氷の世界

ともはっと

氷の世界


 僕が住んでいたこの村は、人口が百人にも満たない小さな村だ。


 外から来る人間はいない。そこに住む人は外の人を見たこともない。

 その村から外へ出て行こうとする人もほぼいない。


 僕らにとっての、壁に囲まれたこの小さな世界には、たった一つの大きな扉があって、そこは『外界』という所と繋がっていると聞いている。

 聞いているというのは、その先へ向かって帰ってきた人は誰一人としていないから、その先に何があるのか誰も知らない。

 その扉から先に出たいと考えている人も周りにはいなくて、村中がこの壁の向こう側に興味もないから、誰も知らないのだ。


 だから、その扉の先へ行こうとする人を、この村の住人は止めることはしない。

 興味がないから。

 行く者拒まず。ということなんだろうと僕は思っている。



 時に僕は、こんな思いを馳せたことがあった。


 この扉の先には何があるのだろう。

 向かった人達はどうなったのだろう。

 僕の知らない世界がこの先にはあるのだろうか。

 それは一体どんな世界なんだろう。

 この扉の先には周りの壁の向こうに見える青い世界が広がっているだけなんじゃないだろうか。


 そんなことを考えたことはあった。

 だから僕は、この村の中でも異端だったのだろう。


 でも、それくらいしか、僕はこの村に娯楽はないと思っている。

 ただ毎日を何もせずに怠惰に過ごすこの村は、刺激というものが何一つない。

 毎日をただただ過ごし、毎日を周りの青い空、青い壁、青い地面を見て暮らしている日々。


 時折青い壁の向こうに見える黒い大きな影が、僕にとっての娯楽。


 ただ、その影は僕らを滅ぼす悪魔の影。

 それがこの壁を突き抜けてくれば僕等のこの村は滅んでしまうらしい。


 昔はもっと大きな村だったそうだ。

 その影が削り滅ぼし、そして今のこの小さな村ができたと聞いている。


 だから、悪魔の影に見つからないように、僕らは影が見えると身を隠す。

 身を隠すと言っても隠れるところなんてないし、その影がどこかの壁を壊せばそれで終わり。


 そんな、簡単に壊れて消えてしまう小さな小さな村だ。


 そんな儚い村だからこそ、その先に何があるのか誰も知らないし、誰も帰ってこないから誰も行こうともしない。

 その先に誰も興味がないし、外から戻ってこないのだって、ここに何もないから帰ってくるわけもない。

 もっとも、この扉の先に何があるのか分からないから、本当に戻って来れないだけなのかもしれないけど。



 この村だけで完結しこの村だけで生きて、そして老いていく。



 そんな生活が当たり前になっているこの村は、いつも平和だ。

 だからこそ衰退し、繁栄しない。

 そして、僕等はあの影にやがてこの村を滅ぼされて消えてしまうのだろう。



 僕も、そんな世界の中で、皆と一緒に朽ちていくのだと思っていた。


「いこっか」

「……はぁ?」



 僕の妹が、この小さな世界から飛び出そうと扉を開けさえしなければ、僕はきっと、この村で皆と一緒に朽ちていっただろう。



 それが、僕にとっていいことだったのかは分からない。



 でも、彼女が外で出ようと扉を開けようとした時、僕の心が踊ったのは確かだった。

 この感情は、この村から外へ向かった誰もが覚えたのではないだろうか。



 この、氷でできた壁の周りを『水』と呼ばれる液体で囲まれたこの村の先には何があるのだろう。


 と。



 あの村は、氷に囲まれた村。



 知ったのはつい先日。

 妹のイルが、誘っておきながら扉の先へ一人で勝手に出ていき、それを追いかけた時に知ったことだ。



 妹のイルと、僕――スイは、氷の村から旅立ち、新たな世界へ向かっている。

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