陰の梟~Scatola misteriosa~

悪徳商人備前屋

序章 華街ブロンテ

華街ブロンテ、機国きこくハインケルロッチェの首都より栄えた街。

朝の日が昇るまで、店を閉めない街は、栄華を極めた貴族達ですら楽しめさせる。

女と酒と金、全てに使え、全てを無くせる場所。

誰もが自由に楽しめる街ブロンテ

そしてその街を仕切るのはかつての荒廃しかかっていた華街の組合員全て惨殺した女


――――ジンカ・ドマ


人間を蟻のように踏み荒らした事から凶象ジンカと敬い恐れられた。

そのジンカによって機国最高の華街となり、世界でも指折りの街とまでなった。



――――ジンカの部屋


この街一番の女と言われるジンカの組合の部屋、およそ女とはかけ離れた装飾で覆われていた。

幾つもの矢立て、壁には歴戦の跡が残る戦斧が並び、使い古された鉄剣が籠に山とささっている。客用にいくつか見栄えがいい装飾がないわけでもないが、基本的にジンカの部屋は兵舎と同じ武骨的な戦士部屋である。


――――奥の部屋


ジンカが仕事で帰れなくなった時用に簡易的なベットが用意されている。

今夜も中々仕事が終わらず、明日がまた早いと感じたジンカはそのベットに横になる事を決めていた。

しかし一人酒、一人寝とは続くと寂しい物で、ジンカも人並みの面白さを求める性格、仕方なく悶々とした物を男娼の小姓を呼び、嗜虐心を満たしていた。


「どうした私が、お前の為に注いでやった酒だ、好きなだけ飲め……」


男娼の小姓に綺麗な召使メイドを着せ、一糸纏わぬ自分の体に注いだ酒をねぶらす。

アルコールの高い酒が、感覚を狂わせ、男娼の子は女性のフェロモンと酒のアルコールで通常よりも深い酔いの世界で目を泳がしながら、ジンカの体に舌を這わしていた。


「ジ…ジンカしゃま……ンゥ…おしゃけが……みょ…みょったいないで……ンックッ…す」


「よいよい……おまえの為に用意した酒だ、飲まぬなら捨てても良いのだ。気にするな……」


「ふぁ……い」


方や華奢に少女の様な肉体の男娼、方や大柄な戦士の肉体の組合長、対比が凄いふたりが、舌を這わし、身体をまとわらせ、まるでウロボロスの蛇のように絡み合う。


「いっいいいい―あああああああああ」


やがて大きな声と弓なりなった身体は噴水の様に、ジンカの体に注ぐとそのまま失神してしまった。

そっと男娼を包んだジンカはやれやれとため息をはきながら、男娼の唇にキスをして、そのまま男娼の体を抱き枕にしつつ、夜を過ごした。


翌朝

健やかに寝ていたジンカは一緒に寝ていた男娼を起こすと、軽めのコーヒーと紅茶を用意してやり、二人で朝食を食べると、男娼の主を呼び寄せ、帰らせた。


「ジンカ様?昨夜の小姓はあまりお気に召さなかったのでしょうか?」


主はあまりジンカの顔色が良くなかった事を見抜き、好みであろうと見繕った男娼が失敗したのではないかと気を揉んだ。


「いや……気にする事はない。昨夜は楽しめた、またお前の店をつかってやる。」


「ははぁーありがとうございます。」


主が気がかりを解消し、部屋を出て行った後、残っていた朝食の食器を端に追いやり、熱いコーヒーを入れて、書類が溜まっている机に座る。


ジンカの仕事は多岐に渡っている。

一組合の書類だけでは終わらない。腐敗したこの街には貴族、マフィア、それに群がる有象無象の暴力者達、が跋扈ばっこしていた。

そうした輩がジンカの様な強者に対抗するのは最終的には賄賂による権力者による排除だ。

だからジンカそれらの首を挿げ替えることも行った。

街の政治家、腐った貴族、マフィアに賄賂を貰い、いままでこの街に貢献さえしてなかった者。そして取り締まる側が逆に捕りしまわれる立場に堕とし、ただ威張る警察

、それらの首を時には挿げ替え、時には本当にくびねてきた。


そうして腐った物を切り落としていくと、今度は逆に深刻な人材不足になる。

街長としての仕事も当然ジンカの領分になる。

結果ジンカの仕事は爆発的に多くなるのだ。

ただジンカに良かったのは早々に治安維持が早めに対処できた事である。


――――イアン・マッケンロー


ジンカが昔相棒にしていた、戦場の傭兵だった男。

正規軍隊並の規律、規範意識、本来警備隊になどもったいないとすら声が上がった人物がジンカの誘いでこの華街で警備隊長に着いたのは行幸だった。


イアンの警備隊は、警察と軍隊の両方の権限を街長からの即席部隊としての位置にある。

当然そこには逮捕権と拘束権もあり、ブロンテへの敵国侵攻の際の常備軍の役目もあり、即応対応と緊急案件、貴族や王族などの本来治外法権的立場を通常の逮捕拘束などの行動も許されている。


そもそもこの街が大きく腐った要因が権力の乱用に中央貴族がここを管轄しようと動き出した事が結果として起こっている要因である。

当然機国の法律が上位に位置するのだが、現状までの法律での話であり、ここを無用に中央の管轄で縛るという事になれば、ブロンテ事態は自治区へとなる取り組みがなされている(この項目は、ジンカが組合になる前の街長と中央の取り組みで生まれた法律である)故に、ここでは機国での超法規的処置も任される物であり、それを任せれているイアン警備隊は事ブロンテではジンカの次に権力を有していた。


故にイアンのその模範ともいうべき規律精神がこの警備隊では絶対的に必要になるのである。


――――朝、上蛇午前6時の時

ブロンテ警備隊詰所、誰よりも早くに出勤したイアンは昨夜から今朝にかけての事案表を眺めながら、珈琲を沸かすと、持ってきていた乾パンを口に入れた。

珈琲はイアンの机の斜め横にある専用の台座へ、乾パンは取りやすいように事務机に皿ごと、書類は目の前に置く

仕事に追われているイアンにとって朝食も仕事をしながらでなければ、終わらないのだ。


「お……おはようございます。イアン隊長!!」

「隊長、おはようございます。」


やがて書類に手を入れ始めた頃、副官兼秘書の二人がやってくる。

一人はほとんど事務をまかせている

ガルドーネ・ヴァル・ベレッタと

抜けているが、事隊規律ではイアンがもっとも信頼している

ブレシア・フランキの両名である。


ガルドーネは眼鏡をかけたややソフトな筋肉を添えた黒髪美人な女性

ブレシアは茶髪で活発な生き生きとした性格であり、ただイアンよりも強くなりたいと鍛えている所謂筋肉バカなボーイフィッシュな可愛い女性である。


一見比対象的な風に見える二人だが、戦場で一度もイアンに勝っていない事でこの警備隊に殴り込んできた経緯がまったく同じという共通点がある。

また同じ機国ピエトロ地方ガリバルディ侯爵領主都ジョゼ生まれであり、同じ兵学校出身という点である。

ただ兵期も学部も違った二人は、ここの警備隊所属になるまで同じ出身であることも、同じ兵学校であったことも知らなかった。


「ブレシアさん……もう少し落ち着いて、まだ出勤前よ。」


「はぁはぁ……す……すみません。イアン隊長が仕事なさってるので、どうしても遅刻してる感じが……」


「気にしなくていい、それより二人とも昨日の事案を纏めて置いた、出勤してからでいい、各人で改善案を提出しておいてくれ、俺はこれより夜勤組との話し合いにいってくる。」


イアンはそのまま二人の返事を待たずに、ブロンテ各警備詰所に向かった。

ブロンテには警察詰所がない。その理由は先の警備隊発足理由にもあるのだが、その為か、警備詰所がおおよそ25ある。

それぞれカジノ、飲み屋、女性娼館、男性娼館と四つの区画を6つの詰所を配置、即応業務と連携伝達の速さを確保する為である。


その中でこの華街一番人が集まる場所に、詰所としても大きい物を用意、見た目で威圧を与える物を設置した。狙いは警備隊の威圧が犯罪を行う物に警戒を与えて、犯罪を行う意欲削ぐ目的がある。


それともう一つは各詰所の情報をここに集約させる為でもある。

それぞれの詰所の情報を一つに集約させることにより、各詰所に到着したものが、即応対応が出来る状況を作っておく為である。

それとその情報をすぐにブロンテ警備隊詰所に持っていける事である。

これを朝イアンが二人に渡した改善案、今この華街中央の詰所での一番新しい情報を持って帰り、昼の物が動き出すまでに、夜までの行動を早くさせるのが狙いである。


一見華やかな夜のイメージがある歓楽街や花街は、犯罪などが確かに夜起こりやすい、当然それを未然に防ぐ事も重要だが、華街ブロンテでの一番重要なのは、夜の終った後の惨状が一番の始まりなのである。


酒に倒れた輩達、徒党組暴行、強奪、強姦、などの略奪行う輩達、道端で捨てられた人、何で起こったかわからない死体。

阿鼻叫喚の惨状、それが華街で起こりうるもっとも忙しい時なのである。

常時100名、夜勤にはそれぞれの詰所に3名以上を待機、巡回者を絶えず廻らせ

常に動く犯罪を駆逐させていくのが警備隊そして隊長イアンの仕事である。


「どうだ?今の所変わりないか?」


「ハイ、朝渡しました以上の情報はありません。ただやはりというか、北東のガロットファミリーの3人が強盗、強姦をしたというのが続いてますな。」


「あれは明日私自ら赴く旨で解決しているはずだが?」


「ファミリーの一部がそれに呼応する形で、イアン隊長を狙っているのではないかと思うのです?」


「捕縛しているガロットの者達にそうした内容はうかがっていない。憶測で視野を狭めるのは良くはない。今はこのままの情報で置いておく、ただおまえの判断でガロットに対して目を光らしておくのはかまわない。」


「了解」


「一旦戻る。」


イアンとしてはここで新たな情報があった場合上勤者が出勤してくるまでに、それの対策と警戒、それの指示を帰りながらまとめなくてはならない。

加えて先ほどの二人に提出した改善案はこれを足して、弊害がでないようにもう一度判断しなくてはならない。

一手遅れれば、二手目、三手目は更に遅れるので、情報の精度を含めて、指示が現場判断の投げやりになってしまう。

大枠でも警備隊を纏める指示を出せるのはイアンだけだし、イアン以外はやってはいけないのである。


「戻った、改善案はどうか?」


「了解、区画北東カジノエリアの殺人ですが……………」

「こちらは逆に南西の飲み屋街の強盗と強姦被害を………………」


二人には口頭による改善提出を行わせている。

まずイアン自身が次の行動をしながらというのが大きいのが一点

二人の改善案を自分達で伝えているので、その情報の精査を高くしている。詳しくなければ口頭だけの改善案など口には出来ない。紙媒体による書き込みを行う。

慣れもあるのだうが、イアンは警備隊発足からこの二人は一月を待たずに、筆記ではない口頭改善案提出を義務付けた。これが二点

最後に口頭なので直ぐに相手の論評ができるので、間違いや改善の妥協点、すりあわせが早くなる。以上の利点が口頭での改善案提出である。


「次に殺人事件での捜査範囲ですが………」

「マフィアの一部が警備隊と衝突、その時に出来た一般負傷者が……」


珈琲を飲みながら、前日の問題点、今夜の改善案、そして日中の解決策

今判断するべき物を全てを同時並列で処理していく、ジンカが最も信頼しているのがこのイアンである。


――――ディージブ・ミュケット


酒場「ディージブ・マッシヴ」の主

かつて滅びた南ガンクード共国との戦争で、戦士として戦場を活躍していた戦場の鬼とまで言われた傭兵。

戦術戦略などの知はなかったが、戦斧を剣の様に振り回し、敵を薙ぎ払っていた男

ガンクード共国のサンヴーヴ峡谷の戦いで、登りが遅く後続に手柄を取られていく姿を見て、自分の限界を知り余生を故郷で暮らそうと、残していた家族のいたブロンテへと帰ってきた。

最初のうちは何をやるにも億劫になっていたが、戦場での食卓番だった時の様に料理をしてみるかと、亡き妻の忘れ形見の酒場を引き継ぎ、また所謂をした事が無い事に気が付き、いくつか知り合いの料理人に師事を受け、自分の名前を付けたディージブ・マッシヴを開業した

妻の料理のオムライスが酒の〆にいいと評判を得て、酒場は繁盛した。



ディージヴの起きるのは遅い、流石に華街の一般的な昼過ぎほど遅くではないが、それでも日はすっかり上った時にのそのそと起きるぐらいである。


普通の料理屋だったなら下ごしらえ等でもう少し早めに起きるのだが、元戦場の食卓番をしていたディージヴにとって早めに作る料理の心得があった。

戦場の食事とは行軍中の最中や、一時的に安全が確保確保された合間に作るのが主だった為、速さが勝負な所が売りだった。

とはいえ、それでは大味であるし、なにより足りなくなった塩分と水分を補給させるのが目的の為、そのままではただ塩辛いポトフになってしまう。

ディージヴは酒場の利点として塩辛いはそのままに水分を飛ばした辛炒めをあてとして作っていた。


また一人娘のマルデリアンの手伝いもあり、繁盛する酒場を親子二人で繋いでいた。


「マルデリアン、今夜の仕込みはほぼ終わったから、店の掃除を始めてくれ……」


「はぁーい。」


「それから……これを廃倉庫に住んでる…に渡してくれ……」


「いつものお昼ごはん?」


「もう少ししたら起きるとは思うが、気を抜くと珈琲だけで生活する人間だからな、定期的にこうして食糧送っておかないと、最悪身体悪くして倒れる可能性もある。」


「でもお父さんもマメだね?いくら店子といっても食事まで用意するなんて……格安どころか潰すかどうか悩んでた倉庫だけど……」


「といっても場所台は二年も先まで払われてるし、倉庫の中で死なれでもしたら土地代叩かれたりするからな。仕方ないよ。

それよりも……さいきん妙な事件が起こってるからな、おまえも気をつけるんだぞ?」


「お昼頃だから大丈夫だよ、夜は酒場の手伝いしかしないしね。」


最近妙な事が起こる……歓楽街華街では毎日必ず殺人事件が起こるのは当たり前だ。

人生を破綻させれば、人は自暴自棄的に人を襲う。女に溺れた男は、他の客と一緒にいる女に嫉妬して、勘違いした行動で女を襲う。女だってそうだ、少ない底辺娼館や酒場で働き、嘆いた刃が店の人間に向く場合もある。

華街では人の地獄は当たり前にある。

治安がよくなってるとも、マフィアや悪徳が跳梁していた街であるし、華街でつきまとう宿命といっても過言ではない。


だが、この場合のというのは違う意味でのなのだ。

つまり普通ではないなにか……

見極めきれない事件というのはとかく人の不安を駆り立て、異常な不安と猜疑心を生み、あらぬ風潮と流言がまってしまう。

そうした事件が起こっている事がになったいる。


「まぁ……そう思うんだが、別に夜に起こってる訳でもなくてな、外に出るときは人通りが多い所を中心にして……」


「う~ん……廃倉庫街の場所って、どうしても場所になるんだけど……」


「―――あっ…そうだ…な。

と…とりあえず、気を付けて行ってきてくれ………」


「了解……じゃあいってきまーす!!」


――――廃倉庫


ブロンテの歓楽街とは別の場所、主に荷物の運送業者が使っている倉庫街、真新しい運送業者や海運業者などが軒を占める倉庫街に、ディージヴの妻の祖父が使っていた倉庫がある。

といっても妻の父が酒場に変えてから、倉庫は使う理由がなくなり、寂れる一方であった。

維持費もバカにならないと思ったディージヴは解体する事を決めたのだが、数年前にこの街にやってきた男が店賃と維持費を含めた金をディージヴに渡して廃倉庫を借り受けた。


歳の頃は40手前、髭も少なく、大柄といった感じでもない、ただ長年戦場を渡り歩いていたディージヴの感では相当の実力を持ったではないかと思っていた。


男の名はアル・ヘルパ。

自らを陰者インジャと名乗り、警備警察では追いきれない奇妙な物を解決するのを生業にしている人間である。

時には街や都市の暗部を暴く事もするし、化け物を見つけて退治する事もする。

人間には見えない何かすらその手で解決する。それが陰の者、陰者である。


この物語は一人の陰者の者が華街ブロンテを巻き込んだ事件に、自身を身に置く男の物語である。








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