早崎さんは上履きで滑稽なタップダンスを踊り始める
いまそかRe:
第1話 早崎さんのタップダンス
その日はいつもより早く家を出た。別に特別な理由があったわけではないし、急に学校が大好きになったというわけでもない。
“少し早く目が覚めてしまった”
強いて言うならそれだけである。ただ、それが俺の人生に大きな影響をもたらしたということは言うまでもない。
空には薄雲がかかっていた。坂の上の方から時折吹いてくる湿った風が冷たい。
まだ少し濡れているアスファルトや、至るところで花を咲かせているあじさいが
6月の到来をそっと教えてくれる。
と、言っても別に6月が特別すきというわけでもないし、どちらかといえば嫌いなので6月の到来を教えてくれなくてもいいんだけどなー.....なんて思ってる。
そもそも「誕生日だから」とか、「結婚記念日なんです」とか抜きにして、この月のことを好きな人なんているのか?もしいたとしたら、そいつの前世はナメクジかカタツムリだな。
そんなことを考えながらペダルに力を込めて坂道を駆け上っていくと、ようやく自分の通う学校。私立メープルシロップ高等学校が見えてきた。
この学校の名前を「ふざけている」と思う人も多い。だが、実はれっきとした名前の由来があるということを、2ヶ月前の入学式で校長が赤裸々に語ってくれた。
「本校の名前は、創設者がメープルシロップ好きだったことに由来します。ですから、全く無意味でこんな名前になったわけではありません。これから皆さんの母校となる学校です。これからはこの学校の一員として、本校の名が世界中に轟くようによく学び、よく遊び、いろいろな経験を自分のものにしていってください。」
まったく理由になってないし、むしろ無意味なんだよなぁ。
ただ、名前を馬鹿にする者はいてもこの学園を馬鹿にする者はあまりいない。それは、ここが偏差値と進学実績が高く地域との関係性もうまいことやっているからと言うのもあるのだろう。
駐輪スペースに自転車を止めて、校舎4階一番奥のクラス1−Aを目指す。
そういえば、「1−Aは学年の中でも結構美人が多い。」と、昨日クラスの男子で盛り上がっていたときに聞いて、確かにと思った。
本来、美人なんてクラスに二人か三人居れば上出来なのではないだろうか。しかし、うちのクラスには七、八人はいる。少なからず、これは『多い』に分類されるのではないだろうか。
その美人全員が変人であるということが、残念な限りである。
階段をのぼり終えるとふと違和感に気付く。
いつもより30分も早く学校に来ているため、他の生徒が自分より早く学校に着いているなんてことはまず考えにくい。門が開いたのもつい10分前ぐらいだったと思うし、今日はどの部活も朝練はないはずだ。
それなのに、1−A の教室から明かりが漏れていた。
それだけならまだ、「朝早く来て勉強しているお利口さんがいるのね」と割り切れたのかもしれない。
しかし、勉強をしているとはとても思えない不規則で不愉快なメロディが聞こえてくるのだった。
.....コツッコ、コッ、コツコッココツツッコ.....
明かりの付いた教室を覗くとそこには、早崎奈那の姿があった。
彼女はうちのクラスが誇る美人の一人だ。
長いまつげに、大きな瞳、白くてやわらかそうな肌、腰の辺りまで伸びているきれいな黒髪。身長も160cm弱とスラっとしている。
典型的美人なそのルックスは、子供の頃絵本でみたお姫様そっくりだ。
そんな彼女がこんなにも早くに来て何をしているのだろうか。疑問に思い、目を凝らしてみる。
タップダンス?
彼女はタップダンスとおぼしきことをしていた。上履きで?
しかも絶妙に下手だ。
そこには、人気のイケメンアイドルが変顔を見せてしまったあれに似た虚しさと切なさとが点在していた。
一言でいえば、滑稽だ。せっかくの美人が台無しだ。
でも、なんとも言えない魅力がそこに共存していた。
故に、薄雲のかかったバックが残念とさえ思えて来る。
快晴がいい。
タップダンスが終盤に近づいてきたのか彼女の床を叩く音も大きくなっていく。気付けば俺は前のめりになって見入っていたね。
そして、彼女は最後のリズムを叩きつけた。刹那、彼女のバックが雲一つない青空へと変わった。
俺は目を疑った。だって、パッと消えたんだぜ雲が。パッと。
俺の感情は最高点に達していた。目の前の景色に整理が追いつかなかった。
一方、彼女はというと、踊り終えるやいなや辺りをキョロキョロ見回し始めた。まるで間違い探しをしている子供のようにも見えた。
そして、外を見て天気がガラリと変わったことに気付くと
「今日は天気が変わったんだ。」
といって微笑んだ。正直、すんげぇ可愛かった。
と、油断したのもつかの間。
「誰か、見てたでしょ。」
と、ドア越しにそっと見ていた俺めがけて言ってきた。
あせったね。でもコソコソしてても仕方がないから、結局ドアを開けた。
ピシャン
彼女は俺を見ても表情を変えなかった。別に誰に見られてようが良かったんだろう。その代わり、俺に一つ尋ねてきた。
「いつから見てたの?」
口調は優しい。別に怒っているわけではなさそうだ。だから、正直に言う。
「タップダンスを途中から」
それを聞くやいなや彼女は手をあごに当てて考えるようなジェスチャーをとった。そしてしばらくして、「そう」とつぶやき再度質問してきた。
「なんでこんな早く学校に来たの?」
「いつもより少し早く目が覚めたから」
こちらも素直に答える。何故か、問い詰められたとき特有の緊張感はなかった。
彼女は再びなにか考えていたようだが、少しして、
「いいわ」
と、言ってこっちに向き直した。そして、最後に一言。
「竹内君、聞いて。私、魔法が使えるようになったみたい。」
そう言って微笑んだ。やっぱり可愛い。
ついでに言っておくと『竹内』は俺の名前。
そして、これが物語の始まり。
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