アルヴィラッツストーリー用

@sa1k1san

ツカサとロベリア

 植物棟へと向かう廊下を、なるべく日陰を選びながら歩く人影があった。

 アルヴィラッツ王立院に通う見習い魔法使い、ツカサ・スミスだ。

 ツカサの人物像は、逞しさこそ男の証と語る者は女と思い、愛らしさこそ女の証と語る者は男と思い、勤勉さこそ学生の在り方と語る者は怠惰と呼ばれ、経験こそ若人の在り方と語る者は真面目と呼ばれ、清廉な聖人には悪人と誹られ、愚劣な罪人には善人と嗤われる。そんな中途半端な、ごく普通の学生だった。

 そんなツカサに誰もが共通して抱く印象と言えば、『太陽が似合わなさそう』であろう。自らの暗さを自覚する若者は、今日も陽の光を避けて歩くのだった。


 植物棟のガラス扉を開くと、むわっとした植物の香りに包まれた。ツカサはこの強い香りが苦手だった。大きな薔薇の茂みの向こうから顔を覗かせた女性が、ツカサの苦い顔を見て軽快に笑った。薬学化のロベリア先生だ。

「ここに来るといっつもそんな顔してるよね」

「また何か用なんですか・・?」

 不服さを前面に押し出した態度で言ってみるが、彼女には全く堪えないようだ。軽やかな足取りで、付いてこいとでも言うように、奥へと歩み出した。

ツカサは一瞬、このまま無視して帰ってしまおうかとも思ったが、どうせ無視した事を気にして不安になってしまう自分の性格をよく知っていたため、大人しく付いて行くことにした。

「君は本当に良い子だよねー」

 ツカサが付いてきていることを全く疑っていないのか、振り向くこともせずロベリアは言った。

(気が小さいだけだ・・・)

 卑屈に浮かんだ言葉を呑み込み、代わりに疑問を投げかけた。

「それで、何をするんですか?」

 ロベリアは少し振り向き、ニヤッと笑いながら

「マンドラゴラを抜こうと思って」

と言い放った。


「はあ?そんな危ないこと、魔法薬クラブの連中にさせてくださいよ」

 ロベリアには創作の魔法薬を作るという趣味があり、ツカサは度々それに付き合わされていた。お陰で専攻するつもりもない魔法薬学に妙に詳しくなってしまっていた。

 何故薬学専攻の生徒や、魔法薬クラブの連中に頼まないのかと聞けば「頭固い連中ばっかりで苦手」と、およそ大人とは思えない答えが返ってきた。何故ツカサなのか、という点については明確な答えはなかった。

 ロベリアに付き合わされ、多少は魔法薬について詳しくなったツカサでも、流石にマンドラゴラを扱うのは恐ろしかった。一つ間違えれば死の危険もある植物だ。

「他の子に頼んだら、抜いたのバレるかもしれないでしょ?」

「許可取ってないんですか!?」

 悪戯っぽく微笑むロベリアの言葉に、ツカサの顔が青ざめる。同級生の中でもほとんど喋ることのないツカサに、これだけ大きな声を出させるのはロベリアしかいないだろう。

「ほんのちょっと、小さいの一本だけだよ。間引くようなのを拝借するだけ」

 大丈夫大丈夫とロベリアが気楽に語るほどに、ツカサの顔色が悪くなっていく。

「君はちゃんと秘密にしてくれるでしょ?」

 確かに、ツカサは告げ口をするような勇気はなかった。だが、目の前で教師が規則を破るという大きな秘密は、到底抱えきれるものとは思えなかった。

(さっき帰っておけば良かった・・・)

 そう悔やんでも後の祭りである。ツカサは自らの気の弱さをまた呪った。

青を通り越して黒へと変わっていくツカサの顔色と、尋常ではない汗の量を見て、ロベリアは不安感を抱いた。

(流石に、これはちょっとまずいかも)

 ツカサは思っていたよりも生真面目な人間だったようだ。そんな人間に、これ以上心労をかけるわけにはいかない。ロベリアは予定を変更することにした。

「冗談冗談。今日はクオーツ草を詰みに来ただけ」

「え?」

 それまでずっと俯いていたツカサが顔を上げた。理解が追い付いていないのか、ポカンとした顔で立ち尽くしている。

「怖がらせちゃってごめんねー」

 ロベリアは少し済まなそうな顔をしながら、ツカサの手を取って謝った。驚くほど冷たく、そして湿っていた。

 理解が追い付いてきたのか、ツカサの顔色に赤みが戻ってきた。そして、瞳をぎゅっと閉じて、大きな溜息を吐いた。物静かで動じないように見えて、感情の動きが激しいところがあるツカサを、ロベリアは気に入っていた。

「クオーツ草って・・・六角形の茎の植物でしたっけ・・」

 気持ちが落ち着いてきたのか、ツカサはクオーツ草に意識を向けていた。

「そうそう、半透明で維管束が黒い筋のように浮かび上がってる植物。鉱石のクオーツみたいに綺麗なんだよねー」

 様子も顔色も随分落ち着いたツカサを見て、ロベリアはホッと胸をなでおろした。同時に、ちょこちょこ無許可で薬草を摘んでいることは、けっして知られないようにと、心に誓うのだった。

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