金の揺らめきに 3


 図書館の火事は、灯りの不始末によるものだろう。出火したと思わしき位置にあったのは、古いランプだった。普段からあまり人が近付かない区画であったことも手伝い、点検が甘かった可能性がある。魔法の火であれば、もっと早く燃え広がっていたに違いない。

 それなりの時間をかけて表に出て来たことを考えれば、ただの火事であることは明白だ――。


 白百合の丘へと向かう道中、ふたりの前を歩くロサルヒドは淡々とそのように説明した。その間、テオドールもシェリアも、言葉を挟みはしない。


 やがて館に辿り着くと、ロサルヒドはふたりをリビングに通した。

 そして、遠慮がちにしているシェリアに向かって「座れ」と椅子を示す。

 次にテオドールに対しては「好きにしろ」と言い捨てた。


 おずおずと椅子に腰を下ろしたシェリアは、分かりやすく戸惑っている。

 テオドールは彼女の隣の椅子に座り、テーブルを挟んだ向かい側に腰を下ろしたロサルヒドを見た。


「ったく。ろくなことになりゃしねえな」


 右手で頬杖をついたロサルヒドは、布に包んだペンダントをテーブルの上に置いた。

 壊れてしまった欠片と中に入っていた花の残骸だ。

 それを見つめるシェリアはひどく申し訳さそうにしている。

 こんなことなら、やはりもらうべきではなかったのだとすら思っていた。


 一方のテオドールもまた、連れて出るべきではなかったと後悔していた。

 せめて、ペンダントをつけさせなければ良かったのだ。あるいは、もっと彼女に気を配っておくべきだった。


「おいおい、揃ってめんどくせえ顔してんじゃねえよ」


 ふたりの様子に眉間の皺を深くしたロサルヒドは、心底から面倒臭そうに言い放った。


「死人が出たわけでもねえのに、辛気くせえな。ったくよぉ……おい。これは、ファムビルからもらったな?」


 ロサルヒドの指先がコツコツとテーブルを叩く。その指がついでのように欠片に触れると、冷たく硬い音が出た。

 踏まれてしまったのだろうか。すっかり割れてしまっている。拾い集めた欠片も、あれで全てではないだろう。


 戸惑いながらも頷いたシェリアを見て、テオドールが口を開いた。


「やはり、知り合いなのか」

「ふん。仕事上のな。奴は甘ちゃんなんだよ、よくも悪くも。気が合わねえ」


 ロサルヒドの返答は素っ気ない。

 しかし、気が合わないと言う割には悪い印象ではないようでもある。

 ファムビルを優しい男だと言ったのは、港街の商人――ミレーナだ。

 優しさを"甘さだ"と表現するのであれば、確かにそれもまた正しいだろう。


 優しいことは、決して良いことばかりではない。


「今回の件は魔法でもなんでもねえが、魔法を扱えるのは何も魔女だけじゃねえ」


 左手をペンダントの残骸に探したロサルヒドは、やはり面倒臭そうな調子で言った。そして、伏せた掌をゆっくりと動かして、円を描いていく。


 何をしているのかを問うよりも先に、テオドールはその手元に視線を落として目を見開いた。布の上に散らばっていたはずの欠片が、なくなっていたからだ。


「――あっ」


 驚いたシェリアが、勢い余って立ち上がる。

 テーブル上に広げられた布には、傷一つないペンダントが鎮座していた。

 まるで氷のように透明な水晶に淡い桃色の花が閉じ込められている。


 まさに一瞬。

 瞬く間に、ドロップ型のペンダントが――再びその姿を取り戻していた。


「言っただろうが。魔法がありゃ、あっさり作れるもんなんだよ」


 ペンダントを持ち上げたロサルヒドは、さっさと席を立った。

 そして、視線で追いかけているシェリアのもとへと近付いていく。

 彼女に手が伸ばされた時、テオドールは思わず身構えた。


「警戒心が高いのは良いことだが、露骨な警戒は無防備と大差ねえぞ」


 呆れたように言葉を放ったロサルヒドは、シェリアの首にかかる紐にペンダントの飾りを取り付けた。

 それもまた一瞬の出来事で、何がどうなっているのかなんて分かりはしない。

 まるで、手品のようだ。あるいは、魔法か。


「あ、ありがとうございますっ……!」


 ゆっくりとロサルヒドの手が離れていくと、入れ替わるようにシェリアの手がペンダントに触れた。

 柔らかな笑みを向けられたロサルヒドは、少しばかり面食らったようだ。


「……別に、俺は何もしてねえぞ――チッ。そのペンダントに免じて、話くらい聞いてやるよ」


 急に態度を軟化させたように見えるロサルヒドに対して、テオドールは思案げに目を伏せた。しかし、傍らのシェリアが、あまりにも嬉しそうにペンダントを見つめるものだから、肩から力が抜けてしまう。


「座れ。あの時、聞いてやってねえ用件を聞いてやるって言ってんだよ」


 ハッとしたシェリアが再び椅子に腰を下ろすと、ロサルヒドはちらりとテオドールを見遣った。


 視線を受けたテオドールは、ゆっくりと傍らのシェリアを見る。

 シェリアはまだ少し緊張が残っているものの、高揚感の方が強いようだ。

 どうしてもペンダントに視線を落としてしまう様子に、テオドールは僅かばかり目を細くした。


「――魔女のことだろ」


 ロサルヒドがぶっきらぼうに言葉を言い放つ。

 そうすれば、シェリアとテオドールの視線が彼に向いた。


「……ああ。その通りだ。話が早くて助かる」

「回り道は嫌いなんだよ」


 テオドールの肯定に対して、ロサルヒドは気だるそうに頬杖をついた。

 しかし、その視線は、まだ少しペンダントを気にしているシェリアへと向いている。


「魔女について、知っていることがあれば話を聞かせてもらいたい」

「それは、ファムビルの奴が言ったのか?」

「いいや」


 テオドールは静かに首を振った。

 確かにファムビルからは、ロサルヒドが魔法使いの末裔であることなどは聞いている。とはいえ、魔女について詳しいなどと言われたわけではない。


 ――物分りの悪い男ではない。心配するほどではないとも。少しコツが必要なだけだ――


 あの時、シェリアを安心させようとしたらしい彼の言葉が脳裏を過ぎる。

 息を吐いたテオドールは、「だが」と切り出した。


「あなたがプラタナスを作った者の孫であり、魔法使いの末裔であるという話は聞いた」

「ああ。確かにうちは魔法使いの家系だ。嘘じゃねえな」

「……魔法に詳しいのであれば、魔女を知っているのではないかと思った」

「ふん、安直だな」


 ロサルヒドは口の端を薄く釣り上げて笑った。

 その言葉を否定することはできない。だが、どれほど僅かな可能性であったとしても、不確かな情報であったとしても、テオドールにとっては可能性のひとつだ。

 確認するまでは、どのような話であっても真実ではないと言い切れない。


 沈黙したテオドールと、その隣で不安げにしているシェリア。

 ふたりを眺めたロサルヒドは、やがて頬杖を解いた。


「ソイツに免じて、魔女の話くらいはしてやろう」


 その言葉にテオドールとシェリアは顔を見合わせた。

 ソイツ――と、ロサルヒドが示したのは、シェリアの胸元にあるペンダントだ。


 このペンダントにどのような意味があるのか。

 お守りだと告げたファムビルの真意も分からないふたりには、想像もつかない。


「魔女は、――なんて話、お前らは知らねえだろ?」


 ロサルヒドは退屈そうに、つまらないことのように、極々何ともないことのように。それでいて、当然知らないだろうと言わんばかりに、ゆっくりと言葉を落とした。

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