<氷にそんな慈悲は与えません>

 今日は昼前から暑く、エアコンに頼っている。

 空やそこに佇む雲が涼しげに見えるのは、冷房が効いてきたからだろう。

 ローテーブルの上にちょこんと座って小皿をじっと見ている米村が涼しげに見えるのは、お米の妖精だからだろう。

 炊飯器でお米と一緒に炊かれても平気なのだ。


 米村が見ている白い小皿には、人間の親指の先くらいの大きさの氷の欠片が入っている。米村に隠れてこっそりウィスキーをロックで飲むときの氷をアイスピックで小さく砕いたものだ。

 昨日一緒にアイスクリームを食べたとき「甘いですね」くらいの感想しか言わなかった米村だが、小皿に取り分けたアイスクリームをすぐに食べ終えてしまったので、実は気に入っていたのではないかと思っている。

 本当のところはわからないが、今日はアイスクリームがなかったので「氷でもいいかな」と訊いたところ、「一緒に食べませんか?」と言うので、私も一緒に氷を食べることになった。

 私はソファーに戻るなり氷の欠片をガリガリと噛んですぐに食べ終えてしまったが、小さな米村はそうはいかなかった。米村は小皿の前にぺたんこ座りをして氷を触ったり転がしたりしている。

 今更になって小指の先くらいの大きさにすればよかったと思う。


「ちょっと大きかったよね。代わりの持ってこようか?」

「いえ、すぐに小さくなると思うので。それに、米村に食べられるために徐々に小さくなる氷を眺めるのは、悪くない気分です」

 少し解けて丸みを帯びてきた氷を米村は手で転がした。

「獲物が弱るのを待つハンターのようだ」

「米村が本気を出せば、メジャーな妖精である〈氷の妖精〉もこのように、ころころと転がせるはずなのです。……って誰がマイナーな妖精ですか!」

「いや言ってない言ってない。びっくりした」

 頬をぷくっと膨らませて怒る米村になぜか視線を向けられた。

「おっと、いけません。心が冷やされたようです」

 氷の方に視線を戻す。

「心がもっと冷える前に食べてしまったほうがいいのではないか?」


 昨日アイスクリームを食べていたときは何ともなかったので、氷のせいで心が冷えたのではないと思う。どちらかと言えば米村は自信家なほうではあるが、もしかすると妖精界で目立たない種族であることを気にしているのかもしれない。

 米村は両手で氷を掴んだ。氷はまだ米村が一口で食べるには大きい。人間がハンバーガーを持ったときと同じような感じだろうか。


「そうですね。人間界ではアイスは舐めるとも言いますし」

 小さな舌で氷を舐め始める。

 時折、米村は氷を咥えて舐めるが、やはり大きくて口に収まらないようで、それから口から離して舐める。

 氷が解けて水が滴り落ちそうになると、すくいあげるように舌で舐めってから、そのまま下端を咥えたり、そこから舌を這わせるように舐め上げる。

「私はかじっちゃうけどね。飴もすぐ噛んじゃうし」

「まあ、米村も本気を出せばかみ砕けますが、氷にそんな慈悲は与えません。じっくり楽しませてもらうのです」

「心、冷えてないかい?」


 それとも何か氷の妖精にうらみでもあるのだろうか。

 氷が小さくなるまで舐めた米村は、それを口に入れて少しだけ噛み、飲み込んだ。

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