憧れのお姉ちゃんは私のパンツを被って喜ぶような変態さんなのか

虹星まいる

憧れのお姉ちゃんは私のパンツを被って喜ぶような変態さんなのか

 はじめまして、私の名前は日比谷琴音ひびやことね。十三歳の中学一年生です。

 突然ですが、私には大学生のお姉ちゃんがいます。背が高くて、お胸も大きくて、長い黒髪が綺麗で、頭もよくて、優しくて、友達さんも多い、私の憧れのお姉ちゃんです。周りの人からはお姉ちゃん凄いってよく言われます。妹の私も鼻が高いです。えっへん。


 そんな素敵なお姉ちゃんですが、なんだか最近様子がおかしいのです。私に隠れてコソコソ何かをやっているようで、私と顔を合わせると、そそくさと逃げてしまいます。

 とっても怪しい!

 妹の私にも知られたくないことなのでしょうか。昔から仲良し姉妹だった筈なのにショックです。

 もしかして大学に通い始めたことで彼氏さんとかが出来たのかもしれません。そうだとしたら淋しいです。でも、お姉ちゃんが隠し事なんて……そんなの気になるに決まっています。

 というわけで、本日より日比谷琴音調査員はお姉ちゃんに探りを入れようと思います。


 ◇


 調査一日目です。

 今日は土曜日。私もお姉ちゃんも学校はお休みなので一日中ヒマです。

 白い無地のTシャツを部屋着にしているお姉ちゃんは、冷蔵庫から取り出したお茶を飲み干すと、周囲を警戒したように見渡した後、二階に上がっていきました。

 一階リビングのソファでテレビを見るふりをしていた私は、スッと立ち上がります。

 きらーん。怪しいです。

 今日の私はお姉ちゃんの一挙手一投足までもを横目で確認していますから、挙動不審なお姉ちゃんの様子なんて筒抜けなわけです。

 私もお姉ちゃんの後を追うように忍び足で階段を上っていきます。お姉ちゃんはどうやら自室に籠ったようです。こっそりと扉に近づいて聞き耳を立てることにしました。


 ────────しゅるる。


 衣擦れ……着替えでしょうか。お姉ちゃんが服を脱いだのかもしれません。もしかしたら何処かへ出かけるのかもです。私も付いていくために着替えてきた方がいいでしょうか。

 と、私がその場を離れようとしたところ、部屋の中から「ギシッ」というベッドのスプリング音が聞こえてきました。

 すぐさま身を縮めて扉に身体を張り付けると、連続して「ギシギシ」という音が漏れ聞こえます。

 何をしているんでしょう。私が耳を澄ませていると────────


 ────────ぁんっ


 聞いたこともないようなお姉ちゃんの声。

 何故かはわかりませんが、心臓が跳ねました。


 ────────んぁっ、んっ、ことね、ちゃんっ


「にゃ!?」


 私は口元を抑えてどうにか声を堪えました。

 まさか私が調査員として活動していることがバレてしまったのかと一瞬焦りましたが、どうやら違うようです。

 断続的に部屋の中からお姉ちゃんの声が聞こえてきます。扉に密着せずとも漏れ出してくるそれは、悩まし気というか苦し気というか……聞いているこっちがドキドキしてしまうようなものでした。

 私は意味の分からない胸の高鳴りに恐ろしくなって、その場から転がるように逃げ出しました。


 その後、夕食の席で一緒になったお姉ちゃんは何事もなかったかのように振舞っていました。


 ◇


 翌日。日曜日となる今日もお姉ちゃんは不審でした。

 うろうろとリビングと脱衣所を往復するお姉ちゃんは、細く整った眉を八の字にしています。

 そんな姿を見兼ねた私はお姉ちゃんに声をかけることにしました。


「お、お姉ちゃん、どうかしましたか?」

「あ、琴音ちゃん。えっとね、そのぉ……」


 私に話しかけられたお姉ちゃんは一瞬ビクリと身体を震わせると、視線を在らぬ方向に彷徨さまよわせます。

 ……怪しいです。


「え、えっとね、洗濯カゴがどこにあるか知らない?」

「洗濯カゴ……ですか?」

「そうそう、実は今日着ようと思っていたお気に入りのワンピースを間違えて洗濯に出しちゃってね」

「……お母さんが朝一で洗濯機を回していましたけど」

「あ、そ、そっかぁ」


 しょぼーんと肩を落とすお姉ちゃん。

 ただ、今日は日差しが強いので昼前には乾いていると思います。


「既にお外に干してあるので、そろそろ乾いていると思いますよ。ワンピース」

「……えっ、あ、うん、別にワンピースはどうでもい────────ありがとう、琴音ちゃん!」


 お姉ちゃん、一瞬「ワンピースはどうでもいい」って言いかけていませんでしたか。まあ、いいです。

 話題に出たついでに洗濯物は取り込んで畳んでしまいましょう。


 ◇


 月曜日。琴音調査員はここまで何の成果も得られておりません。

 今日こそは、と意気込んで勢いよく玄関の扉を開けました。


「ただいま帰りました!」

「琴音ちゃん、おかえりなさい」


 私を迎えたのは午前中で講義が終わったらしいお姉ちゃんでした。リビングでコーヒーを片手に読書をするその姿はとても凛々しく、私の大好きなお姉ちゃんそのものです。


「ねえ琴音ちゃん、今日体育の授業あった?」

「はい、ありましたけど……」

「じゃ、じゃあ体操服は洗濯に出さなきゃだね」

「……? ええ、まあ」

「ほら、汗もかいてるでしょう? お風呂に入っておいでよ」

「……そうですね、そうします」


 帰ってきたばかりだというのに、お姉ちゃんに背を押されながら脱衣所へと送られます。

 そしてお姉ちゃんは私の身ぐるみをポイポイと剥ぐと、ごゆっくり~という言葉を残して出ていきました。

 ……なんで私の服を持って行ったのでしょう。

 訝しく感じた私は烏の行水でシャワーを済ませると、パンツとキャミソールと部屋着を急いで着込んでお姉ちゃんの部屋へと一直線に向かいます。

 案の定、お姉ちゃんは自室へと籠っているようでした。そろそろと抜き足差し足で近づくと、僅かに戸が開いていることに気が付きました。

 ────────これはチャンスです!

 音を立てないよう、そーっと扉を開けて中を覗き込みます。

 お姉ちゃんが何をしているのか。何を私に隠しているのか。

 その答えが今ここに。


 ベッドの上。上品な白いシーツの上にガニ股で座り込んでいるのは私のお姉ちゃん。

 その上下はどこかで見たことあるような────────わ、私の体操服です!

 サイズが合っていない私の体操服はパツパツに引き延ばされています。

 そして、何よりもその頭。

 綺麗な黒髪と美しい顔を押し付けているのは……私のパンツです。しかも、先ほど私が脱いだやつ。

 私のパンツを被ったお姉ちゃんは何が可笑しいのか、焦点の合わない瞳でニヤリといやらしい笑みを浮かべ────────


「すうぅぅぅぅぅぅううぅぅぅううぅぅぅうぅうぅ」


 鼻から思いっきり空気を吸い込みました。


 私は目の前が真っ暗になりました。とんでもないものを見てしまいました。ふらふらとした足取りで向かったのは同階にある私の部屋。そのままベッドへと倒れ込み……気を失いました。


 ◇


 火曜日。私のお姉ちゃんは変態さんでした。

 パンツを被る人のことを「変態さん」と呼ばずして何と呼べばいいのかわかりません。

 しかし、ここで一つの疑問が出てきます。それは、どうして私のパンツを被っていたのかという根本的な問題です。


「おはよう、琴音ちゃん」

「あ、お、おはようございます」


 朝食の席。絹糸のように美麗な長髪を靡かせて現れたのはお姉ちゃんです。

 昨日自分が何をしていたのかも忘れてしまったのでしょうか。何事もないように振舞っていますが、その裏の顔は変態さんです。


「どうしたの琴音ちゃん、元気ないの?」

「いえ、そういうわけではないですが……」


 きょとん、とした表情で私の顔を覗き込んでくるお姉ちゃん。やめてください、そんな純粋で綺麗な顔でこっちを見ないでください。

 脳裏にちらつくのはお姉ちゃんの痴態。私のパンツを被って嬉しそうにしていた憧れの人。


 ドクン。


「本当に大丈夫? 顔が真っ赤だよ?」

「だ、大丈夫です。何も知りません何も見てません!」

「……?」


 やはりあの変態さんがお姉ちゃんだとは思えません。昨日の私が動転しすぎて他人の空似をしただけかもしれないですし。もう一回確認する必要がありそうです。

 べ、別にもう一度お姉ちゃんのあの姿を見たいとかそういうわけではないですから。

 琴音調査員として事の真相に迫りたいだけですから!



 その日の夕方、さっそく作戦決行です。

 私は下着姿でリビングをうろつくことにしました。お母さんからははしたないと言われましたが、変態さんの本性を暴くために必要なことですから仕方がないです。お父さんが帰ってくるまでには服着ます。

 十七時を回った頃、講義を終えたお姉ちゃんが帰ってきました。私は下着姿のまま出迎えに行きます。


「おかえりなさいお姉ちゃん」

「ただい、マッ……!?」


 お姉ちゃんは私の姿を見て固まりました。その視線は私の顔とパンツの間を行ったり来たりしていて……ぶ、不躾すぎやしませんか。もはやガン見です。こころなしか目も充血しています。

 変態さん丸出しなお姉ちゃんにたじろぎながらも私は言葉を続けます。


「こ、これからシャワーを浴びてこようと思いまして」

「ふ、ふーん、そうなんだ」


 興味がないというスタンスを取ろうとしているお姉ちゃんですが、その目は私に釘付けです。

 お姉ちゃんの視線を振り切るように脱衣所へ飛び込み、下着を脱ぎ捨てて浴室へと入ります。シャワーで体を流しながら脱衣所を注視していると、黒い影が動きました。お姉ちゃんです。

 ここで出て行ってもいいのですが、言い逃れが出来ないように私のパンツを被っているその姿を現行犯で抑えようと思います。


 脱衣所から影が消えたのを確認してお姉ちゃんの部屋へと向かいます。

 片手にはスマートフォン。カメラ機能で証拠を残しましょう。

 抜き足、差し足、忍び足。もう手慣れたものです。

 今日は扉をしっかりと閉めているようです。ドアノブを引く必要があるので、前回のようにこっそり中の様子を伺うことはできません。

 一息に行くしかないようです。私は呼吸を整えるとカメラアプリを起動して────────


 ガチャ


 突入。


 カシャッ


 撮影。

 目と目が合いました。


「ああぁあぁああぁああぁぁぁ!!」


 響き渡るお姉ちゃんの悲鳴。

 視界に飛び込んできたお姉ちゃんの姿。


「ぎゃあぁあぁあぁあぁあああぁぁあ!?」


 響き渡る私の悲鳴。


 オネエチャンワタシノパンツタベテル!?


 ◇


「本当に申し訳ありませんでした」


 謝罪の言葉と共に土下座を繰り広げるお姉ちゃん。扇状に広がった髪の毛がそこはかとなく雅です。

 ベッドに腰かけてお姉ちゃんを見下ろす私は、とりあえず声をかけることにしました。


「顔を上げてください」

「はい……」


 上体を起こして顔を上げたお姉ちゃんは、あからさまにしょんぼりしていました。

 な、なんだか私が悪いことをしているみたいじゃないですか!


「お、お姉ちゃんは何をしていたのですか」

「妹である琴音ちゃんのショーツ……パンツを食べていました」

「ヒッ……そ、そうですか。正直なのは良いことなのです」


 危うく悲鳴が漏れるところでした。面と向かって言われると、なかなかクるものがありますね。

 しかし、ここまで来ても私には分からないことがあります。どうして私の下着を食べたり嗅いだりしていたのか……ということです。どうやって聞き出そうかと考えあぐねていると、お姉ちゃんが口を開きました。


「あれは、今から三か月前……雪の降りしきる夜のことでした────────」

「あ、はい」


 どうやらお姉ちゃんの独白が始まったようなので、私は思考を中断してお話を聞くことにします。


「大学受験を間近に控えた私は日々強いストレスを抱えていました。家族の前では平然と振舞っていましたが、その内心は酷いものでした。そんな私の視界に映るのは、小学校卒業を控えて遊びまわる無邪気な妹の姿……魔が差しました。何がどうなったのか、詳細までは覚えていませんが、気が付くと私は妹のパンツを握りしめていました。その頃の私は非常にセーヨクが強く、毎晩隠れてジイをしていたのです。その日のオカズは妹のパンツでした」


 セーヨク? ジイ? オカズ?

 何かの呪文でしょうか。私の知らない単語をぽつぽつと零し始めたお姉ちゃんの告白は止まりません。


「私の体に衝撃が走りました。脳髄を痺れさせるような芳醇な妹の香り。私の妹はこんなにも良い匂いだったのかと。気持よすぎるだろうと。もうこれは今日から妹をオカズにするしかないなと」


 何でしょう。何を言っているのかはわかりませんが、たぶん凄く気持ちの悪いことを言われているような気がします。


「ストレスの捌け口を見つけることができた私は、晴れて第一志望の大学に合格。これにてハッピーエンド……そうなるはずでした。でも、私の身体は妹の存在を忘れてはくれなかったのです。一か月、二か月、我慢するたびに膨れ上がっていく妹への想い。煌びやかな新品の制服に袖を通してはしゃぐ妹の姿。それを愛らしいと感じてしまったのです。いつの間にか、セーヨクは情愛へと変わっていたのです。耐えられなくなった私は先週から妹の脱ぎたてパンツ……延いては匂いの強い体操服や肌着を洗濯カゴからくすねるようになりました」

「文脈が分からないのですが、とりあえずお姉ちゃんは変態さんということでよろしいですか」

「あ、うん」


 面倒になったのでお姉ちゃんは変態さんということで話を締めくくります。

 話しているうちに高揚したらしく真っ赤な顔をしたお姉ちゃんは、私の言葉で水を打ったように静かになりました。


「まあ、とりあえず、いいです。赦します」

「え、え、本当に!? 今の話を聞いて赦してくれるの?」

「はい、ジイとかセーヨクのくだりはよくわかりませんでしたが」

「(あ、そっか、中一だとそういうことを知らない子もいるのか……)」

「もう私の物を持っていかないと約束してくれるのならば、それでいいです」

「はい誓います! 金輪際、琴音ちゃんの物に手を出しません!」


 ふぅ、これにて一件落着です。

 勝手にパンツを持っていかれて何かをされるというのは恥ずかしいので、とりあえずそれをやめてもらえれば何でもいいです。


「あ、ね、ねえ琴音ちゃん!」

「はい、なんでしょう」

「今日から一緒に寝てもいい?」

「と、突然ですね。別に構いませんが」


 やった、とガッツポーズをするその姿は、私のパンツを被って喜ぶような変態さんではなく、いつも通りの可愛くて尊敬できるお姉ちゃんでした。


 ◇


 突然ですが、私には大学生のお姉ちゃんがいます。


「琴音ちゃ~ん」

「はい、なんでしょうお姉ちゃん」


 背が高くて、お胸も大きくて、長い黒髪が綺麗で、頭もよくて、優しくて、友達さんも多い、私の憧れのお姉ちゃんです。


「見て見て、大学の成績で学部内一位を取っちゃった!」

「わ、凄いです。さすがお姉ちゃんです!」


 周りの人からはお姉ちゃん凄いってよく言われます。妹の私も鼻が高いです。えっへん。


「だからご褒美に脇の匂い嗅いでもいい?」

「ダメに決まってるじゃないですか」


 そんな素敵なお姉ちゃんは、びっくりするくらい変態さんでした。

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