ロサンゼルスの復讐

谷口雅胡

第1話 プロローグ

パメラは、帰るジェイニーの姿を窓から見て居た。

ジェイニーに、本当はとても会いたかったのだ。

しかし、今は会うわけにはいかない。

あの日、パメラの中で何かが壊れた。

そう・・・あの日・・・。


「ブレッド!!」

警察が川から車を引き揚げた際のブレッドの姿は、それは凄まじく酷い物だった。

パメラは泣いた。

そして、これをやったのが誰なのかすぐわかった。

あの時、ジェイニーが帰るときに、すぐ後ろについて居た、黒い車。

ブレッドが、自分の名前で自分のオリジナル曲を世に送り出そうとしていた矢先であった。

ゴーストだったブレッドが、初めて自分で決めた瞬間だった。

そんな彼を一瞬にしてもろくも壊したのが、カールだ。

証拠はないけれども、あの黒塗りの車は・・・絶対カールの手下だ。

その途端、彼女の心に一筋の炎がたぎった。

ブレッドを殺したカールが憎い。

あの男を殺してやりたい。

パメラは、かつて経験したことのない怒りを覚えた。

暫くすると、携帯が鳴った。

恐る恐るパメラが携帯を取った。

「もしもし。パメラ?大丈夫か!!ブレッドは!?」

「ジョシュアおじさん。・・・うわああああああ・・・。」

パメラはジョシュアの言葉を聞き、泣いてしまった。

「わかった、今そっちに行くよ。」

そう言い、ジョシュアは電話を切った。

雨が降る日であった。

雷鳴がとどろくその大雨の中を、ジョシュアは白いレビンを走らせた。

真っ暗な夜だった。


ジョシュアが雨の中警察病院に着くと、パメラは遺体安置所の部屋の前に居た。

パメラが振り向く。

然しその顔は隈が出来ており、いつものパメラではない様だった。

「パメラ・・・ブレッドは・・・。」

「ブレッドは・・・この中よ・・・。」

「分かった。」

パメラは、先程から思って居た。

嘘よ。これは悪い夢だわ。

ブレッドが死んだなんて。しかも、あんな、酷い姿で!

ジョシュアが、黒い扉をあけようとすると・・・

突然、パメラが扉の前に立ち、拒んだ。

「だめ!見ないで!あんなのブレッドじゃない!!私のブレッドは・・・ブレッドは・・・殺されたんだああああああーっ!!」

するとその騒ぎを聞きつけたのか、病院の看護婦が来た。

「どうしたんですか!?また、パメラさんね!あなたパメラさんの何?」

「友達ですが・・・。」

「じゃあね、連れて帰ってくださいよ。さっきからずっとこんな調子何ですよ。強力な鎮静剤を打っておきますから、よろしくお願いします。」

看護婦は嫌がり喚き散らす彼女を、一発ひっぱたいた。

そして言った。

「あなたがこんなんじゃ、旦那さんも浮かばれないわよ!」

パメラがきょとんとする。

そのすきに看護婦は、サッとパメラの袖をめくり、鎮静剤を打った。

パメラが落ち着きコテンと眠った。

「可哀そうに。旦那さんが亡くなったのが、よっぽど辛かったんでしょうね・・・。」

ジョシュアは何も言わず、ただパメラを抱き寄せると

「ありがとうございました。」

と、言い残し、警察病院を後にした。

パメラを後部座席に乗せ、ジョシュアは車を発進させた。


訃報はジェイニー・レインの元にも伝わった。

「おい!大変だ!デトロイトロックシティの残り香を書いた『ブレッドアンダーソン』が・・・死んだって・・・。」

ジェイニーは、思わず楽譜を落としてその場に座り込んでしまった。

何故だ!これからが、お前の本領発揮だったのに・・・!

事故で亡くなったと、ジェイニーの元には伝わった。

ジェイニーは、すぐさまデトロイトに行かせてくれとクリスに訴えた。

然し、クリスから出た言葉は、NOという言葉だった。

「何故だ!クリス!俺達に楽曲を提供してくれた恩人なんだぞ!?」

「だからだ。ジェイニー。俺達がレコーディングをして、この曲を世に出すんだ。それが、ブレッドへのお前の恩返しにならないか?」

クリスは冷静に、そう続けた。

ジェイニーは、唇を噛みしめた。

クリスの言うことは正しかった。

俺も、ブレッドもアーティストだ。

だから、パメラ。君のことが心配だが葬式に行くことは出来ない・・・。

ジェイニーは、そうせざるを得なかったのだ。




ジェイニーは来なかった。


パメラはそれから一切泣かなくなった。

葬式の準備をテキパキと行い、終始無言であった。

誰も、パメラの言っていることを、信じてくれなかったからだ。

パメラは、警察にも今回のことを話した。

夫がゴーストライターだったこと。

自分の名前で世に出ようとしたときに、何者かに殺されたこと。

それは、パメラの前夫であるカール・ウィルソンがやった事などを、事細かに話した。

警察は一応取り扱ってくれたが、小さなデトロイトの田舎町ということもあり、捜査に本腰を入れてはくれなかった。

そして・・・何より証拠が無い・・・。

と、いうこともあり、パメラはこの時点で街の皆が信じられなくなった。

ブレッドが居なくなると、こんなにも街の人の態度というものが変わるものなのか。

パメラは、改めて気づかされたのだ。


そして・・・ブレッドの葬式の日。


パメラは涙が出なかった。

あんなにも泣いて居た彼女が、葬式の時には涙を流さなかったのだ。

街の人はパメラの事を奇妙だととらえた。

何故、大事な夫が亡くなったのに、一滴も涙を流さないんだろうこの子は・・・。

そんなふうにこそこそというものもいた。

しかし、パメラには、もう怒りしかなかった。

怒りが彼女を生きさせてくれた。

カールに対しての怒りが・・・!

「パメラ・・・。」

ジョシュアが心配してパメラに声をかけた。

「大丈夫か?その、わしに出来ることがあるなら・・・。」

「大丈夫よ。ジョシュアおじさん。おじさんいつもありがとうね。」

パメラは作り笑顔のまま、来てくれた近隣の人々にスープを振る舞った。

それは、ブレッドが好きだった、パンプキンスープであった。

ジョシュアはパメラがとても無理をして居る様に感じられた。

あの時、大声で泣き喚いていたパメラが、どうしてここまで変わってしまったのか。

ジョシュアにはわからないことだらけであった。


それから数日後、ブレッドの葬式が終わった後、パメラはこの家を売りに出した。

不動産屋に全ての家の管理をまかせ、彼女はわずかな荷物をスーツケースにしまい込んだ。

行先は、カールが住むロサンゼルス。

青いひらっとしたスカートをまとったパメラは、その日のうちにデトロイトを出た。

ジョシュアに別れを告げられなかったことが、唯一パメラにとって、悔いが残る出来事であった。


それから

パメラは、ロサンゼルスの、サウスベイにあるハーモサビーチのカールの邸宅へ戻った。

そこは高級住宅街。

此処へ来るのは何年ぶりだろう・・・。

思えばカールにDVをされて、それで私はブレッドに助けられた。

正直言って怖いけど、カールを社会的に抹殺するために私は此処に戻ってきた。

過去の人間関係などいらない・・・。

真っ白な、その邸宅は、人を寄せ付けるのを拒んでいるかの様だった。

パメラには、まるで墓の様に見えた。

そう・・・ブレッドの墓の様に。

ぎゅっと、パメラが付けていたロケットのペンダントトップを触ると、彼女は呼び鈴を押した。

暫く待って居ると、その家の給仕が、ドアホンから声をかけた。

「どちら様でしょうか?」

「パメラ・ウィルソンが帰ったと、カールに伝えてください・・・。」

なんと、パメラは、アンダーソンではなく、前の姓で自分の名前を語ったのだ。

「・・・かしこまりました・・・少々お待ちください・・・。」

給仕はそう言って、ドアホンを切った。

さて、いよいよ第一関門だ。

此処で、カールが受け入れてくれなければ、私は行くところが無い・・・。

何のためにロサンゼルスに来たのか分からなくなる・・・。

そう思って居た矢先だった。

門が開いた。

黒い大きなしゃれた門を、パメラはスーツケースを軽く引っ張りながら、門の中に入って行った。


「どうした風の吹き回しだい?パメラ?私の所に来るなんて・・・?」

カールは黒いガウン姿だった。

彼はパメラを見るなり、サイドボードから高そうなグラスを2個取り出し、バーボンを注ぎ始めた。

「夫に死なれて、私が恋しくなったのかい?」

金髪で短い髪。整った髪をして居る。

こいつが私のブレッドを殺したんだ。

またもや怒りが込み上げてきたが、パメラは少し甘えた声で言った。

「そうよカール。やっぱり私、あなたが一番いいみたい。」

思わぬパメラのその言葉に、彼は動揺した。

パメラは、ブレッドを私が殺したということを薄々気付いているはず。

なのに、何故こんな口調で私に話すんだろう・・・。

更にパメラは続けた。

「退屈だったのよあの暮らし。はあー。我が家に帰れてせいせいしたわ。」

長い髪をサラッと、靡かせるパメラ。

それからちらっとカールを見ると、カールの顎に指を添えた。

「私が嘘を言って居ると思う?カール?何なら今、私のことを抱いてもいいのよ・・・。」

猫なで声でカールに甘えるパメラ。

その実、彼女はカールを信じさせようと必死だった。

ここで気取られてはいけない。気取られたら、私の本心が知れたら総て水の泡だ。

だが、そう。カールは見事にパメラの術中にはまったのだ。

元々カールは、パメラの事が大好きだった。

だから、パメラをいきなり強く自分に引き寄せると、バーボンを持ったままキスをした。

パメラはされるがままになって居た。

本当は物凄く嫌な気分だったが、カールを騙すにはこの方法しかなかった。

カールとパメラはそのままベッドに倒れ込んだ。

そして2人は、ほとんど久しぶりに、抱き合ったのだ。


そして今。

パメラは窓からジェイニーのことを見て居た。

ジェイニーが懐かしくて仕方が無かった。

でも、私は、これからやらなければならないことがある。

ごめんね。ジェイニー。今は仲良くできない。

パメラは涙を流しながら、窓からジェイニーを見て居た。





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