<それはいつも通りです>

 腹に唐揚げを入れると急に体全体がしんどくなった。

 良薬は口に苦しと言うが、エネルギーの塊である唐揚げが疲れた体に効いてきたことよるものなのかもしれない。

 頭をぼんやりさせながらそんなよくわからないことを考えつつ、体がやるべきことを勝手やるように洗い物を済ませてダイニングに戻ると、米村はテーブルの端に座って私を見ていた。

 そばまで歩み寄ると米村は口を開いた。


「ちゃんと歯を磨いてから寝ましょうね」


 私は歯を磨く、という行為を考えた。

 きっと考えずとも体が勝手にそれをしていたと思う。

 なぜならいつも食べたあとに歯を磨いてから寝る。

 歯を磨いてから寝ることは正しい。

 米村は正しいことを言っている。


「今日は一緒に寝ようか」


 この返答が状況的に正しいのかはわからない。

 なんとなく、私の「自動的な部分」を肯定してくれた米村に安心感のようなものがあったのかもしれない。

 私の「自動的な部分」とはなんだろう。

 頭がぼんやりとしている。


「しょうがないですね。まあ、米村はおねえさんですから。しょうがないですね」


 米村は最初と最後に同じことを言った。

 リズムは「五・七・五」ではなかったが、それは心地いいものだった。私の観察したところによると、最後の「しょうがないですね」は、ちょっと上目遣いだったので最初のそれとは違うものだと思う。


「ありがとう。ちょっと待っててね」


 食後は胃に血液が集中するから頭がぼーっとする、と聞いたことがある。体は自動的に集中すべきことを知っていて、勝手にそれを行う。何かに集中すると、それ以外の部分では力が落ちる。頭で理解しているすべきことは体には関係が無い。ここでいう「頭」というのは「意識」だ。ただ意識も肉体としての頭が働いていないとあまり元気がないように思う。

 洗面所で歯を磨いてテーブルに戻る。

 米村が同じように座っている。

 私を見ている。


「いこうか」


 私が手のひらを前に差し出す。

 米村は両手を横にひろげてバランスをとるようにしながらそこに乗る。

 軽い。

 今は胃の中で消化されている唐揚げ五個より軽いと思う。

 そのまま手のひらを体を寄せると米村も私に身を寄せる。

 私は寝室に向かった。

 米村をそっとベッドに乗せると、その横に倒れこむように寝転がり、もぞもぞと体の向きを変えて眠る態勢を整える。

 体が硬いのかわからないが、いつも通りこのときの姿勢が朝まで続くことになるのだろう。幸いこのおかげで朝に目覚めて米村が体の下にいるような悲劇は起きていない。考えられるとすれば、米村はだいたい枕元にいるので、おそらく私の頬か顔の正面がのしかかる。

 枕に頭をのせて横を向くと、米村が私をじっと見ていた。胸から上を枕に乗せて、頭を横向きにしているので私と顔の上下の向きが揃う。


「いつもよりお疲れのようなので、安眠できるように米村が見ていてあげましょう」


 睡眠中は無防備になるので、外敵に襲われないように見ていてくれるのは私にとって助かることだ。

 ここは家の中だったが、ぼんやりした頭はそう受け取っていた。


「私は、僕は米村に心配をかけている?」

「それはいつも通りです。一人称がぶれるほどお疲れとは。……大丈夫です。米村はおねえさんですから。さあ、おやすみなさい」

「うん、おやすみ」


 視界までぼんやりとしだし、米村の言葉は最後のほうだけ理解できた。

 米村を見ながら目を閉じた。

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