CHANGE
浅野 紅茶
プロローグ1
午前八時。あいにくの雨天のせいだろうか。平日の午前中だというのに、ここら一帯に人影はない。東京にもこんな場所があるのだなと、啓太は思った。ビルの陰でできた裏路地には、人が住んでいるのか住んでいないのかもわからないような家が並び、その中でも特に人がいなさそうな家に啓太はいた。家の窓は割れていて、玄関扉は外れたまま。屋根の瓦は所々割れており、柱になっている材木だっていつ割れてもおかしくないくらいにしなっている。それでも、家がなくなってしまった啓太にとって雨風がしのげるだけでもありがたかった。シワの目立つシャツに底の擦れたビーチサンダル、よれきったチノパンとそのポケットに入っている百五十二円だけが今の彼の全て。この姿になって二週間、無性髭が鬱陶しいとも思わなくなったし、後悔すらもしなくなった。強いて言えば、今日をどう生きようかとたまに考える程度であとは寝るだけの日々。残金が少なくなった今でも、それは変わらない。コンビニ店員に駄菓子だけを買って帰るボロボロのかわいそうなやつだという目にももう慣れた。
思えば人生、不幸の連続だった気がする。産まれた瞬間に親に捨てられ、孤児院で育ち、小学校でも中学校でもかわいそうなやつだと言われ、高校に入って荒れてみるも、数々の犯罪で孤児院から少年院へ。当然、大学など行けるわけもなく二十歳をすぎて居場所を失った。それでも、なんとか生きようと派遣のアルバイトから正社員になり、安いボロアパートで毎日コンビニ弁当を食らって生きていた。切羽詰まった生活に満足感を得た日はなかったが、本能というやつなのだろうか。それでものらりくらりとよくここまで生きてきたと思う。ただ、そんなちっぽけな生活さえ、コンビニに出かけた数分で灰と化した。家に帰ると住んでいたアパートは火の海。出火原因は隣人の不注意によるコンロからの引火。幸い死人は出なかったそうだが、そんなこと啓太にとってどうでもよかった。そして、追い討ちをかけるような会社の携帯へのクビの電話。その時をもって、コンビニに出たままの衣類と、千円札で買った弁当のお釣りだけが彼の全てとなった。
失うことに慣れていたためか、節約に慣れていたのか買った弁当を日に分けて食し、五日が経ったころ、啓太はこの家を見つけた。本当は、ホームレスが溜まっていそうな場所を探していたのだが、ブルーシートで敷いた屋根よりもこっちの方が幾分マシだと考えた。腹の減りすら感じることもなくなりつつある今、雨の日に傘もないまま外に出ることは、はばかられた。
もういいや。
そう思った瞬間、身体中の力が抜けた。気が弱っていたためか、憂鬱な天気のせいか。何も考えずにただ、死のうと思えた。死ぬ手段を探すのも面倒だ、外に出て道路にでも飛び出せば死ねる。そう思うと久々に笑みがこぼれた。ようやく、解放される。啓太は決心をしたかのように、チノパンに入った小銭を握りしめながら立ち上がった。
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