ローゼルとハイビスカス
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「お待たせ致しました、ハイビスカスティーでございます。お茶請けに、クッキーもどうぞ」
透明のティーカップに入った赤く透き通った液体が、ほかほかと湯気を立てている。
花のような爽やかで甘みのある香りがするが、味は結構すっぱい。
その証拠に、香りで少し油断していたらしいカイは、少し口に含んだところ顔をしかめて口元を拭った。
「……想像以上の酸味だ」
「大丈夫ですか?砂糖を入れます?」
「いや、少し驚いたがそのままで大丈夫だ」
そう言った彼は一枚クッキーに手を伸ばした後、再びティーカップに口を付ける。驚きはしたが、嫌いな味というわけではないようだ。
アリシアは安心して、自分も赤いハイビスカスティーを一口飲んだ。
口の中に広がる酸味は、確かに初めて飲む人は驚くかもしれないが、アリシアは好きだ。同じように酸味の強いローズヒップティーとブレンドしたものをよく飲んでいる。
「カイ様、今日はありがとうございます。とても楽しかったです」
リラックスした気分になってきたアリシアは、ふと思い出して改めてお礼の言葉を口にした。
「それは良かった!こちらの城に来てからの貴女は、どうも笑顔が少ない気がして気がかりだったのだが、今日の様子を見て安心した!」
心底安心そうな笑顔だ。城の使用人たちに嫌がらせをされていたことは彼にも相談していなかったが、何か気がかりなことがあるというのは気づかれていたようだ。
「……もしかして、心配して様子を見に来てくださったんですか?」
「ん?いや違うぞ!俺がただ貴女に会いたくなっただけだ」
「あ、あはは……そうですか」
アリシアは苦笑して、ハイビスカスティーをまた一口飲んで口を潤す。
それから、ティーカップをそっとテーブルに置き、真剣な目付きでまっすぐカイを見た。
「実はわたしも、カイ様と二人でお会いしたいと思っていたんです」
「二人で?」
「いくつか、聞いておきたいことがありまして」
「ほう……」
声のトーンから軽くない雰囲気を察したのか、カイもティーカップをテーブルの上に戻した。
「初めに言っておきますが、わたしが今から言う話は、ただの状況証拠を元にした推論であり想像です。全くの検討はずれなら、好きなだけ笑ってください」
「構わない。貴女が俺に会いたいと思うほどに話したかったことなのだろう?どんな突拍子のない話でもきちんと聞くさ」
いつも通りの明るい笑顔。
その笑顔にアリシアは一瞬目を逸らしてしまう。だが、ゴクリと息を飲み、何とかまた目を合わせて言った。
「カイ様。あなたは、わたしに一目惚れした、とおっしゃっていましたよね」
唐突な問いに、カイは数回まばたきをして首をかしげる。が、すぐいつもの調子で言う。
「ん?改めて言わせようとしているのか?そうだ、俺は貴女が幼なじみの婚約者であることを知らず、愚かにも恋に落ちてしまったんだ」
少し照れたような穏やかな声色が、アリシアには白々しいように思える。
「……それ、嘘ですよね。カイ様はわたしに恋してなんていない」
カイの動きが、一瞬ピタリと止まった。
「嘘?何故だ?俺は容姿だけでなく心まで清らかで美しい貴女のことを本気で……」
「なら何で」
アリシアは彼の言葉を遮り、彼の手を取った。
「どうして、今日はわたしに触れないんですか?」
「……」
「婚約者のいる女に不用意に触れるような真似はしませんか?そんなことはないですよね。イルヴィス殿下が一緒にいらっしゃる時は何度も手を握られましたもの」
「そ、それは……流石に、本人のいない時にその婚約者に手を出すのは卑怯だと思い……」
今度はカイが目を逸らした。アリシアは息をついて、そっと彼の手を離す。
「まあ、それもそうですね。だけど、それだけではありません。カイ様は、先ほどわたしがイルヴィス殿下のことを考えてしまっていた時、『妬ける』とおっしゃっていました。でもその表情がちっとも悔しそうではなかったことに、ご自分で気がついていらっしゃいますか?」
もちろん彼が嫉妬のような表情を人に見せないだけなのかもしれない。
だが、アリシアは彼がそうではないということに気づいていた。
「カイ様が本当に好きなのは、わたしではありません。あなたが本当に好きなのは──恋をしている相手は……」
アリシアはスっと息を吸って、その人物の名を口にする。
「あなたの妹、ディアナ王女……なのではありませんか?」
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