矛盾は心の常とはいえ 3
港まで出向いたテオドールは、いくつかの情報を手に入れた。
まず、死人はひとりも出ていないこと。
それは船に乗っていた者でさえも、例外ではなかった。急に船から投げ出されたかと思ったら、その時には既に船が燃え始めたのだという。
次に、燃え上がったものは船と積荷に限られていること。
港近辺の建物などには、一切の被害が出ていない。
そして、宙を歩いた魔女は人々を見下ろしただけで、何も言わなかったというのだ。
「……不自然だ」
波止場を歩き回っても、燃えた痕跡のあるロープがくくりつけられている程度でしかない。大量の船が燃え上がったのだと伝え聞いたとしても、にわかには信じがたいほど被害が限定されている。
テオドールは怪訝そうに眉を寄せた。
襲撃と呼ぶには、被害が少なすぎる。家畜一頭すら殺していない。
確かにこのあたりを仕切る商人からすれば、被害は甚大だろう。
だが、取り戻せないものではない。たったその程度の被害で、魔女が満足するとは思えなかった。
魔女には、別の目的があるのではないか。
例えば──
「……まさかな」
焼け焦げた金属片を拾い上げたテオドールは、静かに肩を竦めた。
まさか、自分達を──いいや、彼女をおびき寄せたというのだろうか。
そのように考えて、緩やかに首を振る。
彼女は、魔女と何の関係もない。そのはずだ。
「──ちょっといいかい?」
考え事をしていたテオドールは、急に呼びかけられてハッとした。
振り返れば、そこには身なりの良い女性が立っていた。
年の頃は、二十代後半か三十代に入っていたとしても間もないくらいだろう。
長い金の髪をひとつにまとめた細身の女性だ。船乗りには見えないが、宿や酒場の従業員だとも思えない。
テオドールはやや間を置いてから、「何か?」と声を返した。
「アンタだね。事件のことを聞き回ってるってのは」
「……ああ」
こうして事情を聞いて回っていることは確かだ。
テオドールは否定も言い訳もなく、静かに頷いてみせた。
「ただの賞金稼ぎじゃなさそうでね、何か事情でもあるのかと思ったんだけど──」
言葉を口にしながら、女性はゆっくりとテオドールに近付いて手を差し出した。
揺らぐ手は、催促しているようでもあるが、態度がそれほど真剣なものでもない。
テオドールは数秒ほど待ってから、手にしていた焼け焦げた金属片を放り投げた。
「──やっぱり、ワケ有りみたいだね」
投げ寄越された金属片を受け取った女性は、口の端を薄く持ち上げて笑った。
「腰に剣なんか提げてりゃ、ただのお客じゃないだろうってことくらいは分かるよ」
「……剣士など、珍しくないはずだが」
「そりゃね。ただの旅人や雇われなら、別に珍しくも何ともない。けど、アンタは違うね」
賞金稼ぎでもなければ、単なる旅人でもない。
商人などに護衛として雇われたわけでもない。
──そこまで看破した女性は、自分にどのような
テオドールは警戒しながら、ゆっくりと向き直った。
そうやってきちんと目が合えば、女性は意味深な笑みを浮かべた。
「賞金稼ぎの馬鹿どもみたいに"バケモノ退治"が目的なら、普通は獲物の行き先や痕跡を探すもんだ。どこへ行ったか、何を残したかってね」
金属片を空に放り投げた女性は、落ちてきたそれを受け取め、また真上に投げた。
空いた手を腰に当て、随分と楽な調子で姿勢を崩している。
「けど、アンタは違う。何をしたのかばかり気にしてるようじゃないか。かといって、残り物を漁りに来たとも思えない」
いつから見られていたのか。
そんな気配は、全くしていなかったが──女性は、テオドールの行動すべてを確認していたかのように言う。
「知らないなら好きにさせてやれるけど、見つけたら見過ごせないね。アンタ、何が目的なの?」
もう一歩、女性が距離を詰める。
テオドールは、無意識のうちに足を半歩後ろに下げていた。
シェリアを連れていなくて、正解だった。
安心できる点は、そのひとつ。
「俺は──」
テオドールが適当な事情を口にしようとした、その時だ。
遠くからカンカンカンッとけたたましい鐘の音が響き渡り、「魔女が出たぞ!」とどこからか声が上がった。
勢いよく海を見たが、何ともない。
ハッと目を見開いたテオドールは、背後を振り返り──中央広場の方向へと視線を転じた。
「……馬鹿な」
空には淡い橙色がにじみ始めている。
すぐに夕暮れが訪れ、斜陽が大地を染めるだろう。
低い声を漏らしたテオドールは、弾かれたように駆け出した。
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