あなたが欲しくて(Je te veux)

倉海葉音

1. (un)

 あれ、国際線ってターミナルが違うの?


 私は慌ててスマホをいじり、電車で一つ隣の駅に行けばいいだけだと把握した。まだ、一時間半ある、大丈夫。預け荷物もないから、大丈夫。たぶん。そう自分に言い聞かせながら、足だけが先走るようにして電車の駅へと向かっている。


 いつもこうだ。勢いで行動して、なのに勝手に焦って、ろくに調べもしていないから何かが足りていなくて。

 高校で始めて出来た彼氏は振り回しすぎてフラれたし、大学受験は会場を間違えて落ちたし、就職活動の面接でも焦ってグループワークをめちゃくちゃにしてしまった。


 国際線ターミナルを走り、チェックインカウンターを見つけて(オンラインチェックインも出来たことを知った)、手荷物検査を通過して、動く歩道を足早に目的地まで歩いて。せかせかと行動して、なんとか間に合った。


 飛行機のシートに腰を下ろして、機内モードにするまでの残り少しの時間、私は携帯の画面を見るともなく見ている。

 金曜夜の十一時。SNSのタイムラインを埋めているのは、皆の日常の光景。


 彼氏とデート、都会の夜景。友達と二人、素敵なバルの料理。

 上司への愚痴、趣味の宣伝、ネコの写真、夜更けに漂う人生の悩み。


 みんな、普通に生きている。

 日本のどこかで、等身大の自分で、普通に生きている。


 手が少し震えていた。

 私、本当に初めて一人で海外に行くんだ。

 これは興奮か、それとも、後悔か。



 私、本当に「今朝取ったチケットで」、一人きりでパリに行くんだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る