私は米村を食べる

向日葵椎

【プロローグ的な雰囲気】

<米村は見なかったことにします!>

 とある平日午前十時――自宅


 小さな白い妖精はクローゼットの隙間が気になっていた。今まで覗こうと思ったことはないのだけど、なぜか今日はちょっとだけ開いていて気になるし、大好きな家主はお勤めに行っている。

 なんだか今が覗くチャンスのように思えていた。


「あの人はマメなようで大雑把なので、きっと大丈夫なのです」


 米村よねむらはぴょんと飛んでそのままふわりと宙に舞い、クローゼットにそっと触れた。しかしそこで手が止まる。

 この先にある米村の何倍もある空間……もしそこにある何かが知るべきではない闇であったら、飲み込まれずにいられるのか。

 ほんのちょーっとだけ考えてから米村は、瞳を輝かせて微笑んだ。


「そしたら、うーんとご飯を美味しくして、米村のこと以外考えられなくしてしまうのです」


 そっとクローゼットを開いた。中には家主がよく着ている無地シャツの他に、意外と多くの衣服があった。それ以外は特に気になるところはない。

 ふと米村は読みかけの本のことを思い出し、クローゼットから離れようとしたときのことだった。


「あれはなんでしょうか」


 ハンガーにかけて並べてある衣服の下、よく見ると平たい缶がある。米村が缶のもとにふわりと舞い降りてそれを見ると、洋菓子が入っているような大きめの四角い缶であることがわかった。


「こっそり食べているのでしょうか」

 フタを開ける。

 しかしそこにはそこには一冊のノートがあった。

「……見てみましょう」


 最初のページは――

『白米は至高である。しょっぱいシオカラ、甘辛いカレイの煮つけ、酸っぱい酢だダコ、どんな者でも白米の前では「おかず」として平等となるのである。つまり、世界平和は白米によりもたらされる。私はそう確信している』

 ――このページに書かれた文章はここまでのようだ。

 きっとこの後のページにも文章は続いているはず。

 しかし米村は先を読むことはしなかった。


 米村は前屈みになり、顔をうつむかせ、腕で体を包んで自らの肩を抱くようにし、その表情はというと――恥ずかしそうに顔を赤らめていた。


「……そんな。白米原理主義者だったなんて!……そうです、きっとお酒を飲みすぎた勢いで書いたのです。真面目そうで、実は変わったところあるのです。しょうがないのです」


 クローゼットで見つけてしまった穏やかではないノート。米村は何も見なかったことにするべく、缶のフタをさっと閉じる。そしてまた宙に舞いクローゼットから出ると扉を閉めた。


「ご飯をうーんとおいしくしてしまったら、どうなってしまうのでしょう」

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