【晴れた日の選択】

<冷やし米村>

 眠っていたらしい。

 ソファーの上で目を覚ますと、半分だけ開けていたベランダの窓から入り込んだ風が頬を撫でる。先週までのぬるりと顔面を舐めるような風とは違い、ふわふわの猫が顔のそばを通ったような心地よさがある。窓の向こうの空は晴れ、大小さまざまな雲が流れる。換気はよくできそうだ。猫はいないけど。


 休日だったので、朝食を済ませたあとに洗濯機のスイッチを入れ、ソファーで一休みしていたところ眠ってしまったらしい。壁の時計を見ると時刻はまだ八時半。

 ぺらり、と手元の雑誌がめくれる音がする。

 これは風でも猫でもない。

 視線を下に向けると米村が視界に入る。私が居眠りする前、雑誌を持ってソファーに座ったところへふわりと飛んでくると、太ももの付け根のあたりにちょこんと座った。それから前に手をついて私の太ももにまたがった状態になっている。

 二〇センチ弱――本人は超えたと言っている――の小さな妖精の米村は、好奇心旺盛で人間界のことを勉強中らしい。この雑誌も、私は持っているだけで、ページをめくっているのは米村だ。


 まだ雑誌に夢中な小さな背中。お米の妖精らしい白くて長い髪に白いワンピース。窓から入った風が髪を揺らした。


「何かいいのあった?」

 邪魔をしないように囁くように言う。

「このカラフルなドーナツ、浮き輪のようで可愛いです」

 雑誌で紹介されているドーナツを指さす。

「もう夏だからかな」

 砂浜でドーナツに体を通した米村を想像する。

 ドーナツの新しい使い方を知った。


 今米村と見ているこの雑誌は、最近話題のスイーツが紹介されているもので、昨日会社でみこっちにもらった。そのときに「おいしそうなのいっぱいだから、読んでおいてね」と言われたのだが、これはつまり〈予習しておいてね〉ということだろう。

 雑誌にはフルーツをふんだんに使用したパフェやケーキ、ホイップクリームとシロップたっぷりのパンケーキ、細かなトッピングに包まれたアイスクリーム、こんもり盛られたかき氷などが紹介されている。アイスやかき氷が割合多めなことから、夏本番が近づいていることを感じる。


 米村が「おお」とパフェを指さす。

「大きな器です。米村も入れるんじゃないでしょうか」

「肩まで浸かれそうだね」

 縦長の器に盛られたパフェの中、のんびりくつろぐ米村を想像する。

「米村も冷やしたら、紹介されるかもしれませんね」

「そうだね。こんなふうにシロップかけたりして」

 米村の背中を上から下に指でなぞる。

 小さな体がびくりとする。

 米村は頬を膨らませて振り返らせると「シロップは不要です」と言った。

「ごめんごめん。お米なら餡子あんこだったね。おはぎとかあるし」

「そういうことではないのです。米村はそのままでもおいしいのです」

「おや、トッピングしないの? こういうふうに」

 背中をくすぐる。

 米村は身をよじらせて笑い、それからなんとか私の指を捕まえた。

 指を両手で掴みながら呼吸を落ちつける。

 また頬を膨らませて「もう」と言うと、前を向いて雑誌をまた読み始めた。

 ほっぺたが小さなお餅みたいだな、というのはまた怒られそうなので言わないでおいた。

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