第九話 嫌な予感
カフティは夕食を手早く済ませ、少しだけ執務を行いミスティアの元を訊ねるつもりでいた
。
少し早めに食事を終えて中途半端に置き去りにした仕事を片付けて会いに行けば彼女も食事を終える頃合いだろうと踏んでいた。
ミンクスとマイセンと執務室を出て昼間と同じ広間に向かう。
そして同じく仕事を終えたリーズと訓練を終えて戻ったウォークとアロンも合流して廊下を歩いていたのだがどうにも慌ただしい。
しかもこちらに気付いた給仕達の顔が青い。
「は? ティアがいない?」
「ご報告が遅くなって申し訳ありません、手の空いている者達で城内を探しているのですが見つからず……」
窓の外は暗く、日は完全に沈んでいる。
時計の針は八時を回っている。
「まさかまだ図書棟にいるのか?」
カフティが頭を掻きながら呆れ声で言う。
「図書棟にお送りしたのは二時過ぎですよ。六時間以上経ちますし、流石にもう……お部屋の方は?」
アロンがメイドに訊ねると首を横に振るだけだ。
「自分が探してきます」
ウォークは短く告げて元来た廊下を走って行く。
「俺も行こう」
その後を追うようにリーズが走り出す。
「頼んだぞ!」
二人の背中にカフティは言葉を投げかける。
「偉い、偉い、よく堪えましたね」
「本当はご自分も行きたいんですよね」
「ダメですよ、危険ですからね」
三つ子に順々に言われてカフティは眉間にシワを寄せる。
その通りだが自分が外に出ればこの三つ子達の仕事が増える。普段から迷惑をかけている分、余計な手間は掛けさせたくない。
それにウォークとリーズがいれば問題ないだろう。
そう思いながらも何だかそわそわして落ち着かない。
「大丈夫でしょう、二人がいれば」
「えぇ、ウォーク殿とリーズ殿ですよ」
「今を時めく二剣士ではありませんか」
落ち着きなさい、と宥められてカフティが居間で三人が戻るのを待つことにした。
長い脚を休むことなく動かし闇の中を駆ける。
静寂の中に青年二人の石畳を踏む足音がやけに響いた。
「全く、迷惑な奴だな。お前、あいつがまだ図書棟にいると思うか?」
ウォークと並走するリーズはやや苦い顔をするウォークに問い掛けた。
するとウォークはじろっとリーズを睨む。
そうも『あいつ』呼ばわりが気に入らなかったらしい。
「いるよ。たぶん」
「たぶん、ねぇ」
だといいんだが、とリーズがぼやく。
学生の頃からそうだった。何かに夢中になると人の視線も人の声も周りの音も、何もかも消えた世界へとのめり込んで出て来なくなる。
そしてその集中力は驚く程長い。
「きっと何かに夢中になって時間を忘れてる」
「ふーん」
しれっと答えるウォークにリーズは顔をニヤつかせる。
「だったらこんなに焦ることないだろ?」
「嫌な気配がする。感じないの?」
「嫌な気配?」
ウォークの言葉にリーズは眉を顰めて周囲の気配を探る。
注意して気配を探ると微かだが黒い気配を感じ取れた。
「急ごう。図書棟方面に現れたのなら、狙われるのは彼女だ」
ウォークの言う通りだ。
闇が支配するこの時間帯は時魔が生者の心時計を求めて動き出す。
特に時計師の生命に強く惹かれる時魔は時計師を前に凶暴化する。
時計師は死者の心時計を止める特別な能力はあるが礼士のように時魔を滅する力はない。
礼士は魔物である時魔を消滅させる能力があり、時魔はそんな能力を持つ礼士を嫌う。
自衛能力のない時計師は格好の獲物だろう。
それにしても……。
「それにしてもよく気付いたな。お前のその索敵能力、宰相の側近じゃ役に立たねぇだろ」
「……礼騎士には向いてない」
「ちぇっ、勿体ないな」
遠方にいる微かな時魔の気配ですらも察知するなんて並の礼騎士には出来ない。
しかし、ウォークは適性試験で礼騎士としての基準を満たせず、礼騎士にはなれなかった。
試験内容や方法を見直した方がいいんじゃないかとウォークを見ていると考えさせられる。
「彼女、まだ建物の中にいてくれるといいんだけど」
ウォークの言葉にリーズは今考えることではないと頭を振る。
今はミスティアの安全を確保する事が最優先だ。
どうにもミスティアは大きな事件の歯車に巻き込まれたらしいというのはリーズも知っている。
時計師の不審死や失踪事件についてはかねてから危惧し、調査を行っている案件だ。
そしてミスティアを連れて来たのが王子だという。
あの女に興味がないことで有名な第五王子が女を助けに自ら出向いたのだ。
その意味するところは言われずとも分かる。
ミスティアに何かあったら俺の身が危うい。
自分の隣で苦虫を噛み潰したような表情をするウォークも同じ気持ちに違いない。
多忙を極めているのに余計な仕事を増やされたと感じているのだろうか……。
ウォークは自分にも他人にも厳しいことで有名だ。
後でミスティアのフォローをしてやらないといけないかもしれないと見当違いなことを考えながら、速度を上げたウォークの後を追い掛けた。
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