第三話 突然の連行と既視感と王子と命の危機
何だか遠くで声が聞こえる。
複数の男の声とがなり立てるような女の声だ。
アンだ。
アンは喧嘩になるとこれがまた耳がキンとなるような声を上げる。
天使のような容姿をしているが淑やかな性格とは程遠く、気が強く喧嘩っ早い。
昔から自分が陰口を叩かれたりしていると代わりに怒ってくれたのはいつもアンだ。
立場の弱い者に優しく、強いアンにいつも助けられている。
また何かあったのかなぁ……ん?
ミスティアははっとベッドから飛び起きた。
いつの間にか寝ていたようだ。
「誰か来てる?」
下の階から聞こえるのは誰かと言い争うアンの声だ。
「誰だ?」
基本、店の客には親切対応のアンだ。彼女と口論になるような質の悪い客に心当たりがない。アンと相性の悪いスタッフもいるがよく考えれば今日は定休日なのだ。スタッフの出入りもない。
ここにいるのは住み込み家政婦のアンとスタッフのミスティア、オーナーのタイラーだけだ。あとは気性が穏やかな番犬が二匹と愛くるしい猫が三匹、馬が二頭いるぐらいだ。
ミスティアは足早に階段を降りて店のドアを開けた。
アンの様子からただ事ではないことは察しが付いた。
「アン? 一体何があったの?」
「ティア! 来ちゃダメ!」
ドアを開けると目に飛び込んで来た光景に目を丸くした。
そこには白い制服を着こんだ男達が店内を埋め尽くしていたのだ。
詰まった襟首、胸元の勲章、帽子を身に着けた王宮兵士だ。
「王宮の兵士?」
何故、と思う前に既に心当たりはあった。
まさか……時計師を探しに来たの? 私を捕まえに……?
ミスティアの顔からさーっと血の気が引いた。
「ミスティア・ロンサーファスだな?」
一人の男が一歩前と進み出た。他の男達にはない金色のバッチが胸元で輝いている。
男は高圧的にミスティアを見下ろした。
「ティア、下がって」
「アン……」
ミスティアの前にアンが庇うように立つ。
「私はシュースタン・ボイル。王宮警吏隊一番隊隊長だ。ミスティア・ロンサーファス、お前には王族関係者の心時計を止めた容疑がかかっている」
やっぱりだ……どうしよう……!
一体どこでバレた? 私の顔は見られていないと思ったのに!
「王族関係者の心時計を無許可で止めることは重罪だ。お前を城へと連行する」
「一体何の根拠があって?」
アンがシュースタンの前に立ち塞がって言う。
「目撃証言がある」
「どこの誰が目撃者かまで話すべきじゃない?」
「話す必要はない。どけ」
「嫌だと言ったら?」
高圧的な態度を取るシュースタンにアンが食い下がる。
「おい」
シュースタンが部下に合図をすると部下達がミスティアとアンとの距離を詰め近付いて来る。
そして男の手がミスティアの方に伸びる。しかしその手はミスティアに届く前に払い除けられた。
「うわぁっ!」
バタンっと派手な音を立てて男が宙を舞い、床に転がる。
比較的、一般的な花屋よりは広いこの店も、店内には花が入ったバケツや花を使った装飾品が多く置いてある。その店内を埋め尽くすように何人も兵士がいるので非常に窮屈な状態だ。
アンが投げ飛ばした男が百合の花が入ったバケツを見事にひっくり返してくれた。
あぁ……私が育てた百合が……。
ミスティアが温室で育てて、一昨日の夕方に摘んで店に並べたばかりだった。
男は水を被り、身体で百合の花を踏み潰したことに対して抗議したいがそれどころではない。
「汚い手で……」
コキコキと関節を鳴らす音が耳に入る。
ヤバい……変なスイッチが入ってる。
こうなるとアンは怖いのだ。百合の花どころではない。このままでは店がぐちゃぐちゃになる。
「汚い手でティアに触るな」
獣が威嚇するようにアンは近付く男達を睨み付ける。
小柄な彼女が体格のいい男を投げ飛ばしたことに周りの男達が驚き、分かりやすく動揺している。
「これ以上近づけばその腕、使い物にならなくしてやる」
殺気を放つ小さな獣には国を守る兵士も身震いしているようだ。
「アン、いい。大丈夫」
「ティア!」
アンが暴れると事が大きくなる。
重罪がどれ程の罪なのか分からないしが命を取られたりはしまい。恐らくきっと絶対大丈夫だ大丈夫だ絶対。
ミスティアは心を落ち着けるために自分に言い聞かせる。
「詳しい説明は聞かせてくれるんですよね?」
死ぬ死なないとか、懲役何年とか、罰金がどれくらいするのかとか。
頭が真っ白になってこれ以上の質問が出て来ない。
「詳しい話を聞くのは我々の方だ」
冷たい物言いと共に手首に冷やりとした物が触れた。
「連行しろ」
背後に回った兵士に背中を押される。
無骨な手で逃げられないように肩を押さえられた。
掴まれた肩が痛い。もう少し優しくして欲しい。
「手錠は必要ないでしょう」
優し気な声と同時に掴まれていた肩が軽くなり、痛みが和らぐ。
「しかし副隊長、彼女は……」
「抵抗の意志もないし、あくまで容疑の段階だ。任意での同行に手錠は必要ない」
物言いたげな兵士に副隊長と呼ばれた男は言った。
「分かりました」
副隊長の指示で手錠を掛けた兵士はミスティアの手から冷たい金属を取り除いた。
手錠が外されたことで少しだけ恐怖は和らいだ。
ミスティアは手首を撫でて手錠が外れたことに安堵しながら、副隊長と呼ばれた男の顔を見た。
副隊長の顔を視界に捕えた瞬間、既視感を覚えた。
何だろう……どこかで会った事があるような、見た事があるようなないような。
細い目からうっすらと覗くのはエメラルドの瞳、色白で少し癖のある黒髪、この国ではあまり珍しくはない。ただ、他の兵士に比べると一つ頭大きい。まず他の男達と腰の位置が違う。高い。そして他の兵士と違う大きな点は纏う雰囲気が優しい気がする。
そして目に留まったのは髪の生え際にできた赤い発疹だ。肌が炎症を起こし、色白であるが故に悪目立ちしていた。
凝視し過ぎたのか、男はさっと目を逸らした。
「とりあえず、城に来てもらいます」
副隊長がそう言うとシュースタンが面白くなさそうな顔をする。
「副隊長、勝手な事をするな」
「彼女はまだ容疑者の段階です。抵抗の意志がなければ手錠は不要です。それに彼女は宰相閣下が目を掛けている優秀な花装飾師です。抵抗の意志もない彼女に手錠を掛けたと知れば酷く気分を害されることでしょう」
隊長と副隊長がいがみ合う光景を部下の兵士達は固唾を飲んで見ている。
「逃がしたら責任は君が持て。ウォーク・フェルナンデス副隊長」
「勿論です」
勝敗は決したようだ。
「行こう」
先ほどとは違い、今度は副隊長が優しく促す。
「ティア!」
背中越しでミスティアを呼ぶ声が響く。
不安の色を瞳に映してミスティアを見ている。
周りの兵士達が暴れ馬を宥めるかのようにアンを囲んでいる。
「ちゃんと戻るから、大丈夫よ」
後ろ髪引かれる思いでミスティアは王宮行きの馬車に乗り込んだ。
兵士と副隊長の間に挟まれるように座る。
向かいの席にも兵士が二人だ。逃げようとは思っていない。
右隣に座る副隊長の顔を横目で見る。
やはり、知っている気がする。ってか知っている。
しかし思い出せない。
ミスティアは記憶を呼び起こそうと頭を捻るが思い出せない。
「僕はウォーク・フェルナンデス、王宮警吏隊一番隊副隊長です」
この人はウォークというのか……人違いだな。聞いた事ない名だ。
「これから王宮の取調室に向かう訳ですが」
「はい……」
説明を始めたウォークにミスティアは頷く。
「取調室に入ったら最後、恐らく出て来れません」
「え」
「恐らくそのまま留置場からの投獄です」
「えぇ⁉」
さらりと言われてミスティアは驚嘆し、そして凍りついた。
私……このまま一生外に出られないの? 私の人生これで終わり?
事情話せば情状酌量の余地ぐらいあるんじゃないの?
「待って! 私、時計は止めたけど、でも王族の関係者なんて知らなかったんです! それに、あのまま放っておいたら……」
人を襲う化け物になってしまう。
「うん、分かってるよ。王族関係者が時魔になって人を襲ったなんて事はあってはならない。本来なら心時計を止めるはずの時計師がおらず、あなたには迷惑をかけた。王族関係者の心時計の停止は重罪だが勿論例外はある。今回はその例外に当たるはずなんだ」
「え? じゃあ、私死なない? 人生終わらない?」
希望が見えた。
ミスティアはウォークの腕に縋りつくように言った。
「いや、このままだと死ぬし、人生終わるよ」
「……え?」
何か違くない? 例外に当たるのに? 助かるんじゃないの?
ミスティアは混乱で再び頭の中が真っ白になってしまう。
「そうなると困るからわざわざ来てやったんだろ」
今まで無言だった左隣の男が声を発した。
しかもその声には聞き覚えがある。
「え? その声……」
深く被っていた帽子を取り払い、現れた顔にミスティアは唖然とする。
「カフティ!」
「今朝方ぶり。指を刺すのは止めなさい」
思わず自分の方に向けていた人差し指を優しく降ろしてカフティは言う。
「ねぇ、私……捕まったまま死んじゃうの? 私どうなる?」
まだまだしたい事が沢山あるのだ。美味しい肉食べたいし、ケーキ食べたいし、読みかけの本は続きが気になるし、新刊まだ読んでないし、花の世話もずっとしていたい。休みはもう無理だって思うぐらい寝たいし、暇だって思うぐらいの連休も欲しかった。
悔いが残り過ぎる。
残して来たアンも心配だし、お世話になった父代わりの店長やスタッフには何一つお礼を言えていない。大好きだった祖母と母の墓前にも手を合わせていない。
ミスティアは突如、襲ってきたこの状況を受け止めきれていない。
「落ち着きなよ。大丈夫だから」
ぐっと強い力で引き寄せられてミスティアの身体がカフティに大きく傾く。
胸の中にすっぽりと収められて子供をあやすように背中を撫でられた。
「大丈夫だから」
大きな手が頭を包むように乗せられた。
温かい手に触れられて、自分が恐怖と緊張で酷く震えていたことに気付いた。
「うん、ゆっくり深呼吸して。大丈夫、落ち着いて」
優しい声が耳に触る。
カフティの手が髪の上を何度か滑り、その手が離れる事にはミスティアの震えも収まっていた。
「落ち着いた?」
「いや、あんまり」
カフティの問い掛けにミスティアは答えた。
頭は混乱しているが先程よりは思考は落ち着いていると思う。
「でも、もう何がどうなってんの?」
身に覚えはあるのだけれど。
深いため息が出る。
「とりあえず、移動しながら説明するね。ウォーク、オスカー、頼む」
「承知です」
カフティの言葉にウォークとウォークの向かいに座ったオスカーと呼ばれた兵士が頷き、馬車の扉を開けて馬車から降りる。
『副隊長、いかがなさいましたか……うっ』
ガタンっと一瞬だけ馬車が大きく揺れ動く。
気のせいか、何だか呻き声のようなものが聞こえたような……。
再び扉が開く。
「出発します」
ウォークがミスティアの隣に腰を降ろす。
オスカーの代わりに別の男が向かい側に座った。座ったと言うよりは座らせられたと言った方が正しい。
「ねぇ、この人大丈夫なの?」
「まぁ、大丈夫でしょう。少し休んでもらっただけだし」
ミスティアの問いにウォークはさらりと答える。
「本当に?」
ミスティアは再度男に視線を向ける。
白目剥いてんだけど……。
男は魂が抜けたかのように口を半開きにして白目を剥いていた。
大丈夫……なのか?
「そのうち目が覚めるから大丈夫だよ。これぐらいでどうこうなるような鍛え方してないから。たぶんね」
「たぶん?」
「能力には個人差があるからね」
「まぁ……仰る通りですが」
確かに見た限り外傷はないし、ただでさえ屈強な男達だ。ちょっとやそっとじゃ死にはしないだろう。
ツンツンっとカフティがミスティアの腕を突っついた。
「とりあえず、時間もないから手短に説明するよ」
「う、うん」
そうだ。人の心配をしている場合じゃない。自分の心配しろ。
「ウォークが言った通り、このままだと死ぬ可能性が高い」
「何で? だって例外はあるってこの人言ったじゃん!」
「本来ならね。でも今は例外の例外。本来は働かない力が働いている。だからあなたは巻き込まれたんだ」
「巻き込まれた?」
どういう事?
「昨晩、止めたでしょ? 時魔になる寸前の人間の心時計を」
「それは……」
ここでその事実を認めるべきか、否定するべきか、考えあぐねているとカフティは大丈夫だ、と態度で示す。
「それに関してはお礼を言わなきゃならないんだけど」
そう言ったのはウォークだ。
「昨晩は本当に助かったよ。ありがとう。あなたがあの場に居合わせなければ、王家の顔に泥を塗り、シャーロット様の魂が報われないだけでなく、国民の命さえも脅かす事態になり兼ねなかった」
深々と頭を垂れるウォークにミスティアは戸惑う。
「もしかして昨晩の目撃者って……」
「このウォークだ」
やぱり……。
「俺は昨日、命を受けてお亡くなりになったシャーロット様を城へお連れする役目を仰せつかった。しかし悪天候のために回り道を余儀なくし、心時計を止めるはずの時計師が手違いで現れず、城までもう一歩の所で遺体が時魔化を始めた」
時魔化を始めたらそれはもう止められない。止めることができるのは時計師だけだ。
完全な時魔へとなり果てたらそれはもう斬るしかない。人ではなく、人を襲う化け物は野放しにはできない。斬るしかないのだ。人として葬られることを許されず、骨すら残さず消えるしかないのだ。できることなら、人として生き、人として送り出してやりたい。
「しかし、現れたあなたが彼女を人に戻した。人として過ごした時間を、形として残していける。お礼を言う前にあなたはいなくなってしまった」
「関わりたくなくて早々に立ち去ったの。疲れていたし、眠かったし。顔は絶対見られていないと思ったのに」
気を付けていたつもりだったが見られていたことに驚いた。
フードはしっかりと深く被っていたし、薄暗くてミスティアは周囲にいたウォーク達の顔など見えなかった。自分から見えていないのだから相手からも同様に、はっきりと顔は見えていないと高を括っていた。
甘かった。
「まぁ、ウォークじゃなければ気付かなかっただろうけどな」
「本当は、時計師は知らぬ存ぜずで通すつもりだったんですが……」
どういうこと? 夜目が効くとか? 特別視力がいいのかしら?
「遅いか早いかの違いだ。どちらにせよ、国は時計師を見つけ出そうと動くだろう。早い段階でこちらに渡って良かった。本当なら今朝の段階であなたが俺に正直に明かしてくれていればすぐに手を打てたんだが」
じっとりと横目で睨まれる。
今朝、どうしてカフティがあんなことを質問してきた意味を今更ながら理解した。
あの時点でカフティはミスティアが時計師で王族関係者の心時計を止めてしまったことを把握していたのだろう。
「で、これからについてだが……」
カフティが言うと同時に馬車が大きく揺れ動く。
道が悪いのだろうか? しかし城に向かう道がこんなに悪いわけはない。ならば運転が荒いのだろうか?
そんな風に思っていると身体が右側に傾いた。
「きゃっ」
咄嗟にそばにあったものに掴まる。
「あ、す、すみません」
ミスティアが掴まったのは右隣に座るウォークの腕だった。
慌ててぱっと身体を離すが再び身体大きく傾く。
「うわっ」
今度は反対側にいるカフティの方にだ。
「良いよ、掴まって」
このままだと先程より強くカフティと衝突するだろうと思われた。
しかしウォークの腕が肩に回り、身体が遠心力で振り回されるのを防いでくれる。
しっかりと逞しい腕に抱かれるような形になり、驚いたが馬車の振動と遠心力に振り回されるよりはいい。
馬車が揺れ続ける中、ミスティアはそのままウォークに身体を預ける。
「今後のことだけど」
「は、はい?」
ウォークが耳元で囁くような優しい声音で話始める。
「あなたが生きるための方法、一つ目は逃げること。でも高確率で掴まり、首が落ちる」
「それ選択肢じゃなくね?」
死ぬじゃん、生きる可能性ほぼゼロじゃん。
「もう一つはこれ」
今度はカフティの声が耳に触れる。
ち、近くない?
顔を左に向けるとすぐそこにカフティの顔がある。
ウォークの端整な顔と目鼻立ちのはっきりとした甘い顔に挟まれるとなんだか落ち着かない。
状況が状況ならば少しばかりドキリとしたかもしれないが生きるか死ぬかの瀬戸際でそんなことを考えている余裕はない。
ミスティアはカフティが取り出した一枚の紙に視線をやる。
ガタンっと一段と大きな振動と共に馬車が停車したのが分かった。
馬車の外が騒々しくなり、乱暴に扉が叩かれる。
扉が開かないようにウォークとカフティの向かいに座った兵士がすぐさま腰を浮かせて扉が開かないように押さえる。
「ここにサインちょうだい。そうすれば助かるから」
「は?」
「助かりたいならここに名前書いて。大丈夫だから信じて」
何だ、この悪徳商法みたいな状況は。
「ちょっと待って、何書いてあるか確認して……」
流石に言われるがままサインなんかできない。
自分にとって不利益な事が書かれていたら、それこそ人生を大きく損ねかねない。
しかし、書類の内容を確認しようと視線を走らせるが内容が頭に入らない。
ドンドンと扉を叩く音が焦燥感を煽り、思考を奪う。
いつの間にかペンを握らされ、書面を前にミスティアは身体が震えた。
「時間がないから早くして」
「でも……」
もう少し時間が欲しい、と言おうとした時だ。
力が入らない手にそっとカフティの手が重なる。
「大丈夫って……手冷たすぎ」
カフティは小さく笑って、ミスティアの手に自分の手を重ねたまま導くように書面にペンを走らせた。
「ティアのことは」
瞬く間に名前が刻まれ、握っていたペンとカフティの手が温もりを置いて離れる。
その代わりにその温もりが頬に触れる。
そっと頬を撫でられ、温もりが身体の強張りが溶けていく。
「ちゃんと守るから」
宣言するようなカフティの言葉にミスティアは不安はあるものの、カフティを信じたいという気持ちも込めて大きく頷いた。
「信じるからね」
「今朝の時点で俺を信じて正直に話してくれていればそもそもこんな緊迫した状況になってないから」
まるで俺を信じないあなたが悪い、とでも言いたげだ。
そこで俺の信用がないのが悪い、とは思わないのがカフティだ。
「もういいですか?」
ウォークの問いにカフティは頷く。
「開けろ」
押さえていた扉を放すとすぐさま荒々しく扉が開かれる。
扉の外は見えるだけ一杯に兵士が見える。
「どういうおつもりですか副隊長!」
外から聞こえるウォークを責める声にミスティアは身を竦めた。
「降りるよ」
怒号を気にも留めずウォークはミスティアの手を取って、堂々と下車する。
馬車から降りると自分がいる場所を知り、ミスティアは驚きで目を丸くする。
そこはシェルリード国、王都アルマの中心にそびえ立つ王城。
「何故、罪人をこのような場所へ⁉」
自分達を取り囲む兵士の一人が言う。
それは私も是非聞かせて頂きたい。
なぜならばミスティアが立っているのは王城、エンディアの正門前なのだ。
罪人はもちろん、容疑が掛かっている者や兵士、城に給仕する者は基本的に正面入り口からの出入りは禁じられている。
祭事や祝い事などの城を解放する機会は例外だが。
ミスティアも仕事で城を訪れる際は裏手の使用人入口から出入りしていた。
改めて正面から城を眺めると、その荘厳作りが自分を飲み込もうとしているのではないかと錯覚を覚える。
しかし、何故か身体に馴染むような懐かしさもある。不思議な感覚が身体に絡みつくのだ。
「どういうつもりだ、フェルナンデス副隊長。罪人を国家の顔とも言える王城の前に連れて来るなど! 事と次第では君も罪人とみなす」
「彼女は罪人ではないし、彼も罪人にはならないよ。ボイル隊長」
ミスティアの後に続いて優雅に馬車を降りたカフティにその場の視線が集中する。
「な、何故ここにカフローディア殿下が⁉」
「殿下?」
カフローディア殿下とはシェルリード国の第五王子だ。文武に長け、兄弟王子の中でも将来が期待できる優秀な王子と聞く。
そんな国期待のホープがどこにいるというのか。
ミスティアは周りをキョロキョロと、見渡す。
しかしそんな威光のある人物はどこにいるか分からない。
「ねぇ、カフティ、その王子ってどこにいるの?」
隣りに並ぶカフティに耳元でこそっと問う。
「ここ」
「どこ?」
「ここだよ」
「だから、どこに……」
そこで周囲の視線の異質さに気付いた。
自分は容疑者なので視線を集めても仕方ない。だが罪人を軽蔑するような視線ではなく、お前は何てことをしてるんだ、というような叱責が飛んで来そうなものだった。
「だ・か・ら・お・れ・だ・よ」
カフティは自分を指さして、ふんっと鼻を鳴らす。ミスティアを見るカフティは完全に呆れ顔だ。
「はい?」
いやいやいやいや、ないでしょ。
王子様が自ら町に降りて買い物しますか? 宰相様のお使いしますか? 顔がやつれるほど徹夜しますか? いや、しないだろう普通は。
まさか、目の前のカフティが王子様なんてそんな馬鹿な。
「君が王子なんてそんな馬鹿な。大体名前が違うし」
「カフティという名は王子の愛称ですよ。外出時はそう名乗っているんです」
ミスティアの疑問に答えたのはウォークだ。
「カフローディア・リジェ・シェルリード様。この国の第五王子であるお方です」
恭しい態度でウォークがカフティの紹介をする。
私、今まで国家の重要人物に慇懃無礼な態度を取っていたんじゃ……。
今までのことを振り返ると、とても王子に対しての態度ではない。知らなかったとはいえとんでもない事をしてたんじゃないのか。
「王子、失礼ながらどういうおつもりでこの者をこのような場所へ? そもそも何故貴方様が……」
恐縮しながらもシュースタンが言葉を発した。
その言葉にはミスティア達を円状に取り囲む兵士の疑問を代弁していた。
その時ミスティアは自分達を取り囲む兵士達と自分達の間にミスティア達を庇うようにシュースタン達を牽制している兵士が数名いることに気付いた。それは同じ馬車に乗っていた兵と他三名ほどだ。
この兵達は味方なのだろう。
ミスティアと並ぶように立っていたカフティは数歩前へと進み、それに続いて馬車へ同乗していた兵士が進み出た。兵士が先程、ミスティアが名を入れた書面を皆に見えるように掲げた。
「ミスティア・ロンサーファスは王宮時計師として国に仕えてもらう。これより国王陛下へ謁見賜る。道を開けよ!」
高らかに宣言するカフティにミスティアは言う。
「……何ですと?」
シュースタンの言葉にミスティアは深く同意する。
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