いじめられっ子




 俺は県内の高校に勤めているごく普通の中年教師だ。自分で年取っていることをアピールするつもりはないのだけど、それだけ経験とキャリアを積み重ねてきたというわけだ。体育大学を卒業してはや20年、今まで卒業させてきた生徒はいざ知らず。授業で関わってきた生徒なんざ、四桁は優に越していることだろう。


 そして、俺は去年から生活指導担当の主任を担わされることとなった。責任が自身に増えるのは面白くないことだが、その分生徒に注意しがいがあるってもんだ。「俺は主任の立場を持って発言しているんだぞ」と。


 今日も、俺は生活指導室に二人の男子生徒を呼んだ。A男とB太である。二人とも髪の毛をガッツリと染め上げて、首にはジャラジャラと鳴る輪っかを通している。


「えー、まずお前らはなんでここに呼ばれたのか分かるか?」


 ニヤニヤと笑みを浮かべながら、二人は答えないでいる。


「じゃあ、俺が代わりにいってやろう。先週の金曜日、お前らは2組の田中ユキさんの下着を覗いたということだが。言い逃れはできねえぞ、本人から訴えてきたんだからな」


「いや、それは」A男がいう。「B太がやったことで、俺は見てねえ」


「は? お前も見ただろ?」


「知らねえって。おらっ」


「ちょ、いてえっつーの。先生、A男君がやりました」


「お前ら、一旦落ち着け」


 はーあ。呆れた。俺は大きなため息をつく。


「まず、A男に訊こう。お前は田中の下着を見たのか?」


「見てねえって」


「あ、てめえ自分だけ逃げようと」


「B太は黙ってろ」俺は声を張り上げた。「それは本当か」


「ああ。本人に聞けば分かるぜ。B太だけがやったことだって」


「と、A男はいっているが、B太。どうなんだ」


「嘘っぱち、すよこいつ。ドーザイドーザイ。むしろ主犯格っすよ」


「あ、てめえうぉい」


「ああ、うるせえな」俺は面倒くささを込めて、奴の言葉を遮断した。二人の夫婦漫才を見ているのは、飽き飽きである。


「主犯とか共犯とかはどうでもいい。お前ら二人が田中への嫌がらせに関係してるってことでいいんだよな」


「なんだよ、それー」A男が声を上げた。「ちょーリフジンじゃーん」


 B太が茶々を入れる。「はい、乙。やーい」


「うっせえな。じゃあ、お前ユキのパンツの色何かいってみろよ」


「……白」


「はい、カクシンハーン。俺、色とか模様とかしらねーもーん」


「黙れ黙れどうでもいい」俺は手をブラブラ振る。「なあ、お前らそんな勝手なこといって、田中の気持ち考えたことあんのか? 人の嫌なことをしないって小学校で習わなかったか?」


 二人は、示し合わせたように口を閉ざしている。このタイミングだ。


「いいか。お前らのやったことはいじめのようなものだぞ。幸いにも、被害者がまだ元気に登校しているからいいものを。ちょっと、いたずらが過ぎるんじゃないのか」


 俺は、俯くB太に目を向けた。「それに、B太。お前がこんなことするとは、俺は残念だ。高1のときは比較的成績優秀だったのに、今は下から数えたほうが早い方だ。どうしたんだ?」


「……すーません」


「分かったのなら、早く戻れ。ほら、A男もだ。反省しろよ」


 しゃーせん、と二人は首を曲げながら、小部屋から出ていった。


 ふぅー、と俺は息を吐く。任務完了。単純ないさかいだ。若い教師は、この程度でも大騒ぎしようとするが、俺みたいに誠意よく接していれば解決できるんだよな。


 クシャリ、と俺はメモを書いた裏紙を丸めた。






「……チッ、あの生活指導うぜえんだよ、ゴリラのくせして言葉しゃべるとか舐めてるわ……なんだよてめえ、その目はっ」


 B太は狼狽うろたえた。「え、い、いやあ、別に」


 A男は彼の胸ぐらを掴む。

「俺たちはダチだよな? そうだよな? なのに、自分だけいい思いしちゃってさ。どうだ? ユキのケツ触ってみて」


「それは、A男がやれって――」


「うっせえよ」A男はヘッと笑った。


「ユキの奴、めっちゃキモがってたぜ。お前のこと。ナメクジのほうがマシだとよ、ハハハ。おらぁ、ナメクジ太よ、元気出せよ、ハハハ」







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