<米村はローマ字入力派>

 スマホの通知が鳴る。

 それがどこで鳴ったのか――私の手元ではなくソファーで寝転んでスマホで電子書籍を読んでいる米村の目の前だった。米村は紙の本が好きなようだが、それは気に入っているジャンルや作家のものだけらしく、あまり読まない方面の本はサイズ的に読みやすいためかこちらを選んだりする。私はスマホでゲームはあまりやらず、電話かメッセージくらいでしか使わないので問題ないが、普段は会社に持って行ってしまうので、そろそろ米村用に電子書籍用端末の購入を考えている。

 米村はそばに座っている私を見上げる。


「通知が鳴りました。メッセージが届いたようですよ」

「おや――まあ十中八九みこっちだろう」


 通知が鳴るように設定しているメッセージアプリは、ほとんどが同僚のみこっちとの連絡でしか使われていない。人見知りではないはずなのに人付き合いが極端に少ない私の――もはや普段会うのは妖精の方が多い――数少ない友人であるみこっちは日々、平日休日関係なく、毎日、雨の日も風の日も、友人が二、三十人くらいいるのかと錯覚するほどのメッセージを送ってくるのである。

 私は腕を支えにして米村に覆いかぶさるようにし、スマホを操作してメッセージを確認する。

 メッセージは既に二つ連続して届いていた。


『こんにちわ』

『ぱすただよ』


 なるほど。パスタちゃんがみこっちのスマホを操作しているらしい。

 パスタちゃんから直接連絡がきたのは初めてのことだった。

 これはただの挨拶なのだろうか。それとも操作の練習だろうか。

 最後のメッセージから一分ほど待機してそれ以上続きはないと判断し、返信を打ちかけたところで私の目に米村の白い髪が映る。


「どうやらパスタちゃんみたいだけど、挨拶だけみたいだから米村が返す?」

「そうですね。米村がスマホの先輩としてお手本を見せてあげましょう」


 そうして米村は返信を打ち始める。

 両手で画面のキーボードを素早く操作する。

 普段からスマホでネット検索もする米村にとって、メッセージの返信は容易なものだった。


『パスタへ

 こんにちは。米村です。

 スマホを使えるようになったのですね。

 米村は妖精の友人として成長を嬉しく思っています。

 平仮名からカタカナ・漢字への変換もこれから覚えるといいですよ。

 ちなみに米村はローマ字入力派です』


 米村はメッセージを送信した。

 メッセージを作成する途中で、米村が〈嬉しい〉と入力するため〈う〉と入力した直後、予測変換機能が候補として〈ウィスキー〉と表示したときには肝を冷やしたが、すぐに〈うれしく〉と入力し漢字に変換したため、こっそり飲んでいることを疑われずに済んだ。私はそこまで酒を飲む方ではないが、最近人体の知識を書籍から得た米村に肝臓を心配されているのだ。念のため、あとで検索履歴も消しておこう。

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