「趣味かい!! というか、制服規定考え無しかよっ!!」
「え、ほんま頭大丈夫……?」
[完]
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