お土産
□
「いらっしゃい。おや、カイ王子じゃないか」
カイに連れて来られたのは、シーグラスと貝殻を探していた海岸からすぐ近くの小さな建物だった。
迷いなく中へ入っていくカイについて行くと、上品に笑う老女がいた。
「今日は女連れじゃないか。綺麗な娘さんだけど、あんたのガールフレンドかい?」
「はは、そうだったら良かったんだが残念ながら違う。彼女は隣の国から遊びに来たご令嬢でな。今この辺りを案内しているんだ」
『カイ王子』と呼んでいたのだから、彼がこの国の王子であることは知っているはずなのに、この老女はずいぶんと無遠慮な物言いをする。
「あの、カイ様。ここは……?」
「まだ説明していなかったな。ここは……いや、見てもらった方が早いか」
カイはそう言うと先ほど集めてきたシーグラスを取り出し、老女の前へ置いた。
彼女はそれらを一つ一つじっと見つめ、手元から何かを取り出す。それは銀色の針金らしき物だった。
道具を使って針金を曲げていき、網のような形にすると、白いシーグラスを包むようにして固定し、紐が通される。
「お嬢さん、こちらへ」
老女に言われるがまま近づくと、彼女はそれをアリシアの首に掛けた。シーグラスのネックレスだ。
「おお……!」
すごい。まさに職人技だ。
「こうやって貝殻やシーグラスで作られるアクセサリーは、この辺りの名産品なんだ」
カイはそう言って得意げに笑い、老女に代金を支払う。
なるほど、それで貝殻やシーグラスをあんなに集めたのか。納得と同時に、アリシアはこの加工品に強い興味が湧いてくる。
「あの、この小さなシーグラスでも何か作ってもらうことができますか?あとこっちの大きめの白いシーグラスと貝殻を使ってこれと同じようなネックレスも……」
「もちろんだよ。少し待ちな」
老女は少し考える素振りを見せた後、すぐに手を動かし始める。
手際の良さに目を離せないまま、青い小さなシーグラス二つは、ゆらゆら揺れるピアスへと姿を変えた。
「綺麗」
ゆらゆらとゆれる青い石のピアス。
それを見ると、自然とある一人の姿が浮かぶ。
「アリシア殿。今、このピアスはイルに似合いそうだと思っただろう」
「なっ……!」
今まさに思い浮かべていた人物の名前をカイに当てられ、アリシアは酷く動揺する。
カイは「何だ図星か」とニヤニヤして、ピアスを贈り物用に包むよう老女に言った。
「しかしあれだな。せっかく俺と二人でいるときですら婚約者のことを考えていたか。……ふっ、これは妬ける」
「や、やめてください」
顔が熱い。イルヴィスのことが好きだと自覚したばかりだからか、今のアリシアは彼の名を聞くだけで胸のあたりがふわふわむず痒くなるような状態なのだ。
果たして、こんな状態で直接本人と会ったとして、普通にしていられるだろうか。
「お嬢さん、こっちのシーグラスと貝殻を使ったネックレスはこんな感じで良いかい?」
「は、はい!こちらは友人へのお土産にするので、少し厚めに包んで頂けますか?」
老女に声をかけられ、アリシアは手で顔を扇ぎながら少し助かったような気分で答える。
この国らしいもの。ニーナへのお土産はこれに決定だ。加工品ではあるが、奇しくもノアの言うように拾った貝殻になった。
「毎度ありがとね。王子は次にお嬢さんをどこに連れていくつもりなんだい?」
「そうだな、この辺りの店でも見て回ろうかと思っているのだが……。アリシア殿はどのような店を見たいという希望はあるか?」
「なら、ハーブティーが売っている店が見たいです。近くにありますか?」
アリシアの質問に、老女は「それなら……」と即答する。
「ここを出て右に曲がって少し歩いたところに紅茶屋があるよ」
「ああ、そこなら俺にも多分わかるぞ。行こうアリシア殿」
「あ、はい。あの、アクセサリーありがとうございます。大切に持って帰りますね」
「またこっちに遊びに来る機会があったら来ておくれ」
アリシアはもう一度お礼を言い、カイに手を引かれながら店を出た。
先ほどの店をはじめ、色々な店が軒を連ねる小路を歩く。人々の明るく騒がしい声や漂う潮の香りが、思わずスキップでもしたくなるような楽しげな雰囲気を作り出している。
「さっきの店の女性、カイ様のことを知っていらっしゃる様子でしたが、面識がおありだったのですか?」
「まあな。この辺りにはちょくちょく顔を出しているんだ……っと恐らくここが言っていた紅茶屋だな」
そう言ってカイが立ち止まった店は、想像していたより大きな建物だった。潮風に混じって芳しい紅茶の香りもしてくるので間違いないだろう。
カイもこの店に来るのは初めてとのことで、少しドキドキしながら中に入る。店内は、外よりさらに強い紅茶の香りがした。
「わあああああ……!」
中に入るなり、アリシアは目を輝かせながら歓声を上げる。
外観と同じく広い店内。所狭しと並ぶ缶に入った様々な茶葉。
アリシアが普段茶葉を仕入れている店は小さく、実物を見ずに注文するスタイルなので、このように種類豊富な茶葉が売られいるのを見たのは初めてかもしれない。
「カイ様、ここすごいです!!」
「俺にはどれぐらいすごいのかわからないが、アリシア殿が今までで一番良い表情をしているのはわかるな」
いつもよく飲む紅茶の茶葉もあれば、初めて見るブレンドもいくつもある。
ドライフルーツがブレンドされたものだけでも種類がいくつもあり、夢中で見ていると、店員らしき男性が近づいてきて恭しく頭を下げた。
「いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか」
「ハーブティーを探しているのだけど……」
グランリアでは、ハーブティーはお茶というより薬という扱いで、紅茶と一緒には売っていないことが多い。
先ほど「ハーブティーが見たい」というアリシアに老女が迷わずこの店を勧めてきたが、この店にはきちんと置いてあるのだろうか。
若干の不安を感じながら問うアリシアに、店員は安心させるように微笑んだ。
「ハーブティーならこちらの棚にございます。紅茶に比べると種類は少ないかもしれませんが」
示された方を見ると、確かに種類豊富な紅茶と比べると数は少ないが、かなり充実したドライハーブが並んでいる。
ミント、カモミール、ローズ……
定番のハーブに並んで、アリシアの探していたハーブが一際大きなスペースをとっているのを見つけた。
「あ、あった。やっぱりこっちの方が安くで売っているのね。……すみません、これ200グラムほど頂けますか?100グラムずつ分けてください」
「かしこまりました」
店員は缶を手に取り、「少々お待ちくださいませ」と言って店の奥に消える。
「アリシア殿、何を買ったんだ?」
カイが興味津々といった感じで棚をのぞきこむ。
「ローゼルティーです。知り合いから頼まれていたので」
「ローゼル?」
「はい。酸味が強いのが特徴のハーブティーで、別名ハイビスカスティーとも言います」
「ハイビスカス……って、あのハイビスカスか?」
「いえ」
恐らく彼が思い浮かべているのは、城にも咲いていた色とりどりのあのハイビスカスだろうと思い、アリシアは首を振った。
「カイ様が想像されているであろうハイビスカスの仲間ではありますが、違う植物です。ローゼルもハイビスカスと同じようにこの国の気候が合っていて、多く栽培されているようです」
得意げに解説してみるが、アリシアも初めて『ハイビスカスティー』という名前を聞いた時は、南国に咲くあの大きく真っ赤な花を想像していた。
本で調べて違うものだと知った時は結構ショックを受けたものだ。
「ほう、そうなのか。知らなかった。どのような味がするのか気になるな」
「──お待たせ致しました。よろしければ試飲されますか?」
カイの呟きがちょうど戻ってきた店員にも聞こえたらしく、アリシアに紙袋を渡した後彼はそう提案してきた。
「あちらのスペースはカフェになっておりますので、ゆっくりお寛ぎ頂けますよ」
「おお、ならばそうさせてもらうとしようか。アリシア殿も長いこと歩き回って疲れただろう?少し休もうか」
「はい。ではお言葉に甘えて」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます