寒桜高校助太刀部

武篤狩火

プロローグ

 今から語る物語は少しまどろっこしいのかもしれない。


 自分の過去を語るのは、これで多分初めてだ。


 きっかけは、そうだな。


 五年前、今ではもうおっさんと呼ぶに相応しい年齢に近づきつつある、とある男と喧嘩をした。


 結果として、俺は病院へと搬送された。全治六か月の大怪我であった。


 当時の俺は十二歳だった。


 その年齢差で、「喧嘩」という言葉遣いは多分適切ではないという指摘を受けるだろう。


 当然だ。子供に対する暴行ではないのだろうか。


 そして喧嘩とはまた、非文明的でまともではないと。


 だが、俺に、その男も分かっていた。


 年齢の差も、俺のまた育て切っていない肉体も言い訳にはならないことを。


 そして俺にとってもその男にとっても、喧嘩とはそもそも文明的なコミュニケーションツールで、人生で一番の要事で、「まとも」なことだった。


 闘争本能に屈して、暴力への渇望に従い。


 お互いを見た瞬間、体の内側から湧き上がる、炭酸の音がする血潮と静寂な咆哮を感じながら。


 俺たちは全力で殴り合った。


 裂き、折り、放ち、吹きかけ。


 歪まれ、凹まれ、爆裂し、欠損する。


 そんな「真剣勝負」を経て。


 俺は敗北を学んだ。


 当たり前のような、惨敗。


 上には上がある。それだけのことであった。


 ――生まれて初めて、師匠以外の奴に負けた。


 その男は、名の知れた数人の宗師以外、日本の領土に立っている武人の中で最も常識外れな怪物であった。


 そして、俺がやり合った相手の中で、最も「純粋」な強さを持っている人間であった。


 単純な拳、単純な蹴り、単純な投げと単純な防御だった。


 それ故に強かった。


 極致にまで洗練された技は、何の変哲もないただの合理的な動きとなって、俺のすべての技術、駆け引き、心理戦、小細工を粉砕し、ついでに鼻っ柱をへし折った。


 その男の流派と所属を聞いたところ、「カンザクラコウコウ、モンケンブ」と、淡々と意味不明な答えをくれた。お前、その老けたツラで高校生は流石にないだろう。


 人生最大級な好奇心に襲われながらも、昏倒直前の俺はそれ以上の手がかりを聞き出すことはできなかった。


 五年経った今、その男は俺が無為で無意味な中学時代を過ごしてきた中、日本国内にそもそも帰ってこない神成冬華かんなりとうかと引退した師匠以外、この時代の強者と呼ぶに相応しい人間を片っ端からったと聞いた。


 しかも、日本国宝である上泉鉄斎先生以外、その男は全員に打ち勝ったという。


 剣聖の名をほしいままにすること数十年の鉄斎先生も、奥義の天言剣てんごんけん四式全て出し尽くしての辛勝だったらしい。


 誰もその男の名前は知らなかったという。


 俺は僅かな手掛かりを頼りに、一年の学費が五百四十万もする、とても正気とは思えない額をしている寒桜高校を見つけた。


 四年前、全快した俺はその男を見つけたかった。


 そして奴をボコりたい。あるいは奴にボコられるのもやぶさかではない。


 そういう性分で、そういう教育を受けていた。


 だが、今まさに寒桜高校の正門に立っている俺はもう完全に違う人間になっている。


 この一年であまりにも多くのことが起きた。


 何かを見付けたい気持ちは消えていないが、その後どうするかは見当もつかない。


 俺は、見付けたいものの正体すらも分かっていないのかもしれない。


 ただ単に、高校一年の夏休みで神崎さんから得た千七百五十万と二百二十円をどう処分するかを考えたら、突然あの男の顔が浮かんできただけのこと。


 自分探し、って言葉が合っているのかもしれない。


 性分と、受けてきた教育と、本能とは違う何かを探し。


 俺でしか手に入れられない、俺でしか与えることが出来ない何かを探す。


 そんな話だ。


 俺と数名の人間が一緒に傷付き、そして傷口を喜々として舐め合う話だ。


「そこ退いて」


 とても冷めた目をしている少女が、俺に話しかけて来た。


 話はそこから始まった。

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