ありがとうの言葉

月🌙

第1話

 ――俺が彼女と過ごした時間はほんの些細なもの。それでも、俺は、彼女との思い出を決して忘れることはないだろう。


 彼女と俺が出会ったのは、一週間前の事だ。


 俺は、サッカーの部活中に足を怪我してしまい、病院で入院することになった。入院している周囲の人は、お年寄りや大人達ばかりで当時の俺は話し相手や遊ぶ相手が居なくてつまらなかった。

 そんなある日の朝。

 彼女は、俺の病室に突然やって来た。


 ――コンコン


 誰かが俺の病室のドアをノックする。


(ん? もう、診察の時間か?)


 朝早くに目が覚め、何もすることも無いし今はベッドから動くこともあまり出来ないので家から持って来た漫画をベッド上で読んでいた。

 看護師には「また漫画ばかり読んで。ちゃんと勉強もしなきゃ駄目よ?」などと母親が言うような言葉を言う女看護師に嫌気がさしていた。

 だから、俺は扉が開く前に慌てて漫画を枕の下に隠した。

 俺は「どうぞ」と、返事をする。


「あ、あの……」

「あれ?」


 てっきり、いつものお節介な看護師さんかと思えば、現れたのは全然違う人だった。

 扉に隠れるように部屋を覗くのは、俺と同じぐらいの年の小柄な女の子。黒い髪は長く、二つに分けて白い花の髪飾りで三つ編みをしていた。いかにも清楚で可愛らしい入院している女の子という感じだ。

 その見知らぬ女の子は、恐る恐る部屋の中に入ると恥ずかしそうな顔でチラチラと俺の顔を何度も見る。

 まるで、これから告白でもするかのようにも見える。


(えっと……誰だ?)


 これが学校の体育館の裏とかなら、もしかして――と思うかもしれないが、残念ながらここは消毒液の臭いが充満している病院だ。告白とは到底思えなかった。


「あ、あの……初めまして」

「はぁ、初めまして」


 曖昧な返事をする俺に、目の前の女の子は嬉しそうな顔をした。何故そこで喜ぶのかよくわからない。


「………」

「………」


 お互いの間に沈黙が流れる。


 俺は彼女が名乗り出るのを待っていたのだが、どうやらここは俺から何か言った方が早いらしい。

 俺は、彼女が誰なのかを聞こうと口を開いた。しかし、先に言葉を発したのは彼女の方だった。


「あのっ、私、206号室に入院している下崎癒花しもざきゆかです! あ、あのね! ここの病院って大人ばかりでしょ?だ、だからね、初めて年が近い子が入院してきたよって看護師さんから私話しを聞いたの!」


 あまりの早口で言われ呆気に取られる。


「そ、そうなんだ」

「うん。そ、それで、あ、ああの……!!」

「えっと、何?」


 癒花は服の裾を弄り、言おうか言わないかどうしようか悩んでいる顔をしている。

 よく見ると、耳が赤くなっていた。


(もしかして本当に、こっ告白…とか?!)


 モジモジとしている癒花の恥じらいに、何故だか俺までも恥ずかしくなり、つい癒花から目を逸らす。心無しか俺の心臓はドキドキと鳴っていた。ちょっぴり期待もしているが……そこは置いておこう。

 癒花はぎゅっと目を瞑る。意を決したのか深呼吸をなんだかすると、真っ直ぐな目で俺を見て口を開いた。


「わ、私とお友達になってください!!」


 大きな声で言われ、尚且つ、右手を差し出してきた姿に俺は唖然となる。癒花のその姿は、昔でいう「俺と結婚して下さい!」と言いながら45度の角度で頭を下げ手を出すのと全く同じだ。

 唯一違うのは台詞だけ。

 口はポカンと開き、俺の脳内は一時停止する。何せ、そんな事を女の子から言われたのは初めてだったからだ。というか、今の時代「友達になって下さい!」と言う子や人は早々居ないだろう。

 ふと、癒花の手を見る。彼女の手は、若干震えていた。余程緊張しているみたいだ。


(と、友達宣言された。しかも、顔は真っ赤でチワワみたいに震えてるし……)


「……ぷっ」

「ぷ??」


 下を向いて手を差し出していた癒花は、顔だけを上げて首を傾げる。


「あはははっ! あははは! ふ、ふふふっ……」


 突然笑いだした俺に驚いたのか、癒花は手を引っ込めその場で慌てふためく。俺はその姿も面白くて、ベッドの上から腹を抱えて笑っていた。


「あははははっ! えっと、下崎さんだっけ?」


 笑いで出た涙を腕で拭うと、とりあえず深呼吸をして落ち着く。油断すると、また笑ってしまいそうだが、そこは我慢だ。


「は、はい! そうです! あ、あの、私のことは、ゆっ癒花でいいですよ?」

「そう? なら、癒花って呼ぶよ」

「は、はい!」

「俺は、葛城悠かつらぎゆう。俺のことも悠でいいよ」

「はい!」

「じゃ、今日から宜しくな。癒花」


 俺はそう言って、今度は俺から癒花に向かって手を差し出した。癒花は、俺の手を嬉しそうな顔をしながら両手でぎゅっと握り返してきた。


「よろしく、です!」

「ははっ! 後、その変な敬語も無しな。友達なんだからさ」

「はい!じゃなくて、うん!」


 これが、俺と彼女――癒花との初めての出会い。

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