後悔
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『わたしは貴方の兄の婚約者ですよ!?そういう軽率な行動は避けてください!』
アリシアからはっきりと言い放たれた言葉が、ロベルトの頭で繰り返し響く。
(兄の婚約者、か)
ロベルトは昔から何一つ兄イルヴィスに勝つことができなかった。
勉学、剣術、音楽…何においても、だ。
それがコンプレックスで、何でも良いから勝とうと努力するのだが、その努力を嘲笑うかのように、イルヴィスは軽くそれを超えるのだった。
無論、周囲は優秀な兄を褒めたたえ、ロベルトや弟のデュランには見向きもしなかった。デュランはそれに関して何か思う様子はなかったが、ロベルトには悔しくてたまらなかった。
だがそれも14、5歳になる頃には諦めがつくようになってきた。
兄はこの国の第一王子として、次期国王になるために産まれてきたのだ。自分と出来が違うのは当然だ。
そう考えることで幾分か気が楽になったものだ。
ロベルトが様々な女性たちと浮いた噂を流すようになったのもその頃からだった。
好いてくれる者が存在するというのは気分が良く、言い寄ってくる女性たちを誰一人無下にしなかったため、いつの間にか女好きのプレイボーイだと言われるようになったのだ。
ロベルトはその噂に乗じて、さらに多くの女性と浮名を流すようになった。
その多くの女性たちの中に本気で愛した者などはいなかった。だが、兄は決してしないことをしている。それだけでどこか満たされるものがあった。
しかし…。持ち前の美しさと地位で、どんな女でも口説けば簡単に落ちる。この事実が揺らぐような出来事が、学園に入って起こってしまった。
アリシア・リアンノーズ。同学年で伯爵家の令嬢である彼女は、学園の中で良くも悪くも異色と言える存在だった。
貴族ばかり集まる学園では、少しでも高く見られようと、服装だの学力の優劣だのを張り合うのが日常茶飯事だった。
しかしアリシアはそんな中、服装は多少上等なものではあっても、街にある少し高級な仕立て屋にでも行けば手に入りそうなレベルのものをいつも身にまとっていた。
リアンノーズ家といえばこの国の伯爵家の中では一、二を争う有力家だ。金がないというわけはあるまい。単に彼女がそのような争いに意味を見出していないだけのようだった。
学力については、アリシアは全体的に見て優秀な成績を修めていたとは言い難い。だが、植物学など興味のあるらしい一部のものだけは優秀だった。
要するに彼女は、他人の目などものともせず、自分が興味のある事柄だけをとにかく大切にする、貴族の令嬢にしてはかなり自由奔放な人物だった。
兄よりも認められたいという欲求と共に育ってきたロベルトにとってアリシアは、眩しくもあり不快でもあった。
アリシアだって所詮は女。自分が一つ二つ甘い言葉でもささやけば簡単にものになるだろう。少し遊んで捨ててやれば、あの顔が歪む姿を拝めるに違いない。
そんな思いでアリシアに構いに行った。
結果は玉砕たった。
他の女が喜ぶような言葉をいくら並べても、アリシアは面倒くさそうに眉をひそめるだけで、一向になびかなかった。
それどころか、そんなことばかりして暇なのかと問われる始末だ。
悔しかった。悔しかったが、不思議なことに、その一件を境に彼女に対する不快感が綺麗に消えていった。
代わりに強い興味が湧き、気がつけばアリシアのことを目で追うようになっていた。
すぐには気が付かなかったが、それは次第に生まれて初めて抱く恋愛感情へと変わっていった。
自分はアリシアのことが好き。そう認めた時は案外心地よい感覚だったように思う。
しかしその頃のロベルトは、プレイボーイを演じてきた弊害か、素の自分で彼女に話しかけることができなかった。
もちろんプレイボーイの自分であれば簡単に話しかけることができただろうが、彼女とはどうしても素の自分で話したかった。
だがその願いはとうとう学園の卒業パーティーでさえ叶えることができなかった。
どうにかアリシアと会う方法はないだろうかと、悶々と日々を過ごす中、ある日突然兄イルヴィスに話があると言われ呼び出された。
「リアンノーズ家の三女であるアリシア嬢を、正式に私の婚約者とすることに決めた」
優秀で合理的だがどこか冷淡だと言われる第一王子。
そのイルヴィスが、見たこともないくらい穏やかで優しい表情をを浮かべ、そう告げてきた。
ロベルトはあまりのショックで、頭を鈍器で強く殴られたような衝撃を受けた。
はっきりとは覚えていないが、あの時イルヴィスにはどうにかして祝いの言葉を言ったのだろうと思う。
(細くて、小さな手だったな…)
──アリシアがここのところ毎日王宮へ訪れているという話は知っていた。
辛くなるだけだと今まで会わないよう避けていた。だが実際に話せば吹っ切れるものがあるかもしれないと期待して、今日は思い切って彼女を待ち伏せし、話しかけた。
(結局、彼女への想いと、想うことが許されない存在になったという事実を再認識しただけだったか…)
ロベルトは強く唇を強く噛み、苛立たしげに頭をかいた。
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