届いた手紙



 ハーリッツ家で過ごす時間は、この国に来てから一番穏やかでゆったりと癒されるものだった。


 遠くに海が見える部屋でレミリアとお茶をしたり、この国で流行りの型のドレスを着させてもらったり、アリシア好みの小説を教えてもらったり。


 レミリアがいない時には、エドモンドにたっぷり惚気話を聞かせてもらった。


 そんなこんなで4日が経った日のことだった。



「お嬢様。お嬢様宛てにお手紙が届いています」



 部屋で教えてもらった小説を読んでいたアリシアの元にノアがやってきた。どこかで見たことのある立派な封筒を手渡され、アリシアは首をかしげる。



「わたしに手紙?いったい誰から?」



 旅行先にまでわざわざ手紙を送ってくるような人に心当たりがない。その差出人の名を見てさらに驚いた。



(えっ?デュラン殿下……??)



 グランリア王国第三王子。アリシアの婚約者の弟。

 歳は一つ下で、個人的に話をしたことはあまりない。


 内容が全く予想できず、アリシアは変にドキドキしながら封を切る。中から出てきた紙は、外の封筒とは不釣り合いな、見るからに安価なものだった。

 その紙に書かれた文字を見て、ようやく納得した。



(ニーナさん……)



 一行目に小さくて綺麗な字で、どうしても伝えたいことがあって手紙を書いたことと、書いた手紙を確実に届けてもらうためデュランの名を借りて出したことが書かれていた。


 そういえば、旅立つ前にニーナには会っていなかった。お土産は何が良いか聞いておけばよかったか。


 そんなことを思いくすりと笑う。が、続きを読むうちにその笑みは消えた。



「……え?」



 その続きは、少しも予想していなかったもので、思わず間の抜けた声をもらした。アリシアは再度その文に目を通す。


 次第に手紙を持つ手が震えてくる。




『ルリーマ王国のディアナ王女は、漫画でイルヴィスの妃になったキャラです』




 前世でアリシアの何十倍も『黒髪メイドの恋愛事情』を読み込んだニーナからもたらされた、知らない情報。

 そもそも、アリシアはディアナがあの漫画に登場したキャラクターであるということ自体が初耳だ。ニーナの手紙によれば、番外編のみに登場したキャラクターらしい。



(つまり……わたしがストーリー通りにニーナをいじめ、婚約破棄されていたら、彼はディアナ王女と──)





 アリシアの脳裏に、親しげにしているディアナとイルヴィスの姿がよみがえる。


 そして、ある可能性に気がついた。



(本来結婚しているはずの二人なのだから、本当はディアナ王女の片想いではなくて、想い合っているんじゃないかしら……?婚姻は彼女の父である国王が認めなかったから成立しなかっただけで……)



 そしてイルヴィスは、アリシアとの婚約が決まるまでディアナへの未練を断ち切れずに、縁談を断り続けていたのだとしたら。


 アリシアはディアナを諦めるために決めた婚約者なのだとしたら。



(ありえる、かも)



 また、あのモヤモヤとした感じが胸の辺りに広がる。


 ディアナにいつも向けている慈愛に満ちた表情は、恋心からくるものなのだろうか。



(嫌だ……)



 アリシアの胸に広がった感情。それは、はっきりとした嫌悪感だった。



「あの、お嬢様」



 思わずぐしゃりと手紙を握り潰しそうになった時、後ろからノアに声を掛けられて我に返った。



「その手紙は……」


「ああ、王室の方が使う封筒だったから驚いたけどニーナさんからよ」


「何か火急の用だったのでしょうか」


「えっと……」




 さすがに今読んでいた部分を伝えるわけにはいかない。アリシアは続きにざっと目を通して、最後の一文を読み上げた。



「『お土産待ってます。あたしは何かそちらの国らしい物が欲しいです。あと、ミハイルさんがローゼルティーとかいうハーブティーを欲しがっていました。旅行、楽しんでください。』……だそうよ」



 読んでからこの部分を選んだことに後悔する。ここだけ読むと、まるでニーナがわざわざ旅先に手紙を送ってまで土産を要求する図々しい人みたいだ。案の定、ノアは苦い顔をしている。



「この国らしいお土産ねえ……何が良いと思う?」



 アリシアはあえて明るく尋ねる。



「さあ。彼女へのお土産なら海で拾った貝殻とかで良いんじゃないですか?」


「それは流石に安上がりすぎよ……。だけどそうね、この国らしいものと言えば、やっぱり海関係のものが良さそうだわ」


「ミハイルさんの方は具体的なリクエストがございますが……」


「ローゼルティーね。グランリアでも買えるけど、確か輸入先はこの国だったわね。輸送費がない分安く買えるでしょうからわたしも欲しいわ」


「ローゼルというのはどのようなハーブなのですか?」


「ああ、ローゼルは……」



 アリシアは生き生きした表情で解説しつつ、あの手紙は封筒に戻してこっそりしまった。



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