時計師ミスティアは毒を食む~花の時計師は同級生騎士様を救いたい~

千賀春里

プロローグ 朝焼けを前に

 広い廊下に響く足音がある。


 年寄りはえらく早起きだと思っていたがよもや自身もそうなるとは思ってもみなかった。


 白く光沢のある絹の夜着は着崩れてシワが寄っている。


 人気のない廊下に響くのは自分と自分の後ろを離れてついて来る見知った顔の護衛二人だけだ。

 まだまだ窓の外は暗く、人の喧騒も鳥の囀りも聞こえてこない。


 しかし年を取った自分はもう寝台に横になってはいられないらしい。


 特にすることもなく、無意味に廊下を歩いているとバルコニーに人影がある。


 年寄りは自分だけではないらしい。そしてこちらの方は堅苦しい護衛もつけずにいる。


「年を取ったな」


 そう言うとその人物は不愉快そうにこちらを見る。


「若かりし頃は性別が違えば傾国の美姫になっていたであろうと評判だった男も今となればただのじじいだな」


 艶やかに輝いていた黒髪は気苦労が絶えないせいで色素が抜けてしまっても銀糸のようになり豊かな毛量とともに男の矜持を保っている。世の男達が羨むものを何の努力もなく保っているのだからこれくらいの嫌味は許されるはずだ。


「お前だって同じだろう」

「私は三つも若い。心も若い」


 そう言うと呆れ顔で溜息を疲れる。


「鍵はいつ現れるんだ?」

「さぁ? 一年後かもしれないし、十年後かもしれない」

「そんなに待てるか。やっと尻尾を掴んだんだぞ。あの親子にも……」


 苦悶の表情を浮かべてバルコニーのきつく掴む。


「だからこそ焦る時じゃない」

「そう言って何人も死なせた」

「あれだけ手を尽くしていたんだ。相手は慎重で巧妙、狡猾で卑劣だ」

「……」

「気に病み過ぎだ。それに鍵が手に入るのは明日かもしれないし」


 そう言うと隣に立つ男はゆっくりと顔を上げた。


「今日この日かもしれないのだから」


 二人の兄弟は並び立ち、空を見上げた。

 空はうっすらと明るくなり、夜明けが近付いてきているのを感じた。

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