成すべき事とは 3


 翌日、よく晴れた空のもと。

 再び図書館を訪れたふたりは、昨日とは違う受付の女性にも断られてしまった。 どうやら、誰が訪ねて来ても応じるつもりはないらしい。


 どうしたものかと考えても、有効な手は見つからなかった。

 こんなことなら、やはりファムビルに頼むべきだったのかもしれない。今さら考えても仕方がなかったが、テオドールは少し悔やんでいた。こうやって過ぎていく時間が勿体ない。


 結局、その日も本を読み漁るばかりとなった。

 昼過ぎに食事には出たものの、再び戻って来たあとは管理者を待つしかない。


 そんな様子を見かねたのだろうか。

 魔法関連の書物を読み続けるふたりのもとに、受付の女性が近付いた。


「……失礼、よろしいでしょうか」


 その場に似合う静かな声で問い掛けた女性が、シェリアの傍らに屈み込んだ。

 椅子に座ったままのシェリアは、少し緊張気味になっている。

 あまりに居座りすぎて、叱られるのかと思ったのだ。しかし、そうではなかった。


「魔法に興味がおありでしたら、白百合の丘に行かれると良いかと」


 ひそひそと、声を潜める女性は周囲の目を気にしているようだ。

 それは単純に話し声の問題というよりは、話している内容の方だった。


「丘、ですか……?」

「はい。お会いになられるかは、分かりませんが……」


 女性は、なるべく声を小さくしてシェリアに話しかけた。

 管理者に関しての問いは、全て断るように言いつけられていること。

 会いたがる者には、取り次げないとだけ伝えるように言われていること。

 だから、自分達から聞いたとは言わないで欲しいとまで告げられると、とうとうシェリアは困り顔を浮かべた。


 女性が立ち去っても、すぐには何も言えないままだ。

 本当に訪ねてもいいのかどうか、迷うところではあるのだろう。


 そんな彼女の様子をテーブル越しに眺めているテオドールは、特に急かす様子もない。


「白百合の丘って、どこかな……」


 やがて、シェリアは不安そうに眉を下げた。

 女性に詳細を聞けないことも、女性に規律を破らせてしまったことも、気がかりなようだ。


「街の人間なら分かるだろうな」


 手元の本を閉じながら答えたテオドールは、思案げに目を伏せた。

 昨日、受付の女性は「いらっしゃる場合もある」という答え方をしている。

 つまり、管理者だからといって図書館に常駐しているわけでも、通い詰めているわけでもないということだろう。


 単なる厭世家なのか、人嫌いなのか。それともただ忙しいだけなのか。

 取り次ぎを断るような男に、話を聞くことができるのか。

 心配ごとは山ほどある。

 だが、進まないわけにはいかないのだ。


 とはいえ、テオドールにとってはシェリアもまた優先すべき相手ではある。


「……大丈夫か?」

「うん。大丈夫だよ」

「そうか」


 そのように聞いても、彼女が大丈夫だと平気だと、そう答えることは知っている。それでも、テオドールは毎回のように確かめずにはいられない。


 本来であれば、魔女の件で彼女が傷つく必要はどこにもないのだ。だが、魔女に関わる事柄では、彼女が何を言われるのか分からない。


 問い掛けて肯定を返されて、安心しているのは自分の方だとテオドールは溜め息をつきたくなった。


「……行くか」

「うん」


 立ち上がった自分の動きについて来る彼女を見下ろして、テオドールは迷う気持ちを押し殺した。

 いずれにしても、彼女を置いていく選択肢はない。


 本を棚に戻して図書館を出る間際、物言いたげな司書や受付女性達の目が気になった。


「……妙な感じだな」


 図書館から出た直後に落とされたテオドールの呟きに、シェリアは首を傾げた。


「どうして?」

「まるで隠しているようだ」

「うん……でも、教えてくれたから……」

「そうだが」


 何にしても、釈然としない。

 とはいえ、考えたところで答えは出ないだろう。

 テオドールは思考を切り替えて、シェリアを促しながら宿に戻る道を選択した。


 宿は、その街でよそ者が集まりやすい場所のひとつだ。

 白百合の丘について尋ねても、宿泊客なら目立たないかもしれない。


「……会えるといいね」

「そうだな……」


 シェリアの髪を見下ろしながら、テオドールは静かに息を吐いた。

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