黄色クスマ

エリー.ファー

黄色クスマ

 秘密結社クスマのメンバーではある。

 そのあたりには自分の中で誇りというものがある。

 しかし。

 クスマの中で。

 僕だけが黄色人種だ。

 別に、なんていうこともないし、メンバーは別に僕が黄色人種であることを気にしてはいないのだけれど。

 何となく。

 気になる。

 リーダーは女性であり、前に僕がいた秘密結社の上司のように、黄色人種いじりをしてこないし、別段、差別的な発言はしない。女性としての権利を優先しようと言うのではなく、男女平等をこの職場に根付かせようと言っている。

男性に差別的な発言をする女性にも注意するし、女性に差別的な発言をする男性にも注意をする。

 だからだろうか。

 秘密結社の中では、少しばかりうるさい人とされている。

 でも。

 とてもいい人だ。

 できる限り、職場のモラルの向上に努めているし、前にリーダーの机の引き出しの中が見えてしまったとき。

 黄色人、白人、黒人、肌の色による差別的発言マナーブック。

 なるものが入っていた。

 僕は嬉しかった。

 リーダーのことが好きか。そう問われれば。

 正直。

 本当に好きだ。

 勇ましいし、責任感もある。そして、女性としてというよりも人間としてとても魅力的だと思う。

 このような褒められ方を女性は嫌がるのかもしれないが、僕はそこに他の女生とは違う生き方のようなものを見てしまう。

 残りの人生をこの人と歩むのは悪くない、と本気で思っている。

 リーダーは年齢的には三十五歳くらいだと聞いている。

 僕よりも年上だ。

 しかも。

 かなりだ。

 リーダーは年上の男性が好みだと聞いている。

 しかも。

 背の高い人が好きなのだそうだ。

 不利だと思う。

 分が悪い。

 僕は男であり、身長は決して小さくはないけれど、リーダーの身長は女性にしてはとても高い。実際、僕と余り変わらないくらいだ。

「リーダー最近、元気ないよな。」

「ないですよねー。どうしたんですかねー。」

「なんかさぁ、ほら。年とか結構いってるし、ヤバいんじゃないの。体とか。」

「あぁ、その可能性ありますよねぇ。」

 という会話を同僚がしていた。

 殺すぞ。

 仮に元気がないと思うなら、本人のいないところで陰口じゃなくて、本人の前で心配だろ。

 殺すぞ。

 三度目。

 殺すぞ。

 秘密結社クスマの今年最後の作戦は。

 地球上の飲み水に害のない赤い着色料を混ぜて、蛇口から血が出てきたように見せて、ちょっとびっくりさせるというものだった。

 クスマが今までしてきたことの中でも、一番大掛かりで、最も意義のあるものだった。

 失敗は許されない。

 僕はリーダーと同じ班になり、チリの水道局に忍び込んだ。

 予定では、四人班だったのだが、一人が兄夫婦が旅行という事で急遽母親の介護で離脱。もう一人は最近離婚し、娘の大学受験が近いので支えたいということでお休みとなった。

 事前申請はされていたのだが、システムエラーのため、それが分かったのが決行の一日前。結局僕に至っては現場につくまで知らなかった。

「お二人ともお休みなんですね。」

「あぁ、その通りだ。すまないな、業務量が増えてしまって。」

「いえ、全然気にしないでください。」

「いや、本当にすまない。」

 言葉が少ない。

 リーダーは押し黙る。

「チリとか。来たことあるんですか。」

「いや、初めてだな。」

「もしよかったらなんですけど。僕、前に来たことがあって。美味しいお店を知ってるんです。仕事の終わった後とかどうですか。」

「仕事を始める前から終わった後のことを話すとはな。」

「あ。すみません。」

「あぁ、いや、いいんだ。お前も随分成長したじゃないか。」

「ありがとうございます。」

「でも、どうしてそんな。」

「最近、リーダーお疲れのようだったので、気分転換にと。」

 リーダーが僕の方を向いてから、前をまた向き直す。

「ありがとう。」

「いえ、そんな。」

 その瞬間、リーダーが僕の両肩を掴んで、そのままビルの暗がりへと押し込んでくる。

 吐息と体温だけが伝わり、背中には冷たいビルの壁が張り付く。

 そこに、光はなかった。

 何も見えない。

 見えないのに。

 リーダーの息だけが熱くなっているのが分かった。

「リーダー。あの。」

「分かってる。分かってる。こういうのは良くないな。こういうのは絶対良くないよなっ。駄目だなっ。私はっ、駄目だなっ。」

「リーダー。」

「私はっ、リーダーだからっ、こういうことをお前はっ、されてもっ、嫌と言えないなっ、言えないと分かってっ、こうやってお前を暗がりに押し込んだ私はリーダー失格だなっ。」

「し、失格だなんてそんな。」

「いいっ、そういうのはいいっ、リーダー失格でいいっ。もう、それでいい。大丈夫だ、もう何もしない。これでおしまいだ。お前のっ、両肩をっ、ぐっと掴んでっ、暗いところに押してっ。あれだ、ちょっとした気の迷いだからなっ、気にしなくていいからなっ、ただちょっとだけっ、本当にちょっとだけのあれだったんだっ。」

「リーダー。」

「呼ぶな。呼ぶなっ、もうっ、呼ぶなっ。うんざりだっ、リーダーとかやりたい訳ないだろっ、勝手に出世させやがって何だと思ってるっ、こっちだって、こんな役やりたくないんだっ、もっと自由に喋ってだなっ、もっとなっ、もっとっ、自然にお前と喋ってだなっ。好きなものの話とかっ、週末どこに行くとかっ、そういう話をだなっ、ちゃんとしたいんだっ。勝手に風紀長とか任せやがってっ、なんなんだよっ、なんで、私ばっかりこういうのなんだっ。」

「大変ですよね。」

「そうだぞっ、大変なんだっ、何度も何度も何度もっ、せっつかれてこの役回りでっ、大変なんだっ、私はもう大変なんだっ。一所懸命やって、大変で大変で、もういっぱいいっぱいなんだぞ。もう、無理だぁ。無理だよ。もう、きついよぉ。」

「大丈夫です。僕がいます。」

「なんなんだよ。みんなして。私の気持ちなんか何もしらないくせに、君ならできるとかそういうのいらないんだよぉっ。ふざけんなよっ、返せよっ。私の時間を返してくれよっ、もう返ってこないよぉ、もう返ってこない時間がいっぱいあるんだよ。分かんないし。やり方が分かんないんだよ。もう、どうやったらいいのか分からないんだよぉ。やだぁ、もうやだぁ。」

「今日は、帰りましょう。仕事しなくてもいいですよ。」

「あぁぁぁぁぁ。もういやだぁ。やだぁ、やだやだぁ。」

「大丈夫です。知ってます。ちゃんと知ってます。本当ですよ。僕はちゃんと知ってますよ。」

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