成すべき事とは 2


 元々は大聖堂であったと言われている図書館"プラタナス"。

 外観こそ当時の姿が残されていたが、中身はそれなりに改築されていた。しかし、緻密な彫刻が施された柱頭や柱同士をアーチで繋いだ高い天井などは、そのままにされている。


 扉をくぐってすぐ手前。

 前室の両サイドに設置された受付カウンターで管理者について問い掛けたテオドールは、にべもなく断られてしまった。


「大変申し訳ありません。お取次ぎは致しかねます」


 カウンター内の女性は心底申し訳なさそうにはしていたが、テオドールとしてはそれでは困った。だが、食い下がったところで意味がないことは分かる。眼前の女性には何の非もないのだ。


 物言いたげにしながらも引き下がろうとした彼に対して、女性は声を潜めた。


「……あの、いらっしゃる場合もありますので、お待ちになりますか?」


 その提案に、ふたりは顔を見合わせた。

 できれば、会って話がしたい。

 しかし、受付では取次ぎができないらしい。

 それならば、折衷案が必要だろう。

 姿を見せるかどうかは分からないが、試しに図書館で待ち伏せることにした。


 当然ながら、ぼんやりと待つ訳ではない。

 ここには、あらゆる場所からさまざまな本が集まっている。

 いわば、情報の宝物庫だ。

 何らか意味のある情報が手に入る可能性もある。


 しかし、魔女については口伝えに残す者さえも疎らだ。

 テオドールとしては、精細な記録が残されているとは思えなかった。

 僅かばかりの望みを書物にかけるより他になかっただけだ。



 長机に運んだ本を読み漁り始めて、二時間が経過した頃のこと。


「……テオ」


 小さな声で呼ばれたテオドールは、ゆっくりと顔を持ち上げた。

 向かいに座っているシェリアが、手元にあった本の向きを変えて彼に差し出す。


「……すごく、昔のことで……」


 彼女の、ささやくような小声はいつも通りだ。だが、静かな場所では難なく聞き取ることができる。


「本当なのか、どうなのか、わからないんだけど……」

「構わない。どれだ?」

「えっと、ここ……」


 遠慮がちにシェリアが示したページには、確かに"魔女"の文字があった。

 それは魔法使いに関する歴史書のようなものだ。

 そこには、かつて戦争に協力したとされる魔女のことが書かれている。


 元より、人里には住んでいなかったこと。

 どのような魔法使いよりも、強大な力と術を操っていたこと。

 そして、戦争後には脅威になり得るとして処刑されたこと。

 後々、魔法を扱う者達が迫害を受けるようになり、一部の国では魔法使い狩りまで行なわれたこと。


 そんな、ありふれたと言ってしまえば確かに何の変哲もない記述が続く。


「……身勝手なものだな」


 テオドールは思わず、そう呟いていた。

 力を貸してくれと懇願しておきながら、用済みとなれば処刑したということだ。


「……うん」


 本をゆっくりと手元に戻したシェリアは、曖昧な調子で頷いた。


「テオは……どう思う?」

「何がだ?」

「魔法のこと……怖いって、思う?」


 シェリアの問いに、テオドールは言葉に迷った。魔法は、決して身近なものではない。だが、魔法道具については、使い方さえ間違わなければ便利であるとは認識している。


 花の街を覆い、温室を作り上げていたガラスのドーム。

 そして、街道に設置されていた魔物除けもそうだろう。


 魔法道具であろうことは確かだが、生活を支えるための役割を担っている。

 特に、魔物除けがなければ、街道ではもっと魔物による被害が出ていた可能性が高い。


「……使い手次第だな」


 テオドールは緩やかに息を吐き出した。

 魔法も魔法道具も、刃物と似たようなものだと思えたのだ。


 使い方次第で、そして使い手の思惑次第で、道具はどのようにでも扱える。いかなる道具であったとしても、その道具自体に罪はないのだ。包丁一本にしても、使い方を誤れば人を傷つけてしまう。


 シェリアは静かに頷いた。


 そこから更に二時間ほど、二人は黙々と本を読み続けた。

 しかしながら、どうにも役に立ちそうな記述は見つからない。

 眉唾ものの魔法使い探しの方法や、真偽不明のまじないの類。魔法使いを見分ける方法に、魔力の遺伝について──知識としては有益だが、魔女自身には繋がらない。


「シェリア」


 とうに夕暮れも過ぎて、図書館内の人間も疎らになっていた。

 しかし、管理者と思わしき男は現れない。


 低い声を出したテオドールは、「休むか」とシェリアに問い掛けた。

 だが、シェリアは小さく首を振る。


「……私も、知りたいの。……知らなきゃいけないような気がして……」


 答えながらも、シェリアの声はどんどん尻すぼみになっていった。

 彼女自身、何かしなければならないと焦っている部分があるのだ。

 少しでも魔女に近付くために、今のこの時間を無駄にしないために。


 できることがあれば、と。


 だが、テオドールは手元の本を閉じてしまった。


「無理は禁物だ。そろそろ頭も働かなくなるぞ」

「……うん」

「また明日、ここで待とう。待つ間に読めばいい」

「……うん」


 シェリアは、本を戻すために歩き回っている司書を見遣った。

 ここの司書は女性ばかりだ。

 利用者側ではない男性が入れば、わかりそうなものだろう。


 金の髪を持つ魔女──いつから存在していて、いつから非道な行いを繰り返すようになったのか。


 ゆっくりと本を閉じたシェリアは、落ち着かない気持ちを胸に押し込んで立ち上がった。

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