<米村ポイント>
遠くの雲はいつの間にかモコモコと巨大になっていた。
――でっかいな。
何か例えようはありそうだったのだが。
リビングのソファーに座っている私は視線を下げた。
米村は私の太ももにまたがり、私が手に持った雑誌を読んでいる。
私はスイーツ雑誌を見ているというのに、ホイップクリームやソフトクリームや、かき氷やジェラートや、例えられそうなものならたくさん見ていたはずなのに、雲の大きさについてぼんやりと感想が浮かんだだけだった。
頭が休日モードになっているのか。
いや、いつもこんなものだろう。
そんなことを考えながらも遠くの雲をじっと見て何かに例えようとし、頭の中をモコモコさせていたときのことだ。
ピー、と洗濯機。完了の電子音だ。
そのとき閃く。
――あの雲は洗剤の泡に似ているではないか。
まったく魅力的な空想ではなかった。
米村は洗濯機がある脱衣所へ繋がる廊下の方に顔を向ける。
「お洗濯が終わったようです」
次に米村は私と視線を合わせた。
「ではさっそく干してしまおうかな。よく乾きそうだ」
休み以外は会社から帰った後に洗濯し、そして干している。洗濯物を取り込む翌日の帰宅後、夜にはしっかり乾いているが、きっといつも昼の間には乾いてしまっているのだろう。何が言いたいのかと言うと、日の光を浴びた乾きたての洗濯物を取り込んで匂いを嗅げる日は少ない。しかし、香り自慢の米村の匂いを嗅ぐことができれば、それもあまり気にならない日常となっていた。ちなみに米村のうなじの辺りの匂いは、炊き立てのお米のような香ばしさと、ほんのり甘い香りがする。
雑誌をソファーに置く。
「ちょっと干してくるね。米村は……私の代わりにスイーツの勉強を続けてくれると助かるかな。注目すべきものがあったら教えて欲しい。みこっちに見ておくように言われたけど、私は暗記以上に何をすればいいのかわからないんだ」
小さく息を吐く。
「お任せください、米村は大人の妖精ですから。ご期待に沿えるよう、注目ポイント――いえ、米村ポイントをたくさん見つけておきます!」
「頼もしいよ。是非とも……米村ポイント?」
「はい。米村ポイントです。――そうですね、例えばあのパンケーキ、ふわふわで布団にしたらいいと思いますよね?」
開かれた雑誌に載っている写真のパンケーキを指さす。
「えっと、そう、だね」
「そういうことです」
――どういうことだろう。
「そうなの?」
「そういうことです」
じっと目を合わせる。自信に満ちた表情をしている。
米村がうなずく。私も続けてうなずく。
「なるほど。わかった、楽しみにしてる」
米村はにこりと微笑んだ。
私の太ももから降りてソファーに寝転び雑誌を読み始めた米村を背に、私は洗濯機のある脱衣所へ向かった。
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