狩人の儀
雉里ほろろ
狩人の儀
リチャードは後悔と恐怖、不安に押しつぶされそうだった。
ああ、間違えた。どうして欲張った。どうして意地を張ってしまったと、先ほどから堂々巡りの思考を繰り返している。
既に日が沈んだ森は僅かな月明かりが差し込むのみで、いくら森歩きに慣れているリチャードとはいえ満足に歩くことは出来ない。
時折聞こえる獣の鳴き声や風で枝葉が揺れる音がひどく神経に障り、いつ腹を空かせた獣に襲われるとも分からない恐怖に挫けそうだった。
それでも彼は足を止めず、闇に包まれた森の中をさまよい続ける。もう自分が森のどの辺りを歩いているのかも定かではなく、どちらに進めば森を抜けて村へ帰れるのかも分からない。
それでも彼が足を止めない理由は。
『こっちだよ……』
まただ。また声が聞こえた。男とも女ともとれる、子供にも老人にも聞こえる不思議な声だ。
リチャードを誘うように声が聞こえる。もうリチャードはこの不思議な声の導きに縋るしかなかったのだ。
もしかするとこの声は疲れ果てた自分に都合良く聞こえるだけの幻聴ではないかと、何度疑っただろう。
それでもリチャードは、この声の導きだけを頼りに森を歩いた。
何故、リチャードが暗い森の中をさまようこととなったのか。それは今日が彼の将来を大きく左右する日だからだ。
狩人を目指すリチャードは、今日で十五になる。そして十五歳の誕生日である今日、一人前の狩人として認められるための儀式を行っていた。
『狩人の儀』と呼ばれる、昔から村で続く風習のようなものだ。狩人を志す若者は十五歳の誕生日に一人で森へ入り、獲物を仕留めて村へ持ち帰る。そうすることで初めて一人前の狩人として認められるのだ。そしてそれが出来なかった者は狩人としては認められないらしい。
厳しい風習だが、森から命を持ち帰る神聖な職として村人から尊敬される狩人になるには、それほど厳しい試練も必要になるのかと、リチャードは納得していた。
そしてリチャードも手製の弓と矢、そしてナイフを持ち、この『狩人の儀』に則り一人で森へと狩りに出たのだ。
ところがどうだろう。獲物を求めて森を見て回るリチャードだったが、今日という日に限って鹿や猪どころか、小鳥の影すら見つけられない。気がつけば日暮れも近くなり、疲れも出ている。
しかし獲物を村へ持ち帰ることが出来なければ、狩人への道が閉ざされてしまう。焦ったリチャードはあと少しだけと欲を出し、結果こうして夜の帳が落ちた暗い森に一人となったのだ。
『こっちだよ……』
もう何度目か分からない声に従い、疲れて棒になった足を動かしていると、突然目の前がひらけた。
森を抜けたと思いリチャードは安堵の息を漏らしたが、すぐにそうではないことに気付いた。
「泉……?」
彼の目の前に現れたのは小さな泉だった。こんな場所、この森にあったのかとリチャードは驚く。
凪いだ水面は月の光をきらきらと弾き、この世の光景とは思えないほどに美しかった。自分はいつの間にか死後の世界にでも迷い込んでいたのかとリチャードに錯覚させるほどだ。
引き寄せられるようにふらふらと、リチャードは水辺へ近づく。のぞき込んだ泉の水は驚くほど澄んでいて、鏡のようにリチャードの顔を映していた。
ごくり、と喉が鳴り、思い出したように喉の渇きを覚える。
両の手のひらで水をすくい上げ、飲み干した。冷たい水が喉を通り体を潤す。疲れでぼんやりしていた頭が冴える。
ふぅ、と息をついてリチャードは口元を拭った。
『よう、やっと一息ついたか?』
突然の声に驚いたリチャードは体を跳ねさせ、慌てて周囲を見回した。そしていつの間にか自らの背後にいた一匹の狼に気が付く。
灰色の毛並みを持つ成体の狼だ。一頭だけとはいえ、この距離で襲われればひとたまりもない。リチャードは狼から目を離さずに姿勢を低くし、腰のナイフへ手を伸ばし、留め具を外して、
『おいおい、そんな物騒なものに手を伸ばすんじゃない』
驚愕のあまりナイフを取り落とした。今、目の前の狼から声が聞こえたような気がしたが。
『何だい、喋る狼がそんなに物珍しかったか?』
器用にもクツクツと喉を鳴らして笑っているのは、やはり目の前の狼だった。
その狼はのしのし歩くとリチャードのすぐ側、水辺の際までやってきた。
『ここはいい水飲み場だろ? 森の動物たちもよく使うのさ』
口先を水につけ、ひとしきり泉の水を飲んだ狼は顔を振って呑気に水滴を飛ばす。
「……何なんだ、お前は?」
『何なんだ、と言われてもなぁ。お前が人間であるように、俺は見ての通り狼だよ』
「言葉を話す狼がいるものか」
『そりゃ、お前が今まで見たことがなかっただけじゃないのかい?』
狼の屁理屈にリチャードの目つきが険しくなる。それを見て狼は肩をすくめ――狼の場合、肩と言うより前足の付け根になるのだろうが――やれやれといった具合で口を開いた。そのちょっとした仕草一つ一つが妙に人間らしい。
『そう睨むなよ、ちょっとからかっただけじゃないか』
「……お前が俺をここまで連れてきたのか?」
『そうだよ。ちゃんと声をかけてやっただろう?』
何でもないことのように狼は言う。
「どうしてだ?」
『質問が多い奴だな……。まぁ、大抵の人間は俺を質問責めするところから始まるが。
どうしてって、そりゃ俺が迷子を見つけたら手を取って親元まで連れて行ってやる心根の良い奴だから――睨むなって、悪かったよ』
一向に話を進めない狼にリチャードは憤りを覚えた。
『俺はお前達人間からみると……そうだな、さしずめ森の精霊といったところか』
「精霊だって?」
『ああそうだ。今は狼だが、明日は子連れの鹿かもしれない。明後日は蝶を誘惑する花かもしれない。確かなことは、俺はこの森そのものだということだ』
森の精霊とはにわかに信じがたい話だ。言葉を話す狼と、森の精霊とでどちらが現実味があるかといえば、どちらも大差ないが。
『それで、どうして俺がお前をここまで連れてきたのかという話だが、それは俺がお前たちの試験監督だからだよ』
「試験監督? どういうことだそれは」
試験とは一体何だろうかと、リチャードは首を傾げる。それを狼は呆れたように首を振った。
『おいおい、まさかどうして自分が森に来たのか忘れたわけじゃないだろ?』
狼の言葉でリチャードは気がついた。つまりこの狼の言う試験とは『狩人の儀』のことで、試験監督ということは。
『いやぁ、大変なんだぜ? 一日中歩き回りながら森の生き物たちに、危ないから近づくなって呼びかけるのも』
この狼の言うことが本当なら、リチャードが獲物と巡り会えなかったのはこの狼の仕業らしい。
「……つまり、俺はお前に認められなかったということか?」
『いや、そうじゃない。俺はお前達の儀式を見届け、狩人に相応しいかどうかを判断する。だが、動物たちを狩人に近寄らせないのは、儀式とやらで森にやってくる奴なら誰に対してもやってきたことだ。お前に問題があったわけじゃない。そうして獲物に巡り会えずに森を出ようとした狩人見習いをこうしてここまで連れてきて、それからようやく本当の儀式が始まるのさ』
「……随分と性格が悪いな」
『そういう儀式さ。悪く思うな』
日暮れまで帰ろうとしなかった奴は随分と久しぶりだがな、と狼は笑う。自分でも馬鹿なことをしたと思っているリチャードはばつが悪い。
「……お前が森の精霊かどうかは、この際どうでもいい。本当の儀式がここから始まるというのは、どういうことだ?」
『どうでもいいって、また随分なことだな。まぁ、確かに俺が何であれ、お前さんには関係のないことか。
なぁに、本当の儀式といっても大したことをするわけじゃない。しばらく俺の話し相手になって、いくつかの質問に応えてくれればそれでいい』
面接みたいなものだよ、と狼は何故か愉快そうだ。
「……そうか」
この狼の言葉をそのまま信じるのなら、村の他の狩人達もこうして、本当の儀式とやらを乗り越えてきたのだろう。
まだ疑い半分だが、すでに夢のような状況をいくら疑っても埒が明かない。泉の周囲は枝葉が鬱蒼と生い茂り、月の光もほとんど通らずに暗い。そして疲労も限界に近く、村への帰り道も分からないリチャードにはこの狼の言葉を呑むしかないのだった。
「……じゃあ、その質問とやらを早く始めてくれ。疲れているんだ」
『そう焦るな。日も暮れて、話し込むにはちと寒すぎる。火を熾すのは、お前達の得意技だろう?』
足を畳んで丸くなりながら、狼はそう言った。
周囲に落ちた枝を集め、焚き火の準備を整えるリチャード。懐から取り出した打ち金で火を熾そうとするが、あまり上手くいかない様子だ。
『火を熾すのも、狩人に必要な能力だぞー?』
「うるさい、黙っていろ」
ようやくついた種火へ枯れ枝を与え、どうにか火を大きくする。
火の側にリチャードは腰を下ろした。座り込むと、忘れかけていた疲労がどっと押し寄せる。パチパチと心地よい音を立て枝が燃える。ゆらりゆらりと揺れる火の向こう側には、狼が身を縮めて丸まっている。
『遅いぞ。寒いじゃないか』
「……文句を言うなら手伝ったらどうだ」
『無茶を言うなよ。お前達と違ってこの前足じゃ、そう器用に物が持てないのさ』
火にあたりながら、気持ちよさそうに目を細める狼。丸まった体勢といい、そのまま眠ってしまいそうだ。
「おい、何寝ようとしているんだ。質問をするのではなかったのか」
『分かってるよ』
丸まった姿勢を変えず、狼は目だけを開けた。
『まず一つ目の質問だ。お前の名前は?』
「リチャードだ」
『そうか。よろしくな、人間』
リチャードの眉が怒りでぴくりと動いた。
「……お前の名前は?」
『狼の名前を聞いてどうするよ。それとも何か? お前は花も虫も動物も、みーんなお友達なんて言っちゃうタイプなのか?』
「ではどうしてお前は俺の名前を聞いたんだ!」
『自分の名前も言えない奴を狩人に認めるわけにいかんだろう』
ぐっとリチャードは言葉に詰まる。
薄々感づいてはいたが、この狼は随分と人を馬鹿にするのが好きらしい。
「……お前、良い性格してるな」
『ありがとう、よく言われるよ』
狼は皮肉すら軽く流してしまう。自分の他に誰に言われたんだと、リチャードは小さく悪態をついた。
『じゃあ二つ目の質問だ。今日の朝、何を食べた?』
「それが狩人と関係あるのか!?」
『良いから答えろよ。今日の朝、何を食べた?』
先ほどからこの狼の手のひらの上で遊ばれている気がする。リチャードは腹立たしく思いながらも、言われたとおりに今日の朝食を思い出す。
「……パンと、それから干した肉を混ぜたスープだ」
『それだけか? 何の干し肉だ?』
「鹿の肉だ。父が数日前、森で仕留めたものを食べた」
『お前の親父さん、狩人なのか。なら昔に俺と会ったことがあるな』
「そうなのか?」
『ああ。この森の狩人は、必ずこの儀式を行ったはずだからな』
リチャードの父親はそんなこと一言も言っていなかった。森の精霊と話したなどと言われても、おそらくリチャードは信じなかっただろうが、それでも息子に一言あってもいいだろうに。
『それで、パンはどうした? お前の家は畑も持っているのか?』
「いや、村の農家の方から貰ったものだ。毛皮や肉と交換して貰っている」
『なるほど。物々交換ってやつだな』
うんうんと満足そうに頷く狼。何が彼の気を良くしているのかリチャードにはさっぱり分からないが、今のところ受け答えに問題はないらしい。
『それにしても、お前達はよくもまぁ色々思いつくよな。農耕だの交易だのと。上手に生きているものだとつくづく感心させられるよ。いつか森がなくなって俺たちがいなくなっても、きっと人間はあれこれ考えて、しぶとく生きるんだろうなぁ』
月を見上げる狼が何を考えているのか、リチャードには想像がつかない。焚き火を挟んだ向こう側の精霊には、きっと人間には見えないものが見えているのだろうと思った。
「俺はそうは思わないな……。森の恵みは人間が生きていくうえで大切な物だ、欠かすことは出来ない。でなければ、狩人が尊敬されることもないだろう。森がなくなれば人間も生きてはいけないさ」
『なるほどねぇ。狩人を志す若者らしい意見だな』
「そもそも、森は雄大だ。なくなることなどないだろう」
『……だが、森も生きている。生きているものはどれだけ大きくとも、いつかは死ぬものだ。森だってそうかもしれないぜ?』
「生きているものは子孫を残す。そうして動物は生きているのだ。森にだって違いはないだろう」
『……悪くない答えだな』
狼の小さな呟きは火が枝を折る音にかき消され、リチャードの耳には届かなかった。
急に強い風が吹き、周囲の木の枝がバサバサと音を立てて揺れた。驚いたのか、どこかで鳥が慌てたように飛び立つ。煽られた火が危うく消えそうになったが、どうにか持ち直した。
『三つ目の質問。将来の夢は?』
風が止むと、狼は次の質問を切り出した。
「……この儀式を受けておいて、狩人以外にあると思うのか?」
何を馬鹿なことを聞いているのかと、そろそろこの森の精霊(仮)の相手にも慣れてきたリチャードが呆れた目を向ける。
その目線を軽く受け流し、狼は自身の尾をひらひらと振った。
『馬鹿、そうじゃねえよ。狩人は職業の話だろ』
むしろ狼が呆れたように半目でリチャードを見る始末だ。
『そもそも、お前はこの儀式を無事に終えれば一人前の狩人なんだ。お前の言う将来ってのは、あと半日後のことなのか? 狩人になったあと、何がしたいか、どうなりたいかの話だよ』
言われてみれば確かにそうである。目の前の森の精霊に認められれば、リチャードは晴れて一人前の狩人となり、夢が叶う。
そして改めて狩人になった後のことを考えるも、特に夢と呼ぶようなことは思いつかない。目先の「狩人になる」という目標ばかりで、その後のことをあまり真剣に考えたことがなかった。
リチャードは顎に手を当て考え込む。
「狩人になった後……」
『そうだ。お前さんの秘めたる野望でも良いし、何なら人生設計を語り聞かせてくれても構わんぜ?』
野望や人生設計などと言われても、その場で急に思いつくわけもなく。リチャードはぼんやりと思い描く将来を、ぽつりぽつりと口からこぼしていく。
「将来……か。夢というには小さいが……」
『夢に大きいも小さいもあるものか。何だ?』
「狩人になった後は、父の手伝いをしながら暮らすだろうな」
『ふぅん。若者らしく、村の外へ飛び出したいとかは思わないのか?』
「……思ったことがないと言えば、嘘になる。確かに俺の村は閉鎖的で退屈に感じることもある。月に一度、行商人が来る程度で、人の出入りもほとんどないからな。村の奴らも、将来は商人や町の衛士になりたいとかで、とにかく村を出ようと考えている奴が多い」
『でもお前は村に残るつもり、と』
「ああ。そうして父を手伝いながら、家庭を築いていく……と思う」
『綺麗な嫁さんを貰ってか?』
「まぁ……そうなるな」
『村の娘で気になる子とかいるのか?』
狼はケタケタと下品に笑う。
リチャードは、何故自分は狼とこんな話をしているのかと馬鹿馬鹿しくなってくる。だがそれこそ村の友人達と話しているときのようで、この狼との会話も案外悪くもないとも思った。
「……何でお前に教えなくちゃならないんだ」
『くくっ、そりゃそうだ』
思いの外あっさりと引いた狼に、リチャードは少し拍子抜けした。この手の話題は相手がしつこく問い詰めてくることが多いからだ。
『なるほどね。綺麗な嫁さんを貰って、家庭を築いて。将来は嫁さんや子供を養うためにも仕事に精を出すわけだ』
「そうだな」
『じゃあその分、俺たちが食われると』
いきなり水を浴びせられたように、リチャードの背筋が冷えた。リチャードは狼へ目を向ける。
狼は何でもないように体を伸ばし、器用に前足で顔をこする。それからゆっくりと起き上がり、焚き火を挟んだリチャードへ向き直る。その目は無機質なガラス玉のようで、揺らぐ火の光を反射していた。
『だってそうだろう? 狩人が仕事をすれば、その分だけ俺たちが狩られる。……そう考えれば、ここでお前を狩人にしない方がいいかもな?』
そう言われてリチャードはようやく気が付く。
何故、わざわざ森の精霊とやらが人間の狩人をこうして査定しているのか。そんなことをする必要はないはず。今この狼が言ったように、むしろ人間の狩人が増えればそれだけ彼らの命が危険にさらされるわけで。
『四つ目の質問。狩人にとって最も大事なことは何だと思う?』
リチャードの考えが纏まるより先に、次の質問が繰り出された。
今度の質問は今までの三つとは毛色が違う、抽象的な質問だった。
「――最も大事なこと」
『そう、最も大事なこと』
リチャードの頭の中に、無数の選択肢が浮かぶ。
弓の腕前、道具の手入れ、森歩きといった技術的な面。命を尊重すること、過度の狩りを行わないことといった精神的な面。
だが目の前の狼はどのような答えを求めているのか。
何か言葉を紡ごうとするが、何も出てこない。あるのは乾いた口の中に広がるもどかしい不快感だけ。
『そう難しい質問じゃないだろう。お前がどう思うかだ』
自分がどう思うか。その言葉で、すっとリチャードの中に答えが浮かんだ。
リチャードは唾を飲み込み、震える声で言った。
「――獲物を仕留めること、だ」
狼はただ黙って、目で続きを促す。
「狩人の仕事は獲物を仕留め、村に持ち帰ることだ。それが出来なければ、それは狩人ではない」
たとえ弓を扱えなくとも、道具の扱いが下手でも、森を長時間歩けなくとも、どうにかして獲物を持ち帰られるのならそれでいい。
「命を丁重に頂くのは人の礼儀であり、狩人に限る話ではない」
まして仮に礼儀を欠いたとしても、おそらく野生は許すだろう。
「人であれ獣であれ、狩りの目的は一つだ。自分を、家族を、仲間を飢えさせないために、生きるために他の命を奪う。それが狩人の役目であり、最も大切なことだ」
『……俺の目の前で、よくその答えが言えるな』
「だが……事実だ」
狩人の仕事は、生きるために他の命を奪うこと。どう取り繕おうとも、そこに違いはない。
『……それを分かった上でお前は狩人を目指すのか?』
狼の目に初めて剣呑な気配が宿る。
「……ああ」
リチャードはその眼をまっすぐに見つめ返し、小さく頷いた。
『……まぁ、悪くない答えだ』
フッと、態度を崩した狼が小さく笑った。ゆっくり立ち上がると、静かに空を見上げる。
『人が狩りをするのなら。狩る覚悟があり、狩られる覚悟があるのなら、森はいつまでもお前達と共にある。自然を捨て、森を離れ、野生と異なる新たな生き方を切り拓きつつある人間だが、それでも狩人だけは、野生との最前線で戦う覚悟を持たなければならない。狩人だけは、最も俺たちと近い存在でなければならない。狩りは、仲間のために他の命を奪う仕事だ。そのことを忘れるな』
「……身に染みる言葉だ」
リチャードはようやく、彼は森の精霊なのだと感じた。
『さて、そろそろこの面接もお仕舞いだ』
「……まだ、他にも俺に聞いておくことがあるだろう? 狩人はそう簡単に認めていいものではないと思うが」
未練がましくリチャードは言うが、静かに狼は首を振る。
『……もう月が真上を過ぎている。これから先は草木も眠る時間帯だ。あんまり遅くまで話し込むと、彼らに迷惑になるからな』
それから狼はリチャードの背後の置かれた弓と矢筒に視線を送った。
『最後の質問だ。――お前は狩人になる覚悟があるか?』
翌朝。リチャードは見事に獲物を村へ持ち帰り、一人前の狩人に認められた。彼が持ち帰ったのは、それはそれは美しい毛並みをした狼だったという。
狩人の儀 雉里ほろろ @kenmohororo
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