相乗りタクシー

小野澤シェリー

第1話 雨が降った


「お先に失礼致します。」


いつからだろう、こんな言葉がビジネスマンのコモンセンスになったのは。20時02分は、そもそも定時の17:20からは大きく過ぎた時間である。特に失礼もしていないのに、なんてつまらない愚痴を飲み込みエレベータへ駆け込んだ。


銀行の夜は長いのに、扉が閉まる時間は早い。20時を過ぎると、地下鉄直通の通用口を利用することはできなくなる。しょうがないから僕は裏口から銀行の外に出て、一度屋外を経由し再び大手町の駅へ潜るのだ。


「お疲れ様でございました」

ガタイの良い警備員さんとの挨拶を終え、非常口から外に出た。


10月の風はちょうど冷たく心地よい。オフィスの中は良くも悪くも冷暖房が効きすぎるから、自然のおかげで感じることのできる風や熱量が僕の期待値に沿った時、それはとてつもない快感となる。


ホームへ降りる出口はどこだと辺りを見渡したちょうどその頃、頰に冷たい感触を浴びた。突然雨が降り出したのだ。


本来なら、徒歩10秒ほどでたどり着ける地下通用口へ早足で駆け込んで、大手町から最寄りの三鷹へ向かう東西線のホームへ向かうべきだった。一刻も早く帰宅し、帰りにコンビニで調達した発泡酒とつまみで一杯やったあと、何も考えずに眠ってしまいたいと考えているはずだった。


その日はなぜか、特別な気分がした。


僕はしばらくその場に佇んだ。やがて、雨音が大きくなるのを肌で感じると同時に、地下鉄への階段へ背をむけ、いそいそと道路に向かって歩き出した。気がついたら、ルーフに明かりの灯る一台の自動車に向かい右手で合図を送っていた。


「こんばんは、お兄さん。雨降って大変だね。どっちまで。」


僕は、一台のタクシーに乗り込んだ。


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