業火のゆくえ 2


 昼食を終えて街道を歩いていると、後方から一台の馬車が近付いていた。

 御者から「乗った方がいいぞ」と声を掛けられたのは、今から二時間ほど前のことだ。真っ直ぐに伸びた街道は、鬱蒼とした森を突き抜ける形になっている。道のないルートで森を迂回するか、森を越えた先にある街道を真っ直ぐに目指すか。


「ここいらじゃ、最近は盗賊が出るって話だぜ。女の子連れなら乗った方がいいと思うがね」


 御者のそんな言葉に迷ったことは確かだ。

 盗賊が潜む森と聞けば、野宿も危うい。かといって、暗くなってから強引に森を突き進むこともまた危険ではある。


 しかし、街道から大きく外れた迂回ルートもリスクは高い。

 それならば、せめて森を抜けるまでは馬車で街道を進んだ方がいいだろう。幸いにも、馬車には他に客もおらず、提示された料金も乗合馬車として不当に高い金額ではなかった。


 古い幌に覆われた馬車は、元々は荷物の運搬用に使われていたようだ。

 荷台がそのまま座席として扱われているらしい。大人数を運ぶのであれば、確かにこの方が良いだろう。

 しかし、長時間の移動は辛いに違いない。


「シェリア」


 街で買った果実の残りを分け合って食べたあと、テオドールは意を決して彼女を見た。


「ロサルヒドに、何か言われたのか」


 その言葉に、片付けの手を止めたシェリアは困惑した様子で眉を下げた。残り少ない食料の入った袋の口を縛り、鞄の中へと入れる手つきはそろそろ旅に慣れ始めているものだ。

 半年前。その小さな手は、紐を金具に引っ掛ける動作も恐々だったことを、テオドールは覚えている。


「……いや、やはりいい。今は少し休め。森を抜けたら、また歩かなければならない」

「うん……」


 曖昧な調子で頷いたシェリアは、御者から受け取った水の瓶に口をつけた。

 街に滞在中であればまだしも、移動中は飲料の運搬は重労働だ。食事に必要な分だけとはいえ、ふたり分の荷物は大きい。そのため、普段なら水辺を探して動く必要がある。


 昼食分で飲み物がなくなっていたふたりにとって、御者からの差し入れは有り難かった。


「……テオ」

「なんだ」

「その、……」


 言いかけて、シェリアは言葉を止めた。

 魔女は、双子かもしれない――そんなことを伝えても、彼は困惑するだけだろうと思えたからだ。しかし、隠しておくのも辛い。


 何よりテオドールは、どれほど些細であっても魔女の情報を求めているのだ。

 それを知っていて、尚も黙っていることなどシェリアにはできなかった。


「……ロサルヒドさんが、言っていたの。魔女は、双子かもしれないって」

「……双子か?」

「うん。魔法が使えない場合もあるからって、その、……場合によっては、身代わりにして、どちらかを隠すこともあるって……」


 どう伝えたものか。いまいち、うまく説明できない。

 困った様子で視線を下げてしまったシェリアに、テオドールは「分かった」と頷いた。


「あくまで伝承の魔女のことだ。あの魔女との関連性はまだ分からない」

「……うん」

「確かめようがないと、ロサルヒドも言っていただろう」

「そう、だけど……」


 言葉を重ねたテオドールは、緩やかに首を振る。

 考えたところで答えが出て来るわけでもない。むしろ、あまり根を詰めて考えすぎない方が良いように思えた。

 思考や感情を掻き乱されるばかりで、良い方向には進まないものだ。


「……あまり気にするな。少し休め」


 再び首を振ったテオドールは、半ば押し付けるように彼女の外套を差し出した。

 疲れていたのだろう。外套に包まったシェリアは、目を閉じてからほどなくして寝息を立て始めた。

 馬車の車輪が道に擦れる音と馬の蹄の音ばかりが届く中、その寝息はよくよく耳を澄まさなければ分からないほどに小さい。


「……」


 気にするな、とは。

 テオドール自身、自分に言い聞かせたようなものだった。


 手元に置いた瓶には、口をつける気にもなれない。

 かといって、御者と雑談をする気分でもなかった。

 だが、静かにしていれば、余計なことを考えてしまう。


 彼女の銀色がそうさせるのか、どうなのか。

 日や炎に照らし出された銀色の髪が、時折どうしても金色に見えることがある。

 目の錯覚か。魔女を見つけられない焦燥感がそうさせるのか。眠る彼女の銀髪に触れたテオドールは、耐え切れずに腹の底から息を吐き出した。


 違う。違う。彼女は違う。

 魔女ではない。魔女であるはずがない。


 繰り返して繰り返して、どうか違っていてくれと願うしかない。かつては彼女を魔女だと決め付けて、証拠を掴むために連れ回していたというのにあまりにも虫のいい話だ。その自覚はあっても、どうしようもなかった。


 彼女を知れば知るほどに、魔女ではないと思えるというのに。

 魔女を知れば知るほどに、彼女と無関係だと言い切れなくなっていく。

 疑いはとうに晴れたというのに、可能性ばかりが残っていて落ち着かない。


「――シェリア」


 眠る彼女の名前を口にする。

 返されるのは寝息ばかりだ。


 半年。

 たった半年。それでいて、もう半年なのだ。

 魔女への復讐を誓ってから、それほど長い時間を共に過ごした相手はいない。


 テオドールにとってのシェリアは、既にただ魔女に似ているだけの存在ではなくなっていた。

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